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今週のニュース

金正恩、2015年から下り坂を迎える

孫光柱デイリーNK 統一戦略研究所所長

2014.12.19

 世の中は簡単ではない。変わらないものもない。人々は常に「安定的で恒久的ななんらかの持続状態を願う (Status Quo Bias)」が現実はそうならない。自らが計画を持って能動的に変化しなければ、自分が変化させられるようになっている。一旦変化させられると生存の環境と条件が不利となり、時間も自分の側から離れていく。政治もそうで、経済もそうだ。国家、企業、個人みな同じだ。
 大韓民国は政治が能動的に変化できなくて、政府、民間分野すべてに害を及ぼしている。
 1987年の民主化以後、韓国社会は一方では権威主義から民主主義に、もう一方では秩序から無秩序に進んでいる。
 民主主義の発展は、まず法と秩序の手続きで民主主義が固まり、次に国民と政府が共同体に対する権利と義務を果たして自由民主主義が高度化しながら花開くことになる。自由民主主義が高度化された社会では、国民一人ひとりの自由と創意性の地平が広くなり、同時に国家共同体に対する愛と責任意識がより深くなる。
 韓国社会は、自由民主主義高度化の道に進むことができず、共同体分裂の道に進んでいる。政治的対立と貧富の葛藤は深刻な状況だ。政府の行政能力は権威主義時代より落ち込み、下からの民主主義はほど遠い状態だ。自由民主主義で行く過渡期現象なのか、それとも大韓民国が亡びる道に進んでいるのか訳が分からない状態だ。
 こうした中で北朝鮮問題と関係する非正常な行動がいまだに横行している。国会で北朝鮮人権法制定を阻んだことを誇らしい業績の如く自慢する国会議員がいるかと思えば、北朝鮮人権法を「ビラ支援法」と歪曲する前職総理までいる。これから 20年ぐらい経って、後の世代がインターネットを検索してこうした発言を見つけたら、「どうしてわずか 20年前にこんな質の低い政治家たちが国会議員として活動することができただろうか?」と考えるに違いない。そういった意味で今韓国政治は「客観的に見て」正常な精神状態とは言いがたい。
 そのため、韓国政治がある程度正常軌道に進むことができるかどうかという問題は、少なくとも現時点では、第一に、憲法裁判所が統一進歩党解散を宣告するのか、二番目に19代国会で北朝鮮人権法が制定されるのかということに圧縮される。この二つの事案が解決されれば、以後大々的な政治革新が実行されなければならない。そうしてこそ韓国社会の展望が見えてくる。
 それでは、金正恩の北朝鮮はどうか?
 金正恩が権力を世襲してから 3年だ。3年の間北朝鮮も変わった。何が、どう変わったのか。
 第一、金正恩は張成沢を処刑するなど極端的な恐怖政治で自分の独裁体系を立てるのに一応成功した。
 第二、核と経済の併進路線を採択して金正日時代の体制生存戦略を引き続いている。
 第三、対中、対米、対南(韓国)関係の改善に失敗した。中国・韓国との経済・外交的支援がほとんど断たれたし、限定的貿易関係だけ残るようになった(対日、対ロシア関係の関係改善を模索しているが限界は明らかだ).
 第四、国内的には住民たちによる市場化が促進されているが、政府が変化を主動するのではなく市場に引ずられながら事後的措置で対処している(過去中国共産党が改革開放を強力に推進して人民たちが政府について行った様相とは違う).
 五番目、羅先地域以外19経済開発区の投資誘致が全くなく、海外に労動力を送り出して奴隷労動で統治資金を稼いでいる。馬息領スキー場など一部観光事業が成功する可能性も低い。
 六番目、北朝鮮人権問題の国際世論化が進行し、2014年 3月、UN北朝鮮人権調査委員会(COI)の人権実態発表で、北朝鮮指導部が世界的な範囲で反人道犯罪集団として客観化された。これにより北朝鮮は国家として国際社会で正常な外交活動を行うのが事実上難しくなり、他の国々も 「犯罪政権」との政治・経済・軍事・文化・科学・観光分野などの交流協力を憚るようになった。金正恩政権に対する直接見えない無形の打撃が深まったのだ。古い言い方で表現すれば、金正恩政権に対する国際社会の 「むしろ巻き」が始まったと言える。
