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第3回朝鮮労働党代表者会と新権力体制の行方

2010.9.16
コリア国際研究所所長 朴斗鎮

 6月26日、朝鮮労働党の3回目の代表者会が、9月上旬に開かれると発表された。23日の党政治局決定書では「党最高指導機関の選挙を行う」としている。6月30日付労働新聞は「党代表者会を高い政治的熱意と,輝かしい労力的成果で迎えよう」との社説を掲げ、「党代表者会は祖国と民族の輝かしい未来を切り開く上で大きな意義を持つ政治的事変になる」と主張した。しかし、9月15日が過ぎても「党代表者会」は開かれていない。延期されたようだ。
 9月15日午後の聯合ニュースによると北朝鮮内に常駐する国際機関関係者らが、当局の高官らから「水害のため延期された」と聞かされたという。今後の開催日程については確認できていない。
 2ヶ月以上も前に政治局決定として告知されていた44年ぶりの「朝鮮労働党代表者会」が、水害のためだけで延期されたとはにわかに信じがたい。朝鮮中央通信が15日午前に、今月2日に朝鮮半島を通過した台風7号の影響で数十人が死亡し、住宅8000戸余りが破損したと報じているが、日数が大幅に過ぎてからの報道であるだけに、「党代表者会」延期理由を取り繕うためのものである可能性が高い。
 「党代表者会」開催が、その理由や日時すら明確にされないまま延期されたのは今回が初めてのことである。この事態は異常というほかない。それは金正日総書記が脳溢血で倒れ、2008年の建国記念日閲兵式が中止された事態を彷彿とさせるものだ。
 以下では第3回朝鮮労働党代表者会延期の背景を探る一助として、朝鮮労働党代表者会開催の背景や今後構築される新権力体制について考えてみることにする。

1、朝鮮労働党代表者会とは

 党代表者会とは、党大会と党大会の間で必要に応じて党中央委員会が召集する。それは党大会をはじめとする党会議の一つである。
 日本の一部では「党代表者会」を「党代表者会議」と呼んだり翻訳したりしているが、正確には「党代表者会」と呼ぶべきものだ。党代表者会も党会議の一つであるが、党大会を「党大会議」とは言わないのと同じように「党代表者会議」とは呼ばない。

1)規約による規定

 党代表者会は、党大会や党臨時大会を召集する時間的余裕のない状況下で党の政策と戦術の緊急な問題を討議する。
 党代表者会で採択された決定は、党中央委員会全員会議の承認を受けて初めて効力を発揮する。しかし、党中央委員会委員、候補委員の召還、補選または選挙にたいする党代表者会の決定は、党中央委員会全員会議の批准を受けなくてもよい。
 ちなみに朝鮮労働党規約第30条(6回大会採択)には以下のように規定されている。
 @ 党中央委員会は、党大会と党大会の間に党代表者会を召集することができる。
 A 党代表者会の代表者の選挙手続と代表者選出比率は、党中央委員会が決定する。
 B 党代表者会は、党の路線と政策及び戦略戦術に関する緊急の問題を討議決定し、自己の任務を遂行できない党中央委員会委員、候補委員又は準候補委員を除名してその欠員を補選する。

2)これまでの代表者会

 これまで朝鮮労働党代表者会は2回開催された。第1回は1958年に、第2回は1966年に開催されている。
 第1回目の朝鮮労働党代表者会は、1957年10月17日の党中央委員会10月全員会議によって召集決定され、1958年3月3日から6日まで開催された。しかし、当時の党規約には代表者会の規定はなかった。
 ここでの主な議題は@5ヵ年計画についてA党の統一団結強化についてであったが、主内容は1956年「8月宗派」事件の総括であった。
 この会議ではじめて金日成率いる抗日武装闘争のみが革命伝統と規定された。この決定以降、「抗日パルチザン回想記」の学習が大々的に展開(朝鮮総連でも)され、金日成一人独裁が始まった。ここでの決定は1958年6月5日党中央委員会6月全員会議で承認された。
 第2回目は1966年3月28日党中央委員会4期13次全員会議で召集決定し、1966年10月5日から12日まで開催された。公表された主な議題は@社会主義経済建設についての当面の課題 A第1次7ヵ年計画の3年延長についてというものであった。
 この会議で金日成は「現情勢とわが党の任務」を報告。自主性強調と米帝打倒の世界戦略提示した。また中ソ対立、韓日条約の成立、ベトナム戦争の拡大などに対処して軍備増強の必要性を強調。経済建設と国防建設の併進路線強化を具体化した。
 特に思想面では修正主義批判(チトー批判)、中国文化大革命批判を行い、金昌満福首相ら「中国派」幹部を粛清した。そして党内の反金日成派粛清にも着手し、1967年の「甲山派粛清」と金日成絶対化につなげていった。そのために党組織を委員長制から総秘書(書記)制へと改編し、秘書10人、政治委員15人、政治委員候補11人を選出した。
 この会議での決定は1966年10月12日日党中央委員会4期13次全員会議で承認された。

