コリア国際研究所
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金正日の「省エネ」瀬戸際戦術

2009.3.13
コリア国際研究所所長 朴斗鎮

 昨年の6ヵ国協議で「テロ支援国家指定解除」を食い逃げした北朝鮮の金正日政権は、いま対米交渉の「値段の吊り上げ」と韓国の対北朝鮮政策変更を狙った戦争瀬戸際戦術に力を集中している。
  北朝鮮は、長距離弾道ミサイルの発射予告で「通米政策」を補強しており、「戦争」の恐怖を煽る緊張で韓国に対する「封南政策」をいっそう強化している。

1、「通米封南政策」の強化―ミサイル発射予告と韓国脅迫

 北朝鮮は1月末から、長距離弾道ミサイルの発射準備に入った。時を同じくして「金正雲後継者決定」情報も韓国の連合通信を通じて流れ始めた。後継者情報については、9日に発表された最高人民会議代議員名簿に金正雲の名前がなかったことで「虚偽情報」であったことが判明した。
  そもそも最高人民会議代議員になることと後継者決定は何の関係もない。金正日総書記は、74年に後継者となったが、代議員になったのは8年後の82年だった。今回の情報は、北朝鮮に耳目を引き付ける情報操作の一環だった可能性が高い。
  長距離弾道ミサイル発射については、これまでのように説明もなく発射するのではなく、「人工衛星の打ち上げ」と主張している。それを裏付けるために「国際宇宙条約」に加盟して国際民間航空機関(ICAO)と国際海事機関(IMO)に通報するなど、事前の根回しも行なった。これは、国際的非難を避け、米国との「対話」を続けたいとの思惑から出たものであろう。
  米国を意識した対応とは対照的に、北朝鮮の韓国に対する脅迫はますます激しさを増している。特に3月9日から始まる韓米合同軍事演習「キーリゾルブ」「フォールイーグル」に対応した脅迫行動は、エスカレートの一路をたどっている。9日には、「北南間で唯一存在していた最後の通路である軍通信を3月9日から遮断する」との声明まで発表するに至った。その結果、9日午前に開城工業団地に向かう予定だった726人の訪朝が中止された。
  しかしこのことで、韓国内の世論が硬化した(開城工業団地から韓国に戻る人たちが閉じ込められた状態となった)ことや、北朝鮮側のデメリットが大きい(3万人の労働者賃金と3000万ドルの外貨収入)ことから、翌10日には急きょ、開城工業団地を往来する京義線陸路通行は再開された。
  声明ではまた、北朝鮮の長距離弾道ミサイル(「光明星2号」)打ち上げに対して迎撃行動に移る場合には、あらゆる迎撃手段だけでなく、米国と日本、韓国の本拠地に対する「正義の報復打撃戦を開始」すると主張した。そして「われわれの平和的衛星に対する迎撃は、すなわち戦争を意味する」とまで述べている。これは民間航空機の安全を保障しないとした圧迫をワンランクエスカレートさせた脅迫である。
  こうした北朝鮮の過激声明に対して盧武鉉政権時代、青瓦台国防補佐官を勤めた金フィサン韓国安保問題研究所理事長は9日、北朝鮮が「報復打撃」で応じると警告したことは 「迎撃にあう可能性のある打ち上げかたはしないという意味」と解釈した。そして「本当に戦争挑発をしようとするならば (6・25の時戦争のように) 不意打ちで南侵する方法を取るだろう」と述べ「先に相手を脅かして警戒させて挑発するようなことはしない」(デイリーNK、2009・3・9)と指摘した。
  韓国国防部のウォン・テジェ報道官も9日の会見で、北朝鮮軍が対応打撃を行うと発表したことに対し、「実質的な意図というより、政治的かつ対外的なレトリック」ではないかとの考えを示した。ただ、そうした言及が事実である場合に備え、韓国軍は徹底した準備をしていると強調した。

