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李明博政権を脅迫し始めた金正日

2008.4.6
北朝鮮研究室

 「韓米合同軍事訓練」や韓国政府による北朝鮮人権問題への言及を契機に「静観姿勢」を徐々に転換していた金正日政権は、金泰栄(キム・テヨン)韓国新合同参謀議長の「北核攻撃時核基地打撃論」発言を口実についに一線を越え、李政権の対北朝鮮政策を全面否定する強硬策に出てきた。
  南北将官級軍事会談の北朝鮮代表は3月29日、韓国軍の金泰栄陸軍大将が韓国国会で行なった発言を「宣戦布告にほかならない」と非難、発言取り消しと謝罪を要求するとともに、「当面、軍部関係者を含む南側(韓国)当局者の軍事境界線の通過を遮断する措置を講じる」との通知文を韓国代表に送ったのだ。
  北朝鮮の労働党機関紙「労働新聞」も4月1日、「南朝鮮当局が反北対決で得るものは破滅だけだ」と題する論評を掲載した。論評では李明博韓国大統領を「逆徒」と呼び捨て「非核・開放・3000(北朝鮮の非核化と改革・開放を実現し、一人当たりの国内総生産を3000ドル〈約30万5000円〉にする)」政策に対しても「いわゆる 《非核、開放、3,000》はわれわれの 《核完全放棄》と 《開放》を南北関係の前提條件に掲げた極めて荒唐無稽で分をわきまえないたわ言で、民族の利益を外勢に売り飛ばし対決と戦争を追い求め南北関係を破局へ追いこむ反統一宣言だ」と厳しく非難した。そして李政権がこの政策を追い求めるならば得るものは破滅だけと脅迫した。
  北朝鮮が李大統領を名指しで非難したのは今回が初めてだ。これは大統領選挙後の「静観」、「様子見」の姿勢を放棄したもので、「非核・開放・3000」政策を「太陽政策」からの決別を意味するものと結論付けたものだ。これで最近の短距離ミサイル発射(3月28日)や開城工業団地からの韓国政府職員追放(政府関係者11人、3月27日)などの強硬姿勢が一時的措置でないことが明白となった。
  これに対して韓国側も3月30日、「北側に謝罪する意はなく、我々が謝罪する内容でもない」とし、 金泰栄新合同参謀議長の「北核攻撃市核基地打撃論」発言に対する「謝罪と取り消し要求」を拒否した。
  この拒否回答に対して北朝鮮の朝鮮中央通信は4月3日、南北将官級軍事会談の北朝鮮側団長が再返信の通知文を送ったことを報じ、「南朝鮮(韓国)軍当局はすべての北南対話と接触が中止され、通行遮断措置が取られる責任から絶対に抜け出せないだろう」と再反発した。これで南北関係の冷却化は不可避となった。
  しかし北朝鮮は、金剛山観光や開城工業団地の民間企業に対してはこれまでどおりの姿勢を保っている。北朝鮮は昨年初め、「開城工業地区出入・滞留・居住規定」に基づき、団地内の常駐者に対し滞在・居住登録とともに登録証の発行手数料を要求、これまで交渉が進められてきたが最近合意に至った。
  韓国政府消息筋は3月31日、短期滞在登録手数料(90日以内)を35ドル、長期滞在登録手数料(1年以内)を100ドル、3年以内の居住登録手数料を200ドルとすることで合意したと伝えた。こうした合意は、北朝鮮が開城工業団地の南北経済協力協議事務所に常駐する韓国側当局者らを撤収させた3月27日以前になされたもの。双方はこれを4月1日から適用し早急に常駐者の滞在登録を終える。開城工業団地では現在69社が稼動しており、手数料を支払うべき韓国側の滞在・居住登録対象者は約820人となる。 こうした事実は北朝鮮が李政権をいくら脅迫しても韓国との関係を断ち切れなくなったことを物語っている。

