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北朝鮮外交依然として突破口見えず

コリア国際研究所 朴斗鎮
2015.12.28

 外交的孤立を韓国との関係から突破しようとした金正恩第1書記は、今年の「新年の辞」で南北関係の改善を強調し、「首脳級会談もできない理由はない」などと、いかにも平和的に南北関係改善に向かうかのごとき発言を行った。しかしその後は、今年を「統一大戦の年」などと位置付けて軍に対して戦争準備を督促し緊張を強める方向で動いた。戦争挑発で韓国を脅迫し続ければそのうち韓国が融和政策に転換するだろうと読んでいたようだ。
 こうした金正恩の強硬策によって8月4日には非武装地帯(DMZ)の韓国側領域で北朝鮮軍が埋めた地雷が爆発し、韓国兵2人が大けがを負う事件が起きた。

1、戦争脅迫で局面打開を図ろうとした金正恩

 韓国側は地雷爆発の真相究明を急ぐ一方で、8月5日に▼秋夕(中秋節、今年は9月27日)に合わせた南北離散家族再会▼光復70周年の共同記念行事の開催▼金剛山観光再開問題――などをテーマに南北高官級協議を提案した(韓国統一部)。しかし北朝鮮はその提案書簡の受け取りすら拒否した。その他、解放70周年に合わせ進めてきた民間レベルでの共同行事の開催も拒否した。
 韓国側の提案を無視する一方で、北朝鮮は8月13~15日に開催される北朝鮮の民族統一大会への韓国側の参加を求めた。これに対し韓国側は、共同行事をソウルと平壌で同時に開催し、双方が相手側の行事に参加する案を提示したが北朝鮮は何の反応も示さなかった。あくまで軍事的圧力で主導権を握り韓国を引き寄せようとしていたのである。