2、ミサイル発射策と韓国脅迫強化の狙いと背景

1)ミサイル技術の向上と国内結束

 北朝鮮が今回長距離弾道ミサイルを発射させようとしている背景は、対米交渉用という側面とともに、ミサイル技術の向上という軍事的要因も強く反映している。日進月歩する軍事技術を向上させないと対米、対韓、対日脅迫の効果も得られない。北朝鮮のミサイルは2006年の発射からすでに3年近くが過ぎている。軍事技術にとって年単位のブランクは致命的遅れをもたらす。
  また北朝鮮経済も、世界経済恐慌と韓日の経済援助遮断の中で苦しい状況となっている。とくに外貨の枯渇は深刻だ。偽タバコ、麻薬販売以外に外貨稼ぎといえばミサイルの販売が重要な位置を占めているが、そのミサイルビジネスのためにも技術の向上は不可欠だ。   
  こうした実利面の必要性とともに、内部結束と国威の発揚という側面も見逃せない。北朝鮮は2012年に「強盛大国」を実現すると宣伝している。しかし昨年は何らの証を示せなかった。そうしたことから、長距離弾道ミサイルの発射を「人工衛星」の打ち上げとすることで、宇宙開発にも参加し始めたとのプロパガンダを大々的に行い、金正日健康悪化で動揺する民心を収拾し結束を強化しようとしている。このことは発射時期を4月4日から8日までとし、4月8日までの開催が定められている最高人民会議の開催と、特には金日成の誕生日である4月15日に合わせていることを見ても明らかだ。

2)米国オバマ新政権の対北朝鮮問題格下げ

 オバマ政権の北朝鮮問題格下げ意向も今回の「瀬戸際政策」と関係している。
  これまでもオバマ政権が北朝鮮問題を格下げするのではないかとの観測があったが、ボズワース北朝鮮政策特別代表を非常勤とし、ソン・キム特使を6ヵ国協議首席代表に任命したことで、それは現実化した。米国は、北朝鮮の核問題解決を図るためにも中東問題、特にはイランの核問題とアフガニスタンのテロ集団問題を優先的に解決しようとしている。そのために米国は今ロシアとの関係改善に取り組み始めた。
ロシアを訪問したクリントン長官は3月6日、ラブロフ外相と会談後の記者会見で、米ロ関係に対して「リセットの議論を開始する」と言明し、オバマ政権下で関係改善に取り組む姿勢を強調した。 
  その内容としてクリントン長官は、12月に失効するSTART1に代わる新たな核軍縮条約がオバマ政権の「最大の優先課題」と指摘し、条約策定に全力を挙げる考えを示した。ラブロフ外相も、START1は「時代遅れになっている」と述べた。
  こうした核軍縮への動きは、米ソ冷戦終結後、北朝鮮やイランに核が拡散した新たな状況に米ロが協調して対処しようとの意図が含まれている。クリントン長官は会見で、世界的な懸案に対して「両国が共同して取り組むことが重要だ」と述べ、米露が国際問題の解決に協調して臨む姿勢を示した。
  オバマ政権は核拡散の防止を北朝鮮からではなく、イランから進めようとしているフシがある。イランであれば中国の利害が北朝鮮のように直接的でなくなる。そして中東にはイランの核開発で国家の存在を揺すぶられるイスラエルも存在する。イスラエルの強硬策とロシアの政治的影響力を活用してイランに圧力を加え、対話に引き出そうとしているのがオバマ政権の核不拡散政策ではなかろうか。
  イラン、北朝鮮の核問題解決でアフガニスタン問題の解決は、重要な意味を持つ。ブッシュ政権がイランや北朝鮮に主導権を奪われたのはイラク戦争の失敗からであった。イラクが安定に向かおうとしている今、アフガニスタンを安定させることがイランや北朝鮮の核問題解決に直結することは明らかだ。オバマ政権の核不拡散政策は、中東からその糸口を見つけ出し、北朝鮮とリンクさせようとしているようだ。そうなれば、当然北朝鮮に対する交渉の優先度は下らざるを得ない。それでは金正日が困ることになる。交渉の値段を吊り上げられなくなるからだ。