1、対決姿勢に出た狙い

 過去を振り返ると今回と似たような北朝鮮の手法が繰り返されている。
  93年に金泳三(キム・ヨンサム)政権がスタートした直後、北朝鮮は「核拡散防止条約(NPT)脱退」を宣言した。2カ月後には弾道ミサイル・ノドン1号を発射した。 盧武鉉政権がスタートしたばかりの03年3月にも、北朝鮮はミサイルを発射している。新政権をけん制するこうした威嚇が単発で終わらない点が特徴的だ。 それは今回にも通じる。西海(ソへ、黄海)上の北方限界線(NLL)を「幽霊の線」と非難したことがその予兆だ。万が一、北朝鮮が挑発行為の度を強めれば、02年6月29日に起きた西海交戦のような武力衝突も起きうるだろう。
  では今回北朝鮮が強硬対応に出た狙いはどこにあるのか?
  それは第一に4月9日の第18代韓国国会議員選挙に影響を与え、なんとしてでもハンナラ党の過半数割れを実現しようとしているところにある。 北朝鮮としては核開発の申告問題で米国との「こう着状態」が続く状況中、新政権が総選挙で圧勝し韓米関係が緊密化するのを「最悪のシナリオ」と考えている。
  これまで北朝鮮が6ヵ国協議で米国を苦しめることが出来たのは「民族共助」に呼応する盧武鉉政権が韓米日の結束を乱してくれたからだ。李明博政権の出現でこの構図に終止符が打たれた。少なくとも今後5年間は米韓日の結束は以前よりも強化されるに違いない。この状況を揺さぶるにはハンナラ党の過半数割れを実現するしかない。
  次に韓国の国民に「恐怖感」を与え李明博政権の「北朝鮮政策」批判を高めさせようとしていることだ。すなわち「非核・開放・3000」政策の出鼻をくじこうと言うのだ。
  しかし今回の「脅迫」に対して韓国国民は冷静だ。朝鮮日報の政治漫画で示されたように驚く人も騒ぐ人もほとんどいなかった。金正日国防委員長が期待した新合同参謀議長批判も受け入れていない。李明博大統領は4月3日「北朝鮮もこれまでのやり方を変えなければならない」として国会議員の質問に対する新合同参謀議長の発言は何ら問題のないものであるとの立場を表明した。
  第三に、10年間続いた「南北融和」や市場(いちば)拡大で緩む支配体制を「南北対決」で引き締めようとしていることだ。今後様々な統制の乱れをこの緊張政策で押さえ込もうとするだろう。これはある意味での第二の「苦難の行軍」を示唆するものである。しかしそれは長続きしないはずだ。