 七番目、北朝鮮住民たちの外部世界情報接近が累積的に進行され、これと関連して脱北者たちの役目が増大した。
 一つの国家共同体が亡びるのはほとんど内部亀裂が主な原因だ。北朝鮮も同じ道をたどることになるだろう。北朝鮮は全体主義首領独裁体制だ。したがって北朝鮮の変化も首領独裁体制の亀裂で始まるのは自明のことである。金正恩は張成沢を処刑し、金正日時代よりもひどい恐怖政治で一応自分の独裁体系を立てるには成功した。一部では執権3年内に張成沢まで処刑したから金正恩の権力が安定したと主張する人たちもいるが、それは北朝鮮の首領体制をまともに理解できていないか、または全体主義首領体制の裏面をよく見ていない見解だ。
 北朝鮮の首領体制では首領個人の権威と能力も重要だが、より重要なのは首領体制を支えているシステムだ。党と軍・国家の幹部たちが一つになって一糸乱れず首領と首領体制を支えなければならないのだが、そのためには、思想的基盤、国家資源及び食糧・エネルギー・外貨のような物質・経済的基盤、党・軍・国家の有機的な行政的基盤、国際的に金正恩体制を認める外交的基盤、などが適切に維持されなければならない。そしてこのすべての基盤を、首領が点検して運営できる独裁能力を持っていなければならない。すなわち首領個人の能力と首領制システムがしっかりと結合されていなければならないということだ。
 このような視点で金日成時代、金正日時代の体制(政権) 耐久力と金正恩体制を比べて見れば、その差を簡単に理解することができる。
 金日成時代は主体思想、安定した社会主義陣営外交、計画経済、金日成のカリスマなど首領体制の良い環境と条件の下にシステムが円滑に作動した。金日成死亡後、金正日時代は経済的基盤が崩壊し大きな危険に直面したが、他の基盤が維持されていたし、決定的な時期に中国と韓国が金正日を助けた。2000年代中盤まではアメリカ・日本など西側世界も北朝鮮を支援した。しかし今金正恩体制は思想・行政・物質経済・外交的基盤、どれ一つ見てもしっかりと維持できていない。経済的基盤は 20年近くの市場化の進行で金正日の時より拡大しているが、この市場化の進行が金正恩体制の耐久力強化に役に立つ方向で機能するとは思われない。
 理論的に見れば、北朝鮮首領体制の基盤は、下から人民大衆→労動者階級→党→核心統治集団→首領で構築される。ここでいま人民大衆と労動者階級は、主体思想と配給制崩壊によって大部分が首領から離脱した状態と言える。すでに主体思想は、人民大衆と労動者階級の中で弛緩し、それに代わって「お金思想」と市場を通じた「個別生存」が根付いている。
 これら大衆の中では、党と首領が自分たちを食べさしてくれるとう幻想はもうない。
 労動党は、中央党(党中央委員会)と地方党に分離して状態で葛藤と反目がひどい。中央党の命令は地方党にそのまま浸透しなくなっている(金正恩が核問題を解決しないで19の経済特別区に対して恐怖統治行い外資誘致を督促する場合、想定外の事態が発生することもありうる)。
 最後に、党・軍の核心統治集団と首領(金正恩)の関係だ。この関係は伝統的に見る時 「同志的紐帯関係」が一番よい関係だが、しかし30歳の金正恩と大部分が60~70歳以上の高齢の側近たちとでは「同志関係」を結ぶことは難しい。崔龍海、趙延浚、黄炳瑞、玄永哲、李永吉、辺仁善、金英徹等々は、金正日とは無理にでも同志関係で括ることはできるが、金正恩とは難しいだろう。金正恩と彼らでは、「同志」で括る思想的または経験的紐帯関係が存在しない。金正恩と彼らの関係は、事実上主従関係、すなわち地主(金日成・金正日)の息子と年老いた作男の関係であり、崔龍海などパルチサン家族の場合は、地主の息子と執事との関係のようなものである
 金正日は、父の金日成とパルチサン元老たちの関係を礼遇しながら、同時に自分の政治勢力を構築するために、70年代の初めから毎週2回ずつ定期的な秘密パーティーを開いて、いびつではあるが一応「同志関係」を作った。またこの秘密パーティーに参加する主要メンバーが「権力序列」を形成した。しかし金正恩の場合、30~40代で自分の新しい同志らを政治勢力に作ろうとしても人的資源がない。金正日のようにパルチサン遺児(万景台革命学院)・南山学校・金日成総合大学同期たちがいないのだ。だからといって金正恩がスイスの中学校同期たちを連れて来て「政治用兵」として使うわけにもいかない。