1)緊張の中で迎えた解放70周年

 8月10日、韓国国防部は、8月4日に北朝鮮が非武装地帯の韓国側エリアに木箱地雷を設置し韓国兵2名に脚の一部を切断する重傷を負わせたことに対する報復として、南北軍事境界線沿いに設置した拡声器を使った北朝鮮向け宣伝放送を11年ぶりに再開した。宣伝放送を再開した前線地域では最高水準の警戒態勢(A級)が発令され、軍事的緊張が一気に高まった。
 8月15日、朴槿恵大統領は、光復(解放)70周年の演説で「北朝鮮は粛清を強行し、韓国側の対話提案にも応じず南北の統合に逆行している」と批判した。そして南北を分ける非武装地帯の韓国側で、今月4日に地雷が爆発し韓国軍兵士が重傷を負ったのは、北朝鮮の仕業だと断定し「いかなる挑発にも断固として対応する」と強調した。一方で北朝鮮が挑発をやめ対話と協力の道に進むなら、経済発展の機会をつかめるとし、韓国も協力する姿勢を示した。
 演説ではまた、韓国(朝鮮)戦争(1950~53年)で生き別れた「離散家族」の再会問題を北朝鮮側に提案し、まずは生死確認のために名簿を年内に交換しようと呼びかけた。しかしこうした呼びかけに対しても北朝鮮は無視を続けた。
 北朝鮮は8月12日に朝鮮中央テレビを通じ、朝鮮人民軍兵士が朴槿恵大統領の写真を張りつけた的を狙い実弾射撃をする様子を公開した。この行為に対して韓国統一部は13日、「わが国家元首である大統領の写真を掲げ射撃する北の非理性的な行動を政府は強く糾弾する」と表明した。同じ民族としての最小限の道理と基本的な礼儀に背き、民族間の憎悪をあおる行動であり、決して容認できないとした。統一部はまた、北朝鮮はこうした行為が韓国の国民だけでなく国際社会にも北朝鮮が好戦的であることを実感させ、北朝鮮のさらなる孤立につながることを悟るべきだとしながら、直ちに中断するよう求めた。
 しかし北朝鮮は13日にも対韓国窓口機関、祖国平和統一委員会の韓国向け宣伝サイト「わが民族同士」を通じて、韓国の脱北者団体がビラを散布した場合は照準撃破射撃を強行すると警告した。北朝鮮は昨年の10月に韓国団体が風船で飛ばしたビラめがけて高射機関銃を撃っている。北朝鮮が発射した銃弾のうち2発が京畿道漣川郡の民家の近くに着弾したが人命被害はなかった。
 また北朝鮮の外務省報道官は同日、米国が韓国と17日に始める定例の指揮所演習「乙支フリーダムガーディアン」の中止を要求する談話を発表し、「米国が軍事的対決の道に進むなら、そこから招かれるあらゆる結果に対し全面的な責任を負うことになる」と警告した(共同)。
 北朝鮮は、連日こうした強硬姿勢を打ち出す一方で、14日、国防委員会政策局談話を発表し「軍事境界線の南側400メートルの地点にある傀儡(かいらい)憲兵の見張り所前に、(北朝鮮が)自己防衛のため3発の地雷を埋めたというのは話にもならない」と述べた。国防委は「わが軍隊に何らかの軍事上の目的があれば、強大な火力手段を使ったはずであり、3発の地雷など使うはずがない。証明できる映像を出すべきだ」と主張した。この談話からは、哨戒艦「天安」爆沈事件のときと同じく、韓国での「自作自演」という謀略を仕掛け、「南南対立(韓国国内での対立)」を煽ろうとする意図がうかがえる。
 北朝鮮はまた、この日午後に西海(黄海)地区の軍の通信線を通じ「前線西部地区司令部」名義の通知文を韓国軍の合同参謀本部に送り「DMZでの地雷爆発事件は北朝鮮とは関係がない」として、北朝鮮向け宣伝放送の再開など、韓国側の報復措置は軍事的挑発行為だと非難した。通知文は「われわれと対峙(たいじ)する勇気があるのなら、戦場に出て軍事的に決着を付けようではないか」と脅した上、韓国側の今後の動きを鋭く注視していく」と通告した。
 さらに、この日の夜には「朝鮮人民軍戦線連合部隊」名義の公開談話を通じ「朴槿恵一味が心理戦に突入したことは、われわれに対する宣戦布告だ。傀儡ども(韓国)は卑怯(ひきょう)なビラ数枚のために国中が火の海になりかねないということを思い知るべきだ」と脅迫した。 
 こうした北朝鮮の挑発的言動に対して、韓国合同参謀本部は14日午後、北朝鮮軍総参謀部に通知文を送り、北朝鮮が責任を回避して居直った態度を見せることについて厳重に警告し、「われわれの相応の措置に対し無謀な挑発を再び行った場合は、容赦のない厳しい措置を講じる」との意向を伝えた。
 ただ韓国軍当局は、地雷挑発についての韓国側発表から4日後に北朝鮮が見解を表明したことや、拡声器による北朝鮮向け宣伝放送が軍事境界線沿いの全域に拡大しているにもかかわらず、これを照準射撃の対象にするといった表現をしなかった点に注目していた(朝鮮日報2015・8・14)。

2)悪化する韓国民の対北朝鮮感情

 光復(解放)70周年にあたっての韓国国民意識調査の結果、南北統一に対する韓国国民の期待感は高まったが、北朝鮮の体制に対する印象は10年前に比べ悪化したことが分かった。
 3回にわたる核実験や、韓国海軍哨戒艦「天安」爆沈事件、延坪島砲撃事件などの挑発、張成沢や玄永哲の処刑など、金正恩体制の暴虐性に対する失望感が影響を与えたものと考えられる。
 世論調査では、韓国国民のうち、北朝鮮を「協力する対象」と答えた人は43.5%だった。10年前の2005年の調査では66.2%だったことと比べると、20ポイント以上も低下した。一方「敵対する対象」という回答は、10年前の調査の15.5%から25.6%へと、10ポイントほど増加した。「警戒する対象」という回答も、9.0%から19.7%に増加した。
 北朝鮮は2005年9月に6カ国協議で非核化を内容とする「9・19合意」に応じたが、その後合意を破り、2006年から2013年まで3回にわたって核実験を強行した。長距離ミサイルの発射能力も強化し続けた。このため「北朝鮮が戦争を引き起こす危険性がある」という回答も、10年前の49.1%から52.9%へと増加した(朝鮮日報2015/08/14 07:02)。
 金第1書記の政策には、融和、譲歩といったものはほとんど見られない強硬策一辺倒である。金正日時代も強硬策が基本であったが、それでも駆け引きというものがあった。しかし金正恩外交で目につくのは、力でねじ伏せようとする強硬策だけである。父親の金正日も「暴力崇拝者」であったが、金正恩の「暴力崇拝」はそれを上回っているようだ。金正恩の政治には「アメとムチ」のバランスも「強硬と融和」のバランスもない。ただひたすら恐怖と脅迫で相手を従わせようとしているだけだ。しかし韓国の断固たる対応の前にそのもろさを露呈した。

