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北朝鮮非核化とトランプリスク

コリア国際研究所 朝米研究室
2019.10.3

目次
1、ボルトン更迭で年内に第3回米朝首脳会談か
2、ボルトン前補佐官がトランプの対北朝鮮妥協の動きを牽制
3、新たな「変数」に登場した「ウクライナ・スキャンダル」

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 トランプ政権の対北朝鮮外交が、大統領選を1年後に控える中で変化を見せている。これまでの圧力に軸足を置いたスタイルから何らかの成果を急ぐ妥協スタイルに変わりつつある。それは「リビアモデルにこだわったことで米朝協議が進まなくなった」としてジョン・ボルトン補佐官を、9月10日(現地時間)に解任したことに現れた。リビアモデルとは、北朝鮮が非核化行った後に米国が制裁緩和・体制保証など相応の措置を取る方式だ。
 ボルトン氏の退陣で、トランプ政権が米国に届く長距離弾道ミサイル以外のミサイル保有は容認するのではとの懸念や、北朝鮮非核化基準であったCVID(検証可能不可逆的完全非核化)が、事実上棚上げされるのではないかとの観測も出始めている。トランプ大統領が、北朝鮮以外でもタリバンとの会談設定(実現はしなかった)やイラン大統領と無条件で会うと述べるなど、成果を急ぐ無原則な譲歩の姿勢を見せ始めているからだ。
 事実ボルトン解任後、北朝鮮は歓迎を表明し、第3回米朝首脳会談の実務協議に前向きな反応を示し始めた。崔善姫(チェ・ソンヒ)第1外務次官は10月1日、米朝が実務協議を10月5日に開くことで合意したとの談話を発表した。談話によると、4日に予備接触、5日に実務協議を行うとしている(朝鮮中央通信)。そして実務協議を控えた10月2日朝、北朝鮮はSLBMと見られる弾道ミサイル1発を発射し(飛しょう距離は約450キロで島根県島後沖の北、約350キロの日本の排他的経済水域内に落下)トランプに圧力を加え主導権を取ろうとする動きも見せた。
 ただここに来て、バイデン元副大統領のウクライナへの圧力疑惑(息子の汚職もみ消し依頼疑惑)を、トランプ大統領が、ウクライナ大統領に調査依頼するというスキャンダルが暴露され、安易な妥協が難しくなったのではとの情報もある。

1、ボルトン更迭で年内に第3回米朝首脳会談か

 トランプ米大統領は9月20日(現地時間)、金正恩委員長との良い関係と北朝鮮の潜在力を改めて強調した。トランプ大統領はこの日、ホワイトハウスでモリソン豪首相との会談を控え、記者らに「過去3年間にこの国に生じた最も良いことは私が金正恩委員長と非常に良い関係を形成しているという事実」と述べた。また「米国は過去50年間、北朝鮮に関連して成果を十分に得られなかった」とし「我々は現在の関係を形成し、(それ以前には)彼ら(北朝鮮)と関係を築いたことがなかった。どんなことが起こるか見守ろう」と語った。
 その一方で、北朝鮮の核問題に対する見通しについては「解決されるかもしれず解決されないかもしれない」と述べ、「私は解決されるとは話さない」というあいまいな立場も表した。また「これまでの長い間、核実験は行われなかった」とし「金委員長は一部の短距離ミサイルを発射したが、これはすべての国がすること」と意味を縮小した(中央日報2019・9・21)。
 トランプ大統領の対北朝鮮対応からは、北朝鮮の完全な非核化(FFVD)よりは段階的同時並行的交渉という金正恩の核保有国認定路線に近づく兆候が現れている。大統領選挙を1年2ヶ月後に控えた時点でこれといった成果もなく金正恩との関係良好しか訴えるものがないからだ。
 こうした動きに対して元北朝鮮駐英行使だった太永浩氏は警告を発した。太氏は、「「トランプ米大統領は北朝鮮と非常に危険なゲームをしている。金正恩政権は米国の軍事措置および追加制裁を避けて核兵器を開発し、統治の正当性を強化してきた」と批判した。