2、今回の代表者会開催の背景と特徴

 今回の代表者会は、弱体化した党の整備と人心の一新で後継体制の確立を急ぎ、後継者推戴への道筋をつけるところに目的があるようだ。
 その背景として考えられるのは
 まず、金正日の病状の悪化である。特にその精神面の悪化が目立つようになっている。

 最近の情報では苛立ちからか「短気」がいっそうひどくなり、躁(そう)鬱(うつ)症状が繰り返されているという。そうしたことから朝礼暮改的決定も多くなっているようだ。たびたび報道されている音楽鑑賞や演劇鑑賞は、この治療のためのものである可能性が高い。
 こうしたなかで、後継者内定をいま一歩進めておかなければ、病状の悪化による緊急事態に対応できない事態も起こりうる。特に軍に対する「けん制勢力」としての党の強化を行わなければ、後継体制が不安定化する可能性もある。金正日であれば軍は統制できるが金・ジョンウンでは危ういからだ。こうしたことから党組織の建て直しが急務となった。ここに「金正日よりも金正日を知る男」張成沢の急浮上がある。
 次にあげられるのは、1980年以降30年間党大会が開催されなかったことから、中央委員をはじめとする指導部の欠員が目立つようになり、党指導組織の体裁すら整えられなくなったことである。
 現在党の最高権力機関である中央委員会政治局常務委員会は、委員が金正日一人となり指導機関の体をなしていない。内容も形式も一人独裁となっている。また多くの中央委員も欠員(145人中70数名が欠員)となっており、最近だけ見ても組織指導部第一副部長の李剤鋼(2010・6・2交通事故死亡)や李容哲(2010・4・16死亡)などが死去し、書記も金仲麟が死亡、朴南基部長などは処刑された。独裁者金正日といえども、これでは「党による唯一指導」の形を取れないし、党を中心とした後継体制も構築できない。
 3番目は、昨年末のデノミの失敗と今年5月の金正日訪中の「失敗」がある。そのことで民心は揺らいでいる。
 金正日政権は今年はじめ、デノミの失敗を挽回しようとして、「国防委員会」直属の「大豊グループ」を立ち上げ、100億ドル誘致による経済再建をぶち上げた。しかし、誘致を見込んだ肝心の中国からは色よい返事をもらえなかったようだ。その結果、北朝鮮のハイパーインフレは、ますます手のつけられない状況となっている。これで2012年の強盛大国実現はほぼ不可能となった。こうした体制の危機を収拾するためにも、人事の補強と人心の一新が緊急課題として浮上した。
 最後に、天安艦撃沈による朝鮮半島の緊張状況がある。
 北朝鮮による天安艦撃沈によって「6ヵ国協議」再開は不透明となり、はからずも韓米同盟対朝中同盟という対立構図が浮き彫りとなった。韓米両国による強硬姿勢は、金正日の予想を超えている可能性が高い。北朝鮮にとっては、強化された制裁と韓米軍事演習は強烈な圧迫である。外貨が遮断されるだけでなく軍事支出(外貨支出)が増大するからだ。その結果、いま北朝鮮はこれまでにない消耗戦を強いられている。朝鮮半島近海での長期化する米韓の軍事演習は中国にとっても好ましい事態ではない。中国の不満も募りだした。
こうしたことが党代表者会開催の背景と見られる。
 今回召集される代表者会の特徴としては
 @党中央委員会が形骸化されていたため、中央委員会による召集ではなく党政治局決定で召集したこと。
 A後継者体制の確立と関係した召集である可能性が高い。もしそうだとしたら後継体制を新たな段階に引き上げることにあるが、後継者問題にからめた形での党代表者会は初めてのこと。
 B北朝鮮の発表では議題が人事問題に限定されている。これも初めてのこと。
などがあげられる。