2、韓国の断固たる対応で金正恩の脅迫策挫折

 8月20日には北朝鮮が韓国側に2発を砲撃、韓国側も20数発を応射するなどして一気に緊張は高まった。
 北朝鮮は20日午後5時に48時間以内の拡声器放送中断を求める一方で、夜には金正恩第1書記が「朝鮮労働党中央軍事委員会緊急拡大会議」を召集し、21日午後5時から一般住民を含めた「準戦時体制」にすると宣布し一触即発の危機状態を演出した。「準戦時体制宣布」は22年ぶりのことであった。
 この対決局面では「韓米共同作戦計画」(局地挑発にも米軍が自動出動する計画。2013年3月24日調印)が大きな抑止力となった。同計画では、米韓両軍が情報分析から兵力・装備の投入決定まで共同で当たることになっている。米韓両軍が北朝鮮の挑発に対し、連合作戦体制を運用するのは、1976年8月に板門店で起きたポプラ事件後初めてであった。

1)底が見えていた北朝鮮の22年ぶりの「準戦時体制」

 北朝鮮の「準戦時体制宣布」は22年ぶりのものであったが腰の据わったものではなかった。準戦時体制は前方(軍事境界線関連地域)にだけ発令され後方は戦時体制に入らなかった。北朝鮮を訪問していた在日朝鮮人によると、当時平壌ではさほど緊張感はなかったという。それは「準戦時体制」に入るとした21日に、韓国側に対して「南北高位級会談」の提案を行い、早くもチキンレースから降りていたことからもわかる。

前方「「準戦時体制宣布」しかできなかった背景

 北朝鮮が8月22日「48時間以内に拡声器放送を中止しなければ全面戦争も辞さない」と公言し、前方地域だけに「準戦時体制」を宣布したのは金正恩の底の浅い短絡的駆け引きであった。
 この時北朝鮮の核心的な軍装備は、10月10日の労働党創建70周年軍事パレードのために平壌(ピョンヤン)で最終練習に投入されていたばかりか、「韓米共同作戦計画」による韓国側の抑止体制を突破する軍事能力も準備できていなかった。
 また全国で大々的な工事を行って「100日戦闘」に総動員させていたことも戦争体制を整えられなくしていた。北朝鮮当局は7月1日から10月10日までの100日間を「建設戦闘」期間と宣布し、住民を夜も眠らせず工事に動員していた。成果を示すための主要建物も、北朝鮮創建日の9月9日までに完工せよとの金第1書記の指示が通達されていた。
 北朝鮮が最も心血を注いでいた工事は、白頭山発電所工事、平壌大同江スク島の10万平方メートルの敷地に建設中の科学技術殿堂と未来科学者通りなどだった。完工を前にして数万人の軍人と住民が動員され、軍に供給する油類も工事現場に回されていた。また、厳しい干ばつで農民も被害食い止めに総動員されていた。戦争などできる状態ではなかったのである。

1976年ポプラ事件時の北朝鮮国内状況との比較

 「準戦時体制」を宣布したが、緊張度は1976年の「ポプラの木事件」時とは全く違っていた。1976年8月18日に起こった「ポプラの木事件」発生当時は、全国に動員令が発せられ北朝鮮全土が戦争体制に突入しただけでなく実際に疎開まで行われていた。
 大学生は軍隊に動員され、予備軍である労働赤衛隊、教導隊などが動員された。50代までは現役兵として復帰させられた。生産設備なども後方予備候補地に移す準備がなされた。また平壌や黄海道、江原道などの前線地域(軍事境界線隣接地域)住民の疎開作業も進められた。8月末から11月にかけて平壌住民20万人が他地域に移住した。9月から11月の3カ月間は完全に戦争状態だった。労働者は職場から離れ戦闘準備を行った。大学は完全休校となった。軍人は寝る時も枕元に軍章を置いていつでも戦闘できる体制で寝た。
 金正恩は「準戦時体制」を宣布し戦争前夜を醸し出していたが、「ポプラの木事件」発生当時に比べるとそれは「お遊び」のようなものに過ぎなかった。

