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揺らぐ金正恩の足元

コリア国際研究所 北朝鮮研究室
2017.3.29

 米韓、日韓、韓中関係がいずれも安定せず、東アジア情勢が不安定化する中で朝鮮半島の南北政権の先行きも不透明感が増している。現在北朝鮮の過激化と韓国の左傾化が結び付く方向で朝鮮半島情勢が進んでいるが、どちらの側にも不透明要因は多い。南北と米国、中国、日本との組み合わさり方によっては予想外の展開もありうる。
 そうした中で北朝鮮は来月11日に最高人民会議第13期の第5回会議を開催する。昨年6月の第4回会議で、最高権力機関を国防委員会から国務委員会に改編してからの初開催となる今回は、その間の首脳人事の異動や対米、対韓政策、そして経済政策などの結果をどのように総括するかに注目が集まっている。
 その中で最も注目されるのは「金元弘事件」で揺らぐ政権内部の引き締策と大統領選挙に突入した韓国への対応だ。

1、政権内で広がる最高幹部間の対立

 韓国国家情報院傘下の国家安保戦略研究院は3月19日、北朝鮮から韓国に亡命した幹部級の北朝鮮脱出住民(脱北者)の証言を基に作成した資料で「最近、北の核心権力層の間で対立の兆候がある」と明らかにした。
 黄炳誓(ファン・ビョンソ)軍総政治局長と崔竜海(チェ・リョンヘ)朝鮮労働党副委員長、金英哲(キム・ヨンチョル)党統一戦線部長など北朝鮮の幹部の間で激しい権力争いが繰り広げられているという。
 同資料は金正恩党委員長の下で実権を握る黄氏と崔氏について、表向きは協力しているように見えるが、互いにけん制し合う状況を越え、相当な対立関係にあるとした。崔氏は金委員長によって役割が勤労団体の総括に限定され、力を失った状態だが、黄氏に復讐する機会を狙っていると研究院は伝えた。
 また「総政治局長を務めた崔竜海は、軍部内の政治・軍事・保衛部門のトップをうまく統率すればクーデターの可能性もある点をよく知っており、機会が来れば金正恩に黄炳誓の危険性を警告して追い出すかもしれないという話が幹部の間で回っている」と明らかにした。
 黄氏は金英哲氏もけん制しているとされる。
 金英哲氏が北朝鮮軍対外工作機関の偵察総局5局と、偵察総局傘下で外貨稼ぎを担当する貿易会社を統一戦線部に移管しようとする動きを見せると、黄氏が金委員長に「金英哲が個人の権力を増長させている」と報告したという。これにより金英哲氏は昨年7月中旬から1か月間地方農場での強制労働などを含む「革命化教育」処分を受け、自然と黄氏に対して敵意を持つようになったと研究院は説明した。
 金英哲氏が革命化教育を受けたことについては、金元弘(キム・ウォンホン)前国家安全保衛相もきっかけを提供したと伝えられた。金英哲氏が偵察総局長に就任した後、保衛省の対韓国業務を軽く扱うと、金元弘氏が金委員長に金英哲氏の不倫説と不適切な言動を報告したとされる。
 金元弘氏は2012年に国家保衛相に就任した後、総政治局と総参謀部の幹部十数人を出頭させたことなどで黄氏との関係が悪化したと伝えられた。
 また、金元弘氏が保衛省を通じて軍に介入しようとする動きを見せたことに黄氏が激高し、「金元弘が軍団長、師団長級以上に自分の(息のかかった)人物を据えようとしていないか、24時間徹底的に監視しろ」と命令したとされる。
 国家安保戦略研究院は「北の幹部の間では、黄炳誓と金元弘の関係はいつ爆発するか分からない休火山だという話が広がっていた」と説明した。崔氏も労働党組織指導部や検閲委員会などの側近に対して保衛省を検閲するよう誘導し、金元弘氏と衝突したと伝えられる。研究院は「金元弘の解任に崔竜海もある種の役割を果たした」と指摘した(聯合ニュース2017・ 3・19・12:00)。
 こうした幹部間のあつれきの中で今政権中枢を揺るがしているのが2017年1月の金元弘粛清(降格)事件だ。