北朝鮮、「トランプ大統領の『新たな方法』の決断を歓迎」

 トランプ大統領は、金正恩委員長からの8月9日の親書に対して「また会談を行うことになると思う」との発言を行ったが、これに答えるかのように北朝鮮は9月9日、崔善姫(チェ・ソンヒ)外務省第1次官談話を通じて「9月下旬に朝米協議を再開しよう」と提案してきた。この直後の10日(現地時間)、トランプ大統領はボルトン補佐官を更迭した。翌日には「ボルトンがリビアモデルを掲げ、(北朝鮮との交渉に)深刻な支障をきたした。彼はミスをした」とボルトン前補佐官を批判した。18日にも再びリビアモデルを批判し、「もしかしたら、新たな方法が非常に良いかもしれない」と述べた。
 新たに米朝非核化交渉の首席代表となった金明吉(キム・ミョンギル)北朝鮮外務省巡回大使は9月20日、トランプ米大統領が非核化交渉で「リビアモデル」に変わる「新たな方法」を言及したことを歓迎し、実務協議に対する期待感を示した。
 金大使は談話で、「私は、トランプ米大統領が『リビア式の核放棄』方式の不当性を指摘し、朝米関係改善のための『新たな方法』を主張したという報道を興味深く読んだ」としたうえで、「時代錯誤の古い枠組みにこだわっていた厄介者(ボルトンのこと)が米政府から消えただけに、これからはより実用的な観点で朝米関係にアプローチすべきというトランプ大統領の賢明な政治的決断を歓迎する」と述べた(朝鮮中央通信)。彼は同談話で、「朝米実務協議の北朝鮮側首席代表」と名乗り、朝米協議の首席代表を務めることを公式確認した。
 金大使は「トランプ大統領が言及した 『新たな方法』にどんな意味が込められているのか、私にはその内容が分からないが、朝米双方が互いに信頼を築き、実現可能なものから一つずつ段階的に解決していくのが最上の選択だという趣旨ではないかと思う」と述べた。金大使は「私は米国側がこれから行われる朝米協議に、きちんとした計算法を持ってくると期待しており、その結果について楽観視する」とも述べた。
 金正恩は今、トランプがリビアモデルを批判したことで、一度にすべてに合意する「ビッグ・ディール」ではなく、制裁の一部解除と体制保証で核・ミサイル開発を凍結し、寧辺(ヨンビョン)の核施設を廃棄するなど可能な水準で合意した後、次の段階に進む「段階的同時並行的な解決策」(実質的な核保有認定)が受け入れられるのではないかと期待感を高めている。

韓国政府も歓迎

 文在寅大統領の「伝道師」と言われている文正仁(ムン・ジョンイン、米国から駐米大使認証を拒否された人物)大統領統一外交安保特別補佐官は9月20日、トランプ米大統領が、「リビア方式」を主張してきたジョン・ボルトン国家安保担当大統領補佐官を解任したのは、朝米非核化交渉に対する「政治的意志」を示したものとして歓迎した。
 また文補佐官は同日午後、ソウルのロッテホテルで開かれた「第30回国内安保学術会議」(国防大学国家安全保障問題研究所主催)の基調演説で「朝米間の実務者接触が2~3週間以内に実現すると思う」と語った。文補佐官は続いて、トランプ大統領がボルトン補佐官を更迭した翌日、リビア方式への言及を「大きな過ち」と批判した点を挙げ、朝米実務協議に楽観的な展望を示した。「今やボルトンのような妨害者が去った局面」ということだ。
 文補佐官は「マイケル・ポンペオ国務長官は少し保守的な面はあるものの、陸軍士官学校出身なので命令体系には相当慣れているが、ボルトン前補佐官は上意下達という指揮体系には慣れていなかった」と指摘した(ハンギョレ新聞2019・9・21)。

文大統領は急遽米韓首脳会談

 韓国の文在寅大統領は当初、今年の国連総会に出席しない予定だった。しかしボルトン補佐官の解任で米朝協議が進む流れとなったことから急遽国連総会参加を決め、米国側にトランプ米大統領との会談を頼み込んだ。
 22日に出国した文大統領は23日(現地時間)に米ニューヨークで就任後9回目の韓米首脳会談を行った。手土産としてシェールガス・LNG150万トン追加購入、現代自動車の20億ドル投資、そして武器購入の拡大などを米国側に提供した。
 この行動の裏には、米朝首脳会談に再び介入して南北首脳会談への流れを作り、「曺国(チョ・グク)法務長官スキャンダル」から国民の目をそらせ、来年4月の国会議員選挙で勝利へつなげようとの狙いがあった。
 しかし韓米首脳会談は中身がなかった。北朝鮮の完全な非核化に向けた深い意見も出てこなかった。メディアとの質疑応答時間はトランプ米大統領のワンマンショーだった。トランプ大統領は「私が大統領でなかったとすれば今ごろ北朝鮮と戦争をしているだろう」「金正恩委員長との関係は良い」などと北朝鮮非核化や米韓同盟とは関係のない従来の発言を繰り返した。このため文大統領は答弁の機会がなく、冷めた雰囲気だったという。両首脳の9回目の会談だったが、まったく信頼感が見られないものだった。文大統領の狙いは実現しなかったといえる。