*ポプラの木事件
 非武装地帯内の共同警備区域内に植えられていたポプラ並木の一本を、視界を遮るとして切ろうとした国連軍のアメリカ陸軍工兵隊に対して朝鮮人民軍が攻撃を行い、2名のアメリカ陸軍士官を殺害、数名の韓国軍兵士が負傷した事件。
 事件後、国連軍はポプラの木を伐採すべく、アメリカ民話に現れる巨人の木こりに因んで名づけられたポール・バニアン作戦(Operation Paul Bunyan)を発令し、米韓の陸海空戦力は臨戦体制に入った。
 同事件は第二次朝鮮戦争直前まで行ったたが、金日成主席が「遺憾」を表明したことで事態は収拾された。

2)北朝鮮、遺憾(謝罪)表明して南北当局者会談に合意

 8月22日午後5時までに放送を中止しなければ軍事行動も辞さないと威嚇していた北朝鮮であるが、地雷挑発の謝罪を求める韓国側の強硬姿勢に遭遇するや態度を変え、自ら(北朝鮮)が設定した放送中止期限の1日前の21日夕に韓国側に会談を提案した。そして持たれた会談で遺憾の意を表明したのである。「ポプラの木事件」以来の軍事的敗北であった。
 この会談に対して当初北朝鮮は、金養建書記(統一戦線部長)と金寛鎮国家安保室長の会談を呼び掛けていたが、韓国側がこれを拒否し、黄炳瑞人民軍総政治局長を逆指名したところ、北朝鮮はこれにすんなりと応じた。北朝鮮がいかに受け身に追い込まれていたかが分かる。
 北朝鮮の朝鮮中央通信は22日、板門店で高官会談を開くことについて異例の速さで報道し、韓国側の出席者を伝える際、「大韓民国青瓦台(大統領府)国家安保室の金寛鎮室長、洪容杓統一相」と紹介し、韓国を正式名称で呼ぶ対応を取った。
 南北当局による高官協議は22日から南北軍事境界線にある韓国側の「平和の家」で行われ25日未明に合意に至った。
 双方は協議で、▼南北関係改善のための当局会談開催▼地雷爆発で韓国兵が負傷したことに対する北朝鮮の遺憾表明(再発防止については明記されていない)▼韓国軍による軍事境界線一帯での宣伝放送中止(25日正午に中止、挑発あれば再開)▼北朝鮮軍の準戦時状態解除▼秋夕(中秋節、今年は9月27日)に合わせた離散家族再会推進(南北赤十字協議を9月初めに行う)▼南北民間交流の活性化――で合意した。
 協議には韓国から金寛鎮(キム・グアンジン)国家安保室長、洪容杓(ホン・ヨンピョ)統一部長官、北朝鮮から黄炳黄炳瑞(ファン・ビョンソ)朝鮮人民軍総政治局長、金養建(キム・ヤンゴン)朝鮮労働党書記(統一戦線部長)がそれぞれ出席した(聯合ニュース2015/08/25 03:25 )。

*南北高位級会談に至る経緯
  4日 非武装地帯で韓国軍兵士2人が足を切断するなど負傷
 10日 韓国、地雷は北朝鮮が最近埋めたと断定。報復として拡声機による宣伝放送を11年ぶりに再開
 14日 北朝鮮、地雷への関与否定
 15日 北朝鮮、放送中止を要求
 17日 定例の米韓合同演習「乙支(ウルチ)フリーダムガーディアン」開始
 20日 北朝鮮、軍事境界線に近い韓国領を砲撃。韓国側が応戦
  北朝鮮、48時間以内の放送中止を要求
 21日 北朝鮮、前線に「準戦時状態」布告
  北朝鮮、高官会談を提案
 22日 南北高官が板門店で会談
  韓国側代表・金寛鎮国家安保室長、次席代表・洪容杓(ホン・ヨンピョ)統一部長官
  北朝鮮代表・黄炳瑞人民軍総政治局長、次席代表・金養建朝鮮労働党書記兼統一戦線部長
 25日 未明に合意。午前0時55分に終了

 金正恩の幼稚な賭けは失敗した。地雷事件の関与を徹底的に否定していた北朝鮮が「遺憾」を表明したということは、いかなる奇弁で弁明しようがその関与を認めたも同然だ。しかし北朝鮮は謝罪ではないと主張し、むしろ銃弾一発も打たないで韓国のスピーカー放送をやめさせたと宣伝した。しかしこうした宣伝が通用したのは北朝鮮国内だけだった。