2、権力中枢を揺るがす「金元弘事件」

 国家安全保衛省トップの金元弘が今年初めに解任・粛清されたとの情報がもたらされていたが、 今回当研究所は北朝鮮内部からの情報でそれを確認した。現在国家安全保衛部幹部には3ヶ月間動くなとの指示が出されている。
 金元弘の解任・粛清で決定的な契機となったのは、国家安全保衛省傘下の「612 常務」の越権行為であったとされている。
 党幹部まで逮捕して処刑する権限を持つこの「612 常務」とは、張成沢の残党狩りを進めるために党の幹部をも検閲する権限を与えられた組織で、2014年 2月に人民保安省傘下にあった「109 常務」を国家安全保衛省に編入した組織だ。「612 常務」の「612」という名称は 2013年に金正恩が「銀河水(ウナス)管弦楽団」を徹底的に検閲せよいと指示した日付から取ったとされている。
 国家安全保衛省はこの「612 常務」を使って自分たちに不満を持つ幹部たち、従わない幹部たちを容赦なく粛清し、昨年8月末から9月初にかけての大水害復旧検閲過程では、咸境北道と咸鏡南道、平安北道で 30人を越える道及び市の責任幹部級、部長級の党幹部たちを粛清したとされている。
 現在中央党組織指導部党生活指導課では「 612 常務」を解体して「 612 常務」によって処刑・粛清された幹部たちの名誉を回復させる作業を行っているという。
 今回の「金元弘事件」は1997年にあった「深化組事件」(拙著「揺れる北朝鮮」P.211参照)の顛末とよく似ている。
 当時の社会安全部政治局長蔡文徳(チェ・ムンドク)は、張成沢の指示の下で社会安全部(現在の人民保安省)内に「深化組」を組織し、当時の徐寛熙(ソ・グァニ)農場担当書記など2万人近くを処刑または強制収容所送りにして英雄称号を受けた。しかし、後にその責任が金正日をも脅かす状況となるや、今度は逆に責任を問われて粛清された。今北朝鮮では「金元弘事件」がこの事件とあまりにも似ていると噂されている。
 現在国家安全保衛省の高位幹部は一部が処刑され、残りは組織指導部党生活指導課と第6課(国家安全保衛省担当)による厳しい検閲を受けている。
 こうした事態は金正恩の幹部に対する恐怖政治と調整能力不足から来たものだ。このままでは北朝鮮権力中枢の混乱はますます拡大するだろう。

幹部の世代間対立も深刻化

 いま金正恩委員長は北朝鮮指導部の若返りを急ぎ若手の登用を積極的に進めている。金正恩はこうした人事を主に金与正と協議して進めているようだ。
 しかし若手は勢いがあるが経験はない。また若手は高齢の幹部を馬鹿にする傾向もある。崔龍海などはいつ消えるか分からないなどと言っているという。幹部の世代間軋轢も日ましに増大している。

3、「市場勢力」と首領独裁体制との矛盾拡大

 金正恩体制は幹部内の軋轢だけでなく「市場勢力」との矛盾も拡大させている。それは「市場」から資金を吸い上げてきた金正恩の二律相反的「資金調達政策」がもたらした必然的帰結である。
 市場が活性化することで平壌や中朝国境などを除いた大規模「市場」などを行き来する通行証は実質的に必要なくなったようだ。通行証を求められても賄賂で解決するからだ。首領独裁体制の統制は確実に緩みつつある。
 いま北朝鮮住民の意識は「お金」に集中しており指導者に対する忠誠心は薄れている。体制が崩れてもお金さえあれば何とかなると考えているのだ。幹部たちも外貨稼ぎに必死だ。
 北朝鮮全国で「市場」が436ヶ所に及ぶことが衛星写真の分析結果で明らかになっている。また利用者数も100万人に及ぶと米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。
 「市場」の活性化で北朝鮮体制は過去とは違い民間が資金を持ち始めている。ソ連崩壊時にロシアでの生活を経験した北朝鮮の外貨稼ぎ幹部たちはソ連崩壊時の社会構造に似てきていると語っている。
 また軍に入隊した兵士たちの意識も変化している。ほとんどの兵士が1990年代の苦難の行軍を経験し「市場」での物資調達を経験したためにほとんどが韓流文化に影響されている。「首領決死擁護」を口で叫んでいても、それは信念から来たものではない。
 亡命した元駐英公使の太永浩(テ・ヨンホ)公使が指摘したように、外から見れば核ミサイルで「こわもて」の北朝鮮であるが、内部は確実に腐りつつある。

以上

 
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