2、ボルトン前補佐官がトランプの対北朝鮮妥協の動きを牽制

 米朝協議進展が取り沙汰される中、トランプ大統領の危険な対北朝鮮妥協の動きを牽制するためにボルトン前補佐官が反撃に出ている。
 ボルトン前大統領補佐官は9月30日、米シンクタンクの戦略国際問題研究所での講演で「北朝鮮が核兵器を放棄するという戦略的な判断を下していないことは明らかだ」と指摘。現在の状況下で、金正恩朝鮮労働党委員長が「自発的に核兵器を放棄することは絶対にない」と断言した。
 また現状では米国と北朝鮮の交渉は膠着状態にあると指摘。「北朝鮮はわれわれが与えるべきでないものを欲しがっている」とした上で、膠着状態が長期化すれば「核兵器の拡散に反対する者に不利に働き、北朝鮮やイランなどの国々に恩恵をもたらす」と警告した。その上で制裁が効果的に履行されていない状況、北朝鮮のミサイル実験を問題視しない姿勢などトランプ政権の一連の北朝鮮政策を批判した。
 そしてトランプ大統領が評価している北朝鮮による核兵器・長距離ミサイル実験の停止は、すでにこうした兵器の実験を終えたからだ、と指摘。「良い兆候ではなく、懸念すべき兆候だ」とし、北朝鮮制裁を一部緩和すれば、核開発を続けるだけでなく、拡散するだろう」と述べた。北朝鮮が最近行った短距離ミサイル実験についても、より長距離のミサイル開発につながる可能性があるとした(トランプ大統領はこれらの実験を重視しない姿勢を示している)。
 ボルトン氏はさらに、北朝鮮が核技術を他国へ売っている危険があると指摘。北朝鮮が核兵器を持つべきではないと考える人々にとっては「いつか軍事力が選択肢になる必要がある」と予想した(ロイター2019・9・30)。

3、新たな「変数」に登場した「ウクライナ・スキャンダル」

 トランプの「新しい方式」が原則を守るのか妥協になるのかが注目される中で「ウクライナ・スキャンダル」が浮上し、米朝協議に新たな変数として登場している。
 米大統領選挙を約1年後に控えて浮上した「ウクライナ・スキャンダル」で、再選を狙うトランプ大統領が危機を迎えている。野党の民主党が掌握した下院では9月24日(現地時間)、トランプ大統領弾劾のための調査に入った。
 ナンシー・ペロシ下院議長は「トランプ大統領が7月、ウクライナのゼレンスキー大統領との電話会談(7月25日)で就任宣誓と憲法遵守義務を違反した」と指摘した。この電話でトランプ大統領は民主党大統領候補であるバイデン元副大統領親子に関連する不正を調査してほしいと軍事援助を条件に圧力を加えながら要請したという。
 9月26日には今回のスキャンダル内部告発者の告発状が公開されたが、そこには「米大統領が来年の大統領選挙への外国の介入を要請するのに大統領の権限を使ったという情報を複数の当局者から確保した」と書かれている。ニューヨークタイムズは「告発者は中央情報局(CIA)要員」と伝えた。
 これに対し共和党側はトランプ大統領がウクライナ大統領との電話で不適切な発言をしたが、弾劾するほどではないと反論している。トランプ大統領は「米国政治史上最大の詐欺劇だ。国が危険だ」だと息巻いた。
 このスキャンダルによってトランプのスタンスが硬軟のどちらに傾くかが注目されている。
 ワシントンでは、上院を共和党が抑えているので今回の事態が弾劾につながる可能性は高くなく、そのまま米朝協議が進むとする意見が多いというが、しかしトランプ大統領がウクライナ側と裏取引を謀議したという具体的な証拠が出てくる場合には上院で弾劾に必要な3分の2以上の賛成が実現する可能性を指摘する人達もいる。こうした流れとなれば当然米朝協議にブレーキがかかり米朝協議は決裂する可能性が高い。

北朝鮮外務省顧問「朝米首脳会談の展望、明るくない」しかしトランプに期待

 「ウクライナ・スキャンダル」は北朝鮮側の「米朝協議楽観論」にも影響を与え始めている。
 金桂寛(キム・ゲグァン)北朝鮮外務省顧問は9月27日、外務省名義の談話を発表し、米朝首脳会談の見通しは明るくないというコメントを出した。
 金顧問はこの談話で「まだワシントンの政界に我々が先に核を放棄してこそ明るい未来を得ることができるという『核放棄先行』の主張が生きており、制裁が我々を対話に引き出したと錯覚している見解が飛び交う実情において、私はもう1度の朝米(米朝)首脳会談が開かれるからと言って、果たして朝米関係の新たな突破口をもたらすだろうかという懐疑心を拭うことが出来ない」と主張した。
 金顧問は懐疑心を持つ根拠として「朝米間の信頼構築と朝米共同声明履行のために、我々は反共和国敵対行為を敢行し、我が国に抑留されていた米国人を帰国させ、米軍の遺骨を送還するなど誠意ある努力を傾けてきた」とし「しかし、米国は共同声明履行のための行いが全くなく、むしろ大統領が直接中止を公約した合同軍事演習を再開し、対朝鮮制裁圧力をさらに強化したことで朝米関係を退歩させた」と強調した。
 しかし、金顧問は第3回米朝首脳会談の可能性について「トランプ大統領の対朝鮮アプローチを見守る過程で、トランプ大統領は前任者達とは異なる政治的感覚と決断力を持っていることを知った私としては、今後トランプ大統領の賢明な選択と勇断に期待をかけたい」とし、トランプ大統領に期待する姿勢は堅持した。

以上

 
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