3、敗北を福に転じようとした北朝鮮

 北朝鮮が遺憾の意を表明し南北当局者会談に応じるようになったのは、金正恩第1書記が公言した「48時間最後通告」のジレンマを解くためのものだった。48時間以内に行動を起こさなければ金第1書記の権威が失墜し北朝鮮体制は大きく揺らぐことになるからだ。それともう一つの狙いは、「離散家族再会」と引き換えに「金剛山観光再開」を得ようとするところにあった。 災いを福に転じようとしたのである。

1)1年8カ月ぶりの離散家族の再会

 韓国政府は8月28日、南北会談の合意に基づいて金聖株(キム・ソンジュ)大韓赤十字社総裁名義の通知文で秋夕(中秋節、今年は9月27日)に合わせた南北離散家族の再会に向けた実務協議を9月7日に板門店で開くことを北朝鮮側に提案した。
 この提案を受け北朝鮮は8月29日午後1時に板門店の連絡事務所を通じ、韓国政府が提案した9月7日の南北赤十字実務協議開催を受け入れるとする意向を韓国側に伝えた。実務協議の結果、離散家族の再会は韓国側が主張した中秋節ではなく朝鮮労働党創建70周年行事後の10月20日から実施されることになった。実施は2014年2月以来となる。
 また北朝鮮は対話のムードを盛り上げるために10月4日、朝中国境から北朝鮮に不法入国(4月22 日)した米ニューヨーク大学生チュウ・ウォンムン氏を、板門店を通じて送還した。
 10月20日、北朝鮮の金剛山で離散家族の再会は始まった。行事は3日ずつ、2回に分けて行われた。
 20~22日は北朝鮮側の対象者96家族・141人が韓国の家族ら389人と対面した。個別面会、共同昼食会、団体面会と3回にわたり計6時間を共に過ごした。24~26日は韓国側の90家族255名が同じスケジュールで北朝鮮に暮らす188名と会った。
 北朝鮮メディアも離散家族の再会を相次ぎ報じた。「労働新聞」は10月21日、北朝鮮が選んだ再会対象者が前日に韓国側の家族や親戚と団体面会を行ったことを伝えた。また「外の勢力により強要された民族分裂の悲劇の中、数十年も生死さえ分からず心の中で思い描くばかりだった肉親に会えた喜び、統一への熱望で、再会の場は沸き返っていた」と紹介した。
 朝鮮中央放送も同日、団体面会の様子を伝え、「われわれの主導的な措置と熱い同胞愛により実現した北南(南北)離散家族・親戚の再会は、全ての同胞と世界の関心の中で行われている」と自賛した。

2)北朝鮮が狙う金剛山観光再開

 北朝鮮は、地雷挑発の失敗を「離散家族の再会」と「金剛山観光の再開」との取引で挽回しようとして南北当局者会談にも合意した。
 なぜ北朝鮮はそれほどまでに金剛山観光再開にこだわるのだろうか。それは一言で言って外貨の枯渇を解決するための金正恩構想と関係しているからだ。
 北朝鮮は来年から観光産業を本格的に推進する計画を進めようとしている。北朝鮮の経済季刊誌『経済研究』2015年3号は、国際的に観光需要が増える中、観光業を発展させれば社会発展と国家建設に必要な収入をより多く得られると主張した。金正恩第1書記が「対外経済関係を多角的に発展させ、元山(ウォンサン)-金剛山国際観光地帯をはじめとする経済開発区開発事業を積極的に進めるべき」と強調したのもこうした理由からだ。 金第1書記のスイス留学経験も観光産業の育成に影響を与えているようだ。また、ベトナム」、キューバの成功例も金正恩を刺激した。
 すでに北朝鮮は地方級観光開発区と中央級観光特区の指定を行っている。2013年には地方級観光開発区に咸鏡北道穏城(オンソン)島観光開発区、黄海北道新坪(シンピョン)観光開発区を指定。2014年には平安北道チョンス観光開発区を指定した。中央級観光特区は2014年に元山-金剛山国際観光地帯を選定した。これら観光団地が成果を出せば、七宝山(チルボサン)・白頭山(ペクドゥサン)の2カ所を追加で中央級観光特区に指定する計画だった。
 しかしこうした計画は思うように進んでいない。韓国の金剛山観光再開が遅れたからだ。資本が不足する北朝鮮の観光は外国人投資にその成否がかかっている。しかし外国人投資家は韓国の動きを見守っている。このため韓国の金剛山観光再開が重要となる。北朝鮮がやりたくもない離散家族再会にあえて同意したのも金剛山観光再開を狙ってのことだ。
 北朝鮮は離散家族再会をなぜ嫌がるのか。それは再会の過程で南北の経済格差が明確になるからである。また北朝鮮にとっては再会の準備過程も容易ではない。交通事情が劣悪な金剛山に高齢者を移動させるのは大仕事だ。電算化・統計化が進んでいないために、離散家族を捜すことも大変だ。北朝鮮はこうした劣悪な状況にもかかわらず、離散家族再会に同意するのは金剛山観光の「再開」が急がれるためだ。
 北朝鮮は韓国の金剛山観光が再開されれば、他の観光団地の投資誘致と元山-金剛山国際観光地帯が活性化すると考えている。特に元山-金剛山国際観光地帯は金第1書記が建設現場を訪問して作業を促すなど関心を見せてきたところだ。
 北朝鮮は5月27日、金剛山で元山-金剛山国際観光地帯投資説明会を開催したりもした。この観光地帯は元山地区-馬息嶺(マシクリョン)スキー場地区-通川(トンチョン)地区-金剛山地区を含む大規模な観光ベルトだ(中央日報2015年12月15日)。