3、代表者会後における新権力体制の行方

 金正日政権は、これまで2012年強盛大国実現に合わせて後継者決定による新権力体制への移行を考えていたフシがある。しかし強盛大国実現が困難となったため、強盛大国実現と後継体制確立を分離し、後継体制の方を優先させたようだ。
 黄長Y(ファン・ジャンヨプ)元労働党書記は、7月3日に開かれた内部講演会で、「金正日は過度に軍の位置づけが高くなると、かえって金・ジョンウンへの権力継承に脅威になり得ると判断した模様だ」と述べ、今後の権力体制について「金正日は徐々に党政治局と書記局を通じ、権力全般への統制を強めるだろう」と予想した。
 党代表者会が後継者問題を主要議題として扱うとしたら、注目されるのは@今回の代表者会で一気に後継者公式発表となるのか、Aそれともその一歩手前の土台作りなのかという点だ。

1)今回党代表者会での後継者公式発表の可能性は?

 一部では今回の代表者会で後継者が公式登場するのではないかとの観測があるが、そこまで一足飛びするのは無理があると思われる。もしそうだとしたら、金正日の病状が予想以上に悪化しているなどよほどの緊急事態といわざるを得ない。現在の様子から見て今回の代表者会は、後継者公式決定への土台作りと見るのが妥当と思われる。
 全党挙げての「推戴」という形が必要な後継者公式化過程を考えた時、まずは党組織の整備が急務である。党政治局決定書で「党最高指導機関の選挙を行う」としていることからもそれがうかがえる。そして「3代にわたる世襲後継」を正当化する「手続き」や「論理」も必要だ。
 また後継者が公式化されれば当然権力の移譲も伴わなければならない。金正日が後継者となった時は、「後継者の領導体系は首領の唯一領導体系と一体とみなす」とされ「後継者による唯一管理制」が敷かれた。この権限によって、金正日は父親の金日成から権力を奪っていった。
 沈む太陽に人は集まらない。上る太陽に人が集まる。そこから権力の2重化が始まる。そうしたことを体験している金正日が、金日成と同じように後継者にやすやすと権力を譲るだろうか?そうとは思えない。権力の移譲を伴う後継者公式化がすんなりと解決しないのは、後継者の準備不足もあるが、こうした金正日の複雑な心境と権力に対する並外れた執着心が反映している。こうしたことを考慮したとき、今回の代表者会で一足飛びに権力の本格的移譲を伴う公式化までは行わないと思われる。

2)党代表者会後の新権力体制の行くえ

 いま進められている北朝鮮の後継体制確立問題は、金正日の時とは多くの面で違いがある。
 まず何よりも金正日の寿命が見えていることだ。そして国際的孤立が深まり、配給制をはじめとした社会主義施策が崩壊して政治・経済体制が揺らいでいることだ。また後継者を支える権力集団においても大きな違いがある。
 金正日には、金日成の絶対的後光があり、権力実勢であった抗日パルチザン勢力とその子弟たち(万景台革命学院人脈)の呉克列、金国泰、崔龍海などの取り巻きが存在した。また金日成総合大学政治経済学部の同級生たちも彼を支えた。そして張成沢という又とない「執事」も存在した。しかし金正男や金正哲、そして後継者として内定したといわれる金・ジョンウンには、今のところそうした勢力は見えてこない。また金正日の後光も金日成にははるかに及ばない。
 こうした状況を考慮したとき、今回は金正日の一存で後継者を決められるという容易さはあるが、権力基盤の構築という面では脆弱性が目に付く。このことを踏まえた時、金日成時代とは違った形での後継者権力の構築とならざるを得ない。
 特に金正日の健康悪化という要因は、後継者決定に伴う新権力体制に決定的影響を及ぼすだろう。金正日の健康が5〜10年維持される場合と、ここ1〜2年で急死する場合では、新権力体制の行方が大きく異なる。