 また金正恩の出生も複雑だ。金正恩が若い金日成イメージを借用しているが、金日成は死ぬ時(1994年)まで金正恩の存在が分からなかった可能性が高い。金日成にとっての孫は金正男、孫娘は金雪松だった。亡命した成恵琅(ソン・ヘラン、成恵琳の姉)の手記 <藤の木の家>を見れば、金正日が妻兄(義理の姉)の成恵琅に、「男の子の名前で金正男以外の名前を付けるとしたらどのような名前がよいかな?」と聞いて来たので、成恵琅が「金正哲」が良いと言ったのだが、後でわかってみたらその名前が高英姫の最初の息子である「金正哲」(金正恩の兄)の名前になっていたという内容が記されていた。言い換えれば、金正日が高英姫から得た初めの息子の名前をつけるために、成恵琅「煙に巻いた方法」で名づけを頼んだのである。こうして見る時、金正日は高英姫の子供たちをできるだけ金日成と成恵琳家族に知られないように隠していたと類推できる。そういったことから見て「金日成が死ぬまで金正恩の存在を知らなかった可能性が高い」と言う見解(玄成日国家安保戦略研究所首席研究委員)は説得力がある。
 結論的に言って金正恩と北朝鮮式首領体制は、そもそも内容的に見て矛盾している。合致するものが見当たらないのだ。体に合わない服、すなわち首領システムに金正恩を無理やり押し込んだ形となっているのだ。
 こうした状況であるのに、金正恩は張成沢まで除去し、老兵たちの階級を付けたり剝がしたりして、70歳過ぎた司令官たちに体力テストを強要するなど恐怖政治を強化している。また今年8月、10月には党組職指導部・宣伝扇動部の張成沢関連者20人余りを銃殺したことが知られている。恐怖政治を行うことで、金正恩はわずか3年で自身の「唯一独裁体系」を一応樹立した形だ。
 しかし、そうした恐怖政治で金正恩に残ったものには何があるのか?首領制システムから人民大衆-労動階級はすでに離脱したし、党は中央党と地方党が反目しているし、金正恩と核心統治集団との間にも同志的紐帯関係は存在しなくなっている。残ったのは何か?自分の直系家族だけだ。信じることができるのは妻(李雪主)、妹(金与正)、異母姉(金雪松) だけとなっている。
 金正恩時代に入って北朝鮮の首領制は、すでに来るところまで来ている。金正恩が最側近に妹などを配置したことは、首領制沒落への必然的プロセスだ。したがってこれからは北朝鮮式首領制の亀裂と瓦解が外部に表出するだろう。
 結果論的になるが、金正恩はあまりにも早く独裁権力の頂点に立った。金正日は、父金日成の七光を背負って長くは20年にわたって自分の権力基盤を構築し(64年-85年)、金日成死亡前10年の間は、父の代理として絶対権力を行使した(85年-94年)。だからこそ金日成の死亡後も 17年間(94年-2011年) 自分の首領独裁体制を維持することができた。
 一方金正恩はどうか。短い後継者時期を経て金正日死亡後3年で独裁体系を構築した。これを果たして「金正恩首領独裁体系の完成」と見ることができるだろうか?そうは見れない。今金正恩の権力は、金正日時代から崩れてきた首領制を補強するのではなく、張成沢処刑などの極端な恐怖政治で、むしろ権力基盤を崩しながら一人だけの独裁権力の頂上に上がったといえる。頂上に上がって見たら首領制の権力基盤がいかに微弱なことか。張成沢を殺して中国との関係を悪化させたこと。それは、金正恩にとって「小貪大失」であり、「自縄自縛」である。今金正恩の権力は「砂上の樓閣」となりつつある。
 では今後金正恩は恐怖政治で「安定的で恒久的な権力の持続状態」を作りだせるだろうか?それは不可能だろう。金正恩が独裁権力を維持する方法があるとすれば、金を稼いで側近たちの忠誠心を買うことぐらいだ。そのためには経済を再生しなければならない。しかし前で言及したとおり、金正恩を取り捲くすべての状況が良くない。2015年から金正恩の下り坂が始まるだろう。早く登った道は下がる時も早くなる。金正恩権力の命綱を握る国は、韓国、中国、アメリカだ。韓国政府はこのゲームで主役にならなければならない。今度こそ韓国政府は、崩れて行く首領制を蘇生させる愚を繰り返してはならない。

 
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