3)南北の思惑対立で第1回南北次官級会談は決裂

 南北は8月25日の合意に基づく「離散家族の再会」に続き、第1回南北当局者(次官級)会談開催に向けた実務協議を11月26日午後、板門店の北朝鮮側施設「統一閣」で行った。そして27日未明に共同報道文を通じ、「南北当局者会談を2015年12月11日に開城工団地区で開催することにした」と発表した。会談の代表団は「次官級を首席代表」に、議題は「南北関係の改善に向けた懸案」とすることで合意した。
 この合意に基づき12月11~12日に開城工業団地総合支援センターで会談を開いた。
 会談は「第1回」と銘打たれ、8年ぶりの定期的な当局者会談のスタートと位置付けられた。会談で韓国代表の黄富起(ファン・ブキ)統一次官が「しっかり第一歩を踏みだし、統一への道を開こう」と述べると、北朝鮮代表の田鍾秀(チョン・ジョンス)祖国平和統一委員会副局長は「本格的に北南関係を前進させる会談は、今から始まる。不信と対立の壁を壊し、大きな道を開いていこう」と応じた。
 韓国としては、離散家族再会の定例化や離散家族の生死確認リストの交換が優先課題だった。北朝鮮は2008年の韓国人観光客射殺事件で中断した金剛山観光再開を目指した。
 当局会談の間に代表団全員が出席する全体会議1回と首席代表接触を4回持ったが、双方の立場の違いを確認しただけだった。韓国側が主張する離散家族問題の根本的解決と北朝鮮側の主張する金剛山観光再開がかみ合わなかったためだ。12日午前10時40分~11時21分、午後3時30分~3時55分に行われた首席接触でも溝を埋めることはできなかった。会談は次の会談日程も決められずに終了した。
 北朝鮮が金剛山観光再開に執着するのは前述したとおりだが、その交渉手法があまりにも短絡的直線的だった。金正日時代のような巧妙さは見られなかった。
 金剛山観光再開のためには、少なくとも射殺された犠牲者に対する謝罪がなければならないし、再発防止の約束もなければならない。また金剛山観光を通じて北に流入する対価が核兵器やミサイル開発に転用できなくする工夫も必要だ。外貨が北にわたり核開発につぎ込まれた金大中時代の苦い経験があるからだ。外貨が無原則に北朝鮮に流れれば非核化を目指す国際的協調を破ることにもなる。