金正日の健康が5〜10年維持される場合

 この場合は、党代表者会での人心一新をテコに党の権力がある程度回復し、「後継者の指導体制は、首領の領導体制のなかで、党を骨幹として打ち立てられる」とする「後継者論」に基づき、党を中心とした後継者権力作りが進められるだろう。
 また金一族の意思統一を行う時間もあり、張成沢による後見人体制を強化する時間もあるので、三代目体制はソフトランディングできる可能性が高い。
 しかし、この場合でも金正日は党と軍の全般的権限をすんなりと後継者に譲り渡さないと思われる。「王子」を担いだ権力争いの混乱を避けるため、金ジョンウンを「皇太子」として公式発表したとしても、首領の権限を代理行使する「摂政」にはさせないということだ。今回の党代表者会で新たな人材が登用されると思われるが、その陣容がどのようになるかによってこうしたことの判断が可能となる。

金正日急死の場合

 問題は金正日がここ1〜2年で急死した場合である。この場合に権力構造がどのように変化するかだ。
 金正日が急死したとしても民衆蜂起などによる権力の劇的変化は起こらないと思われる。それが北朝鮮の特殊性だ。また本来の意味での集団指導体制への移行もないだろう。北朝鮮の支配システムは上から下まですべて首領独裁という一人管理体制になっているからだ。また党による軍に対する統制・監視と3年に一度交代させられる「指揮官循環制」によって軍のクーデターも困難だ。
 金正日急死の場合、とりあえずは後継者に内定しているといわれる金ジョンウンを押し立てた過渡的権力が登場する可能性が高い。張成沢、呉克列、党組織指導部第1副部長の金ギョンオク、黄ビョンソなどがその中枢で動くだろう。この形を「集団指導体制」と言うならば、それは過渡的権力形態として生まれる可能性がある。
 とはいえ、権力闘争が起こらないということではない。特に張成沢と呉克列が対立する可能性はある。こうなると厄介だ。
 張成沢が党を牛耳り、正規軍を支配し、護衛司令部(金正日急死の場合その威力は半減する)を掌握したとしても、呉克列を抑えることは難しい。
 北朝鮮軍で1970年代から唯一人事移動されなかった人物が党作戦部を率いてきた呉克列だ。作戦部は現在偵察総局に統合され金・ミョンチョルが局長となっているが、その上司は呉克列である。
 偵察総局には高度に訓練され最新の兵器で武装した7000名以上の特殊部隊要員が配置されている。この部隊だけで首都司令部の全軍を撃破できるという。また忠誠度も非常に高い。それゆえ金正日が護衛部隊を引き連れないで訪問する唯一の場所が偵察総局だと言われている。
 金正日急死という事態が発生した時、この二人が手を握れば過渡的権力はスムーズに3代目権力へと移行するが、そうならなかった場合は破滅的だ。
 一方中国の影響力が拡大する中で金一族内の権力闘争が起こることも否定できない。特に中国が保護する金正男の存在は不気味だ。金正男と金ジョンウンが対立することにでもなれば、高句麗滅亡の直接的要因となった淵蓋蘇文の息子3兄弟の内紛そっくりとなる。その内紛を利用してそれぞれの利益集団が「王子」を擁立し権力闘争を繰り広げた時、金王朝の滅亡は不可避となる。
 しかし中国がそれを放置しないだろう。結局金正日が急死した場合の北朝鮮新権力は中国の影響下で決まるといっても過言ではないといえる。ここに韓米がどのくらい食い込めるかはこれからの戦略次第だ。中国の介入が改革開放への出発点となるならばアジアの平和と安定に寄与するが、そうでない場合は、韓米同盟対朝中同盟の対立が続くことになる。

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 北朝鮮がいま直面している最大の問題は間違いなく権力の継承問題だ。しかし金正日の健康悪化と経済の悪化がその準備時間を奪っていることも厳然たる事実だ。今回の党代表者会延期原因も当然、この二要因に求めるのが順当であろう。

以上

 
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