2、強硬策に出てきた背景

 強硬策に出てきた背景の第一には経済的困窮が加速することによって北朝鮮の統治体制がますます揺らいでいることにある。
  これまで北朝鮮は体制崩壊の大きな危機を過去2回も乗り切った。
 1回目の危機は1990年代後半に300万人が餓死する史上最悪の食糧難で体制崩壊寸前まで行った時だ。朝鮮労働党の課長級幹部が住む平壌市の蒼光通りアパートですら電気供給が止まった。北朝鮮当局は至るところで公開処刑を行い、戦争説を流布することで住民の反発を強引に抑え込んだ。黄長Y(ファン・ジャンヨプ)元労働党書記をはじめとする幹部脱北者は、金大中政権の対北朝鮮支援がなかったならば、北朝鮮は中国式の改革を迫られたか、ルーマニアのように崩壊していただろうと分析した。
 2回目の危機は2005年に核兵器保有宣言を行った直後だ。マネーロンダリング先とされたマカオのバンコ・デルタ・アジア(BDA)の北朝鮮関連口座が凍結され、国際金融システムから遮断されることによって資金不足に陥り貿易決済までもままならなかった。北朝鮮社会は配給制崩壊による2002年の7・1措置以降、市場経済の拡大によって住民が自立する能力を備えた半面、支配階層は外部の援助で支えられるという二重構造に再編された。配給制は支配階級のためだけに存続され、外国からの援助が体制を維持させるという構造が一層定着した。このため、米国による金融制裁は支配層を揺さぶる予想以上の効果をもたらした。当時米国が金融制裁を解除せず、もう少し圧迫を加えたならば、核問題は前進していたかもしれない。当時の北朝鮮は、米国の措置に反発し東海(日本海)に向かってミサイルを次々と発射した。住民らは再び「戦争になる」と騒ぎ、準戦時状態が数カ月続いた。
 そして今、3回目の危機が北朝鮮を襲っている。韓国からの無条件の支援で体制維持を行なってきた北朝鮮は、韓国で政権が交代することをなんとか防ごうとしてきた。しかし保守政権(李明博政権)誕生を阻止できなかった。保守政権が誕生し、その政策が「太陽政策」を否定するものであることが判明するにつれ北朝鮮は焦燥感を募らせた。これが統一戦線部で粛清が行われた背景であり、これまで静観を決め込んでいた背景でもある。結局北朝鮮は李明博政権が「太陽政策」と決別したことを悟ったが、韓国の新しい変化に見合う対応策を策定できなかった。仕方なく「脅迫」というこれまでの手法にたよらざるを得なかったのであるが、これによって今後北朝鮮は統制機能の弾力性が一層損なわれることは間違いない。そして統制の乱れは続くだろう。
 このことを裏付けるように、最近北朝鮮各地で再び公開処刑が始まった。そればかりか咸鏡北道清津市の市場では、商いで生計を立てている女性数千人が市場への立ち入りを阻む保安要員と対立し、集団抗議を行う事件も起きた(北朝鮮当局が、市場で商売ができる女性の年齢を50歳以上に制限したことから、今月初めに北朝鮮・清津で1万人を超える女性が集団抗議を行った)。家族を食べさせようと必死に働く女性たちは、「配給もよこさず、市場も取り締まるなら、お前たちの米をよこせ」と絶叫し、保安要員も強引な鎮圧はできない状況だったという。過去と現在の危機で異なるのは、体制崩壊の必要性を多数の住民が意識し始めたという点だ。
 一方国連食糧農業機関(FAO)の報告書によると、北朝鮮の昨年の穀物生産量は300万トンで、今年10月までの穀物不足量は166万トンに達すると、自由アジア放送(RFA)が3月26日に伝えた。
 「北朝鮮の深刻な食糧難」と題するFAOの報告書は、北朝鮮の昨年の穀物生産量は、2006年の400万トンやこの5年間の平均収穫量の370万トンを大きく下回る量だとしている。今年6月には冬小麦と春麦が収穫されるが、いずれも北朝鮮の年間穀物生産量の1割ほどにすぎず、食糧難の解消にはあまり役立たないと分析する。FAOのアジア太平洋地域の責任者、チェン・ファン氏は、昨年11月から今年10月にかけ北朝鮮では約166万トンの食糧が不足すると予想し、韓中や国連世界食糧計画(WFP)など国際社会の行動が必要だと述べたという。
 報告書はまた、北朝鮮でのコメとトウモロコシの生産量は2006年に比べそれぞれ33%と25%少なく、穀物価格が2倍以上に高騰していると指摘している。世界の主要穀物生産国が輸出量を減らし、中国が食糧輸出関税を賦課していることから、北朝鮮の食糧事業は悪化の一途をたどることになると強調した。 
 北朝鮮の全域で食糧難が悪化する中、比較的食糧事情が良好とされる平壌でも今月から6ヵ月間にわたり配給が中断され、5月以降に大量の餓死者が発生するとの懸念が出ていると韓国の人権団体である「良き友」がニュースレターで明らかにした。平壌市の一部幹部は、1990年代後半に最悪の経済難に見舞われた「苦難の行軍」の時期でさえ、これほど長期の配給中断はなかったとコメントしているといいう。
 強硬策に出てきた第二の背景として「米朝接近」をあげることが出来る。
 現在こう着状態に陥っている6ヵ国協議であるが、ヒル次官補との間で「意見の差」が縮小しているという。こうした中で米国務省のケーシー副報道官は4月4日、ヒル国務次官補と金桂寛外務次官が8日にシンガポールで会合を行うと記者団に明らかにした(2008年4月5日、 読売新聞)。これは3月13日のジュネーブ会談以降ニューヨークの国連代表部を通じて協議を続けていた結果決まったようだ。
 韓国訪問を経て現在インドネシアに滞在しているヒル次官補は、金次官との会談を否定していたが、ウソをついていたようだ。彼は東ティモールから7日夜にシンガポール入り、この席で米・朝は核開発計画の申告問題について最終妥結を試みる予定という。
 この会談で核申告問題に進展があり米・朝が「核申告問題妥結」に向かえば韓国に強硬姿勢をとっても「通米対南(米国と通じて韓国を無視する)政策」で乗り切ることが出来ると判断しているかもしれない。すなわち米国と「妥結」すれば韓国も日本も追随せざるを得ないという計算だ。