4)北朝鮮側の非難に韓国側が反論

 北朝鮮の対韓国窓口機関「祖国平和統一委員会」は12月15日、報道官談話を発表し、「(韓国は)金剛山観光再開問題の協議を拒否した末に、米国の承認がないと合意できないという言い訳までした」などとして、11、12の両日に行われた南北会談で韓国側が観光再開には米国の承認を必要とする発言を行ったと主張した。
 これに対して韓国統一部の鄭俊熙(チョン・ジュンヒ)報道官は16日の定例会見で、金剛山観光再開をめぐり「米国の承認がないと合意できない」と述べたとの北朝鮮側主張は「全く事実ではない」と否定した。
 鄭報道官は、次官級会談での金剛山観光問題議論について、「北側は無条件の再開を主張したが、われわれは再開前にさまざまな解決すべき問題を先に議論したいとの立場で対話に臨んだ」と説明した。その上で、「北側がまず再開を合意したいとの主張を繰り返したため、具体的な議論にはならなかった」と伝えた(聯合ニュース2015/12/16 12:22)。
 また韓国統一部の洪容杓(ホン・ヨンピョ)長官は17日、ソウル市内で開かれた討論会で、韓国が求める離散家族問題の解決と引き換えに北朝鮮が求める金剛山観光を再開することは望ましくないとの見解を示した。洪長官は「離散家族の方に申し訳ない面はあるが、だからといって守るべき原則を守らないわけにはいかない」と理解を求めた。南北当局者会談では次回の日程も決められずに決裂したが、会談の格を上げたり、別の方式を考えたりするのではなく現在の枠組みを維持していくとした。
 一方、南北首脳会談の開催については「基本的に(扉は)開かれている。分断の痛みを解消し、平和を導いていくための実質的な協議ができる首脳会談を拒否する理由はないといのが政府の立場」と説明した。
 2010年3月に発生した韓国海軍哨戒艦「天安」撃沈事件を受けて同年5月から実施している北朝鮮に対する制裁措置(5・24措置)については、南北対話の際に協議する意向があるとの姿勢を示した。洪長官は「対北制裁措置に対しては北側の責任ある措置があるべきとの立場を政府が明確に示してきた。ただ、そうした問題は対話を通じ解決できると明らかにしており、制裁措置が南北対話を断絶させている主な原因ではないと考えている」と述べた。(聯合ニュース2015/12/17 12:13)。

4、北朝鮮、外交的孤立続く

1)対米、対日関係は依然として停滞

 金正恩体制の4年が過ぎたが、国内の「変化宣伝」とは対照的に外交的孤立は一向に変化の兆しを見せていない。
 もちろん米国との関係では相変わらず何の進展もない。ニューヨークチャンネルすら稼働していない。「SLBM(潜水艦発射ミサイル)発射」「水爆発言」などでオバマ政権を引き寄せようとしているが、オバマ政権はほとんど関心を示さず、むしろ約半世紀ぶりの「キューバとの国交回復」(7月)や「イランとの核査察合意」などで北朝鮮の外堀を埋めることに力を注いでいる。
 そればかりか米国は年初から北朝鮮に対する制裁も強化した。オバマ米大統領は、北朝鮮がソニーの米映画子会社に対しサイバー攻撃を行ったとして、同国に対する追加制裁の発動を承認している(1月2日)。米財務省によると、追加制裁の対象になるのは、レコネッサンス・ジェネラル・ビューロー(RGB)(別称・偵察総局)、コリア・マイニング・デベロップメント・トレーディング・コーポレーション(KOMID)、コリアン・タングン・トレーディング・コーポレーション。このほか、北朝鮮当局者10人が追加制裁の対象となる。対象となる当局者にはイラン、シリア、中国、ロシア、ナミビアで勤務している人物が含まれる。
 また米財務省は最近の12月8日、北朝鮮の武器移転や違法な金融取引に関与したとして北朝鮮の銀行幹部ら6人と3法人を対象とした在米資産凍結や米国企業との取引禁止などの制裁措置を発表した。国務省も同日、国連安保理決議に違反して弾道ミサイルの発射を繰り返したとして、朝鮮人民軍戦略ロケット軍を制裁対象に指定した。米財務省によると、制裁を受けたのは、北朝鮮の武器商社「朝鮮鉱業開発貿易会社」の金融部門「端川商業銀行」(TCB)のベトナムとシリアの代表者ら5人と、北朝鮮の外国為替銀行「朝鮮貿易銀行」(FTB)のロシア・ハバロフスクの代表者1人。また、違法な武器取引を行った船会社の関連会社3社も指定された(毎日新聞2015年12月10日)。
 こうした米国の対応に対して北朝鮮は5月と11月にSLBM(潜水艦発射ミサイル)の発射や金正恩の水爆発言などで対抗している。金正恩は長距離弾道ミサイルやSLBMなどと核の小型化が結び付けば、結局米国は交渉に応じざるをえなくなると踏んでいる。そうすれば核を保有したまま対米関係改善が可能だと考えている。

日朝もこう着

 日本との関係も「拉致問題」で前進がなくこう着したままだ。北朝鮮はいま日本との交渉を急いでいない。時間は北朝鮮側にあると考えている。また日本が「ストックホルム合意」を破棄しない限りいずれ日本側がすり寄ってくるとも考えている。安倍総理が拉致問題で進展を見せなければ来年の参議院選挙で影響を受けるので必ず譲歩すると読んでいるのだ。こうした北朝鮮の思惑は朝日新聞報道からもうかがえる