3)経済状況の深刻化

 そして経済状況の悪化も今回の「虚勢的強硬対応」の背景にある。
  北朝鮮は、韓米軍事演習に対して90年代には武力演習で対応してきた。しかし、現在の北朝鮮の対応は、経済的費用のかからない過激な脅迫発言と手軽な遮断措置にとどまっている。武力演習で対応できない分を「口」で補っている。経済状況の悪化がそうさせているのである。
  韓国軍関係者は10日、「北朝鮮軍は、対外的には多角的な緊張戦術を展開しているが、内部的には異常なほど静かだ」と語った。北朝鮮軍は、昨年12月からこれまで、冬季軍事演習をしているにもかかわらず、大規模な部隊移動や機甲部隊演習、飛行演習などは、ほとんど行なっていないという。 燃料難、食糧難で、機動演習を行う能力がないほど、北朝鮮軍が経済困難の影響をうけていると言うことだ。
  2005年、レオン・ラポート在韓米軍司令官(当時)は、「北朝鮮軍パイロットの1年間の訓練量は、12〜15時間で、韓国軍の1ヵ月の訓練量にもおよばない」と証言した。北朝鮮エネルギー専門家のデビッド・ヒッペル米ノーチラス研究所研究員も、「2005年、北朝鮮機甲部隊の燃料使用量は、わずか3000トンで、90年の6万3000トンに比べ、21分の1に減った」と分析した。
  北朝鮮戦闘機の頻繁な出撃を誘導し、保有燃料を枯渇させるという内容が盛り込まれた「作戦計画5030」が、2005年に韓国国会で論議になったが、現在の北朝鮮軍は、いつでも平壌を攻撃できる8隻のイージス艦と数十機の最新戦闘機に対抗して哨戒飛行する力さえ失っている。対抗手段は核の脅迫とミサイルの開発しかない。「0.001ミリでも侵犯すれば、百倍千倍の報復打撃を加える」などの過激な脅迫戦術は、力で対抗できない弱さを「口」で補おうとする苦肉の策である。軍隊を前面に立て仰々しく騒ぎ立てる今回の「戦争瀬戸際政策」は経済的困窮が生み出した「戦術」と言える。

3、今後の展望

 長距離弾道ミサイル発射と過激な発言で朝鮮半島の緊張を激化させ、米国の関心を北朝鮮に向けさせるだけでなく交渉の主導権を取り、韓国民を脅すことで李明白政権の対北朝鮮政策を「太陽政策」に引き戻そうとする金正日政権の狙いが思惑通り実現する可能性は低いといえる。そこには、金正日国防委員長の健康悪化が深く関係している。
  クリントン国務長官が異例にも「北朝鮮の指導者たちの状況は不透明だ」として、「米国は北朝鮮で近いうちに、金正日総書記の後継者問題をめぐって危機が発生する可能性があるとみており、そのことについて懸念している」と述べたことは、米国の対北朝鮮政策でこのファクターを組み込むという意思表示であった。
  オバマ大統領が金正日国防委員長との会談に言及したのは、大統領候補の時であり、また「金正日健康悪化」以前であった。「金正日の健康悪化」でオバマ政権には、対北交渉で「余裕」が生まれたと見て間違いないだろう。これによって性急な二者会談は遠のいたと見るべきである。そうしたシグナルがクリントン国務長官の異例の発言に含まれている。
  北朝鮮のミサイル発射予告と韓国脅迫には、これまでにない金正日政権の「焦り」が感じられる。金正日国防委員長が、これまでにない頻度で「現地指導」を繰り返すのは、その焦りの表れであるともいえる。しかし米国と韓国の譲歩を引き出そうとするこの「省エネ脅迫戦術」は狙い通りの効果を得られないであろう。

 
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