3、韓国国民の変化を読みきれていない北朝鮮

 今回の脅迫目的は一言でいって緊張と対決局面を造成することで韓国側社会を不安にさせ新政権の対北政策を「太陽政策」に引き戻そうというものであるが、同時に保守陣営と太陽政策論者の対立拡大も狙っているはずだ。またニューヨークフィルの招請などで米国には融和のジェスチャーを送り、南側には強硬に出ることで韓米対立も狙っているだろう。
 しかしこれは非常に甘い判断であると思われる。大部分の韓国国民には過去10年間の対北政策を通じて習得した「学習効果」がある。それは「北朝鮮をなだめて支援を拡大すれば、いつかは南北関係が本当に安定する」という主張は逆だということを悟ったことだ。特に北朝鮮の核実験はこうした学習効果を高めた。李明博政権の誕生には誤った対北政策を変えなければならないという国民的要望が反映されている。しかし北朝鮮は対北政策に対する韓国国民の変化を過小評価し、政権を脅せば李明博政権も変化するものと読んでいる。これは丁度「拉致を謝罪しても小泉首相と約束すれば日朝国交正常化が実現できる」と日本の世論を誤判した時に似ている。韓国の国民が「太陽政策」に否定的となっている変化を理解していないのだ。 CBSが世論調査調査機関 「リアルメーター」に依頼して去る 1日から2日間全国成人男女 700人を対象に実施した電話調査でも応答者の 72%が「北風(北の対南工作)」が総選に影響を及ぼすことはないと明らかにした。
 中国や米国との関係を見ても同じだ。金正日国防委員長は今月初め、平壌駐在中国大使館を訪問した。米・韓・日の結束強化に対抗して中国との関係をより円満にしようという意図であるとみられる。しかし中国が国家的力を集中させる北京五輪まであと数カ月だ。中国が朝鮮半島の緊張激化を望まないことは明らかだ。ましてやチベット問題が拡大する気配を見せている現時点で中国は朝鮮半島の緊張まで抱え込むことは出来ない。
 緊張を高めることは北朝鮮が力を注ぐ米国との関係改善にも悪影響を及ぼすだろう。米国の強硬派が台頭してくるからだ。米国さえねじ伏せれば韓国も日本もついて来ると考え韓国に圧力を加えているかもしれないが、李明博政権の登場によって米国の宥和派が主導権を行使した時期は過ぎつつある。それはヒル次官補の姿に表れている。だが金正日委員長は「強硬」には「超強硬」がもっとも有効だと考えているのだ。この路線で「米・朝妥結」を勝ち取れば南北関係も朝・日関係もすべて突破できると判断している。だからいま北朝鮮が最も期待を寄せているのはヒル次官補だ。しかし「核申告問題」で前進がなく米朝関係の膠着が長期化すれば金正日委員長の計算はすべて狂いを見せるだろう。

以上

 
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