日朝当局者、11月以降3回協議 拉致再調査は進展なし(朝日新聞)

 北朝鮮による拉致被害者の再調査をめぐり、日朝両政府の当局者が11月中旬から今月中旬にかけて、中国で計3回の非公式協議を行っていたことが分かった。日本外務省の交渉担当者は10月に交代したが、再調査をめぐる協議の枠組みは保たれた。ただ、双方の主張は平行線のままで、具体的な進展はうかがえない。
 複数の日本政府関係者が明らかにした。非公式協議は11月中旬と下旬に上海、12月中旬に大連で行われた。日本側は、10月の人事で就任した金井正彰・北東アジア課長が出席した。金井氏は北朝鮮側の当局者に対し、日本政府が認定する12人の拉致被害者の安否情報を含めた再調査結果について、速やかに通知するよう求めたという。
 だが、北朝鮮側からは12人について「8人死亡、4人は入国していない」との従来の主張を覆す内容は伝えられなかったとみられる。北朝鮮側は、太平洋戦争の終戦前後に朝鮮半島で亡くなった日本人の遺骨返還問題で協議を進めるよう改めて主張した模様だ。
 (朝日新聞デジタル 2015年12月21日03時11分)

2)対中関係もモランボン公演ドタキャンで迷走

 今年10月、朝鮮労働党創建70周年に合わせて中国共産党序列5位の劉雲山政治局常務委員が訪朝したことを機に、北朝鮮は中国との関係改善に動き始めたとされている。そうした動きのためか懸念されていた北朝鮮による長距離弾道ミサイル発射や4回目核実験はひとまず自制されている(こうした見方以外に準備ができていないからだという分析もある)。
 北朝鮮のこうした動きは、来年5月の党大会に向け国際的な孤立を脱し経済面で成果を出すための戦術的な変化と受け止められる。対外関係の改善がなければ経済の再生はもとより来年の第7回党大会が盛り上がらないからだ。しかし、核と経済の並進路線を維持したままでは、北朝鮮の対外関係改善には限界が生じるのは明らかだ。
 しかし何を仕掛けるのか予測できないのが金正恩政権だ。朝鮮労働党70周年記念行事に中国のチャイナセブン劉雲山政治局常務委員が参加し外交的孤立突破のキッカケとなるかと思われていた矢先、金正恩の訪中準備の一環とみられていたモランボン楽団の中国公演が直前でドタキャンとなった(12月12日)。金正恩の「気まぐれ外交」は2012年2月29日の「米朝合意」ドタキャン以来続いているが、金正日総書記が病状悪化の中でやっと回復させた中朝関係は、金正恩政権に入って迷走を続けている。
 このモランボン楽団の「ドタキャン」については、さまざまな説が飛び交っているが、その根本原因は核とミサイルに対する両国の立場の違いにあると思われる。この違いは10月9日の劉雲山・金正恩会談でも明確に示されていた。
 モランボン楽団公演を中国側高官が観覧する上で容認できない部分があったとしたらこの「核とミサイルの演出部分」であったに違いない。金正恩を称賛したから中国が拒否感を示したというのはありえない。中国側はこの楽団が金正恩の偶像化の道具であることを百も承知で招いているからだ。
 韓国紙、中央日報も12月15日、公演取り消し理由について韓国情報当局者が「牡丹峰楽団の公演のあちこちにミサイル発射場面の映像などが背景に出てくるのを、中国が11日のリハーサルで確認して削除を要求したとみられる」と述べたと報じた。また朝鮮日報も12月18日、韓国政府関係者の話として、中国側がリハーサルをチェックしたところ、公演の終わりの方で長距離弾道ミサイルが発射されるシーンが大型スクリーンで登場することを確認したと報じている。
 核とミサイル問題についての中国側の立場を知りながら、あえてモランボン楽団がそうした内容を入れてきたのは、国際社会に向けて、中国側首脳が暗黙の了解を与えているとの印象を流布するための金正恩の策略であった可能性もある。
 このドタキャンで「来年に金正恩が訪中」との観測もその可能性が大きく後退した。今回の事態は、今後の中朝の和解でも核とミサイル問題が大きな壁として立ちはだかることが示された。

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