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藤本健二氏を招待した北朝鮮の狙い

コリア国際研究所 朴斗鎮
2012.9.7

 金正恩第1書記の招待で北朝鮮を訪問(7月21日〜8月4日)し、11年ぶりに金第1書記と再会した藤本健二氏は、帰国途中の北京空港で開口一番「金第1書記の印象について「本当に人間が大きくなった」と語り、夫人の李氏を「とてもすてきな方、すてきのひと言です」と称賛した。
 また日本に帰国後はテレビに出演し「北朝鮮は大きく変わりすばらしかった」「商店にはものがあふれていた」などと北朝鮮の宣伝にも努め、それまで使っていた「北朝鮮」という呼び方も「共和国」に変えた。
 こうした発言は、彼が北朝鮮に出かける直前、北京空港で金正恩氏を「金正恩元帥さま」と呼んでいたことから予想されたものであったが、その変身ぶりは予想を越えるものであり多くの人たちが驚いている。
 「裏切り者藤本健二」が「金正恩の忠実な臣下」に「変身」した証は、彼の言動だけではなかった。彼が胸につけていた「金日成・金正恩バッジ」からも察知できた。このバッジは金正日死後に作られたもので労働党の幹部がつけているものと同じものだ。「さくら」という通訳の女性がつけていた旧バッジとの差は歴然としている。ちなみに北朝鮮では胸につけるバッジの種類でその身分がひと目で分かるようになっている。彼は間違いなく北朝鮮の特権層に返り咲いた。
 今回の藤本氏訪朝結果に最も戸惑っているのは、皮肉にも朝鮮総連系の人々だ。「裏切り者」の元料理人が、朝鮮総連の議長や重要幹部、主要商工人をさしおいて「特別待遇」を受けたからだ。かれらは「裏切り者の藤本を、革命の功労者以上にもてなした行為は納得しがたい」「金日成・金正日時代の価値観からあまりにも逸脱している」と不満を吐露している。

1、藤本氏招待に見られる北朝鮮の強い意志

 北朝鮮は藤本氏活用に重要な意義を付与しその準備を周到に進めた。そして今回彼の「裏切り」を許し、破格の「歓待」で金正恩第1書記への忠誠心を心に強く刻ませた。
 藤本氏はテレビに出演し「北朝鮮から指示されたものは何もない」と語っていたが、指示がなくても「忠誠心」さえ植えつけておけば、ほうっておいても金正恩の思惑通り動く。それがマインドコントロールされた人間の行動様式であるからだ。ましてや家族の「豊かな生活」までも「人質」にとられていては、藤本氏は「北朝鮮広報官」として行動せざるをえないだろう。

1)周到に行なわれた「呼び寄せ」準備

 金正恩氏が藤本氏を呼び寄せるにあたって、北朝鮮当局は、北朝鮮脱出後の彼の行動と発言、とくには日本の公安・警察当局との関係についての綿密な調査を行った。それは、彼が自宅近くのコンビ二で在日の商社マンで旧知の人物から招待状を手渡されたことからもうかがい知れるが、日本で活動する北朝鮮の工作員が彼の身辺調査や監視活動を2010年から行っていた(産経新聞2012・8・23)とする報道を見ても明らかだ。
 産経新聞によると、アスベスト除去装置をめぐる詐欺事件で逮捕、起訴された兵庫県尼崎市の運送会社社長、吉田誠一容疑者(在日朝鮮人から帰化、41)のコンピューターから、藤本氏の発言や生活状況などを北朝鮮に報告していた事実が出てきたという。警察によると、吉田容疑者は2006年から北朝鮮の対外工作機関、偵察総局の指示を受けながらスパイ活動を続け、2009年に金正恩氏が後継者に指名されると、偵察総局から「藤本の周辺を調べよ」との指示を受けたとされる。吉田容疑者らによる身辺調査の結果、藤本氏が「日本や韓国の情報当局と密接な関係はない」と判断され、招請が決定したとのことだ。
 北朝鮮は、彼の著作も綿密に検討しただろう。そこには金正日総書記の私生活の暴露はあったが、それ以外の誹謗中傷は認められなかった。そこで金正恩は藤本氏の「裏切り」とこれから果たす「役割」を天秤に掛けたに違いない。得られる「利益」のために「父金正日への不敬」には目をつぶることにしたと思える。藤本氏にはそれほど「重い任務」が課せられたということだ。

2)訪朝条件の全面的受け入れ

 藤本氏は6月16日に、北朝鮮のエージェントから身の安全を保障するという北朝鮮人民保安部(国防委員会傘下)の保障書を見せられたが、金正恩のサインがなかったため回答を保留した。ところが、その後再び接触してきたエージェントから「2001年の約束を果たそう」という金正恩氏と藤本氏だけが知る「秘密」を知らされ、間違いなく金正恩からの招待だと確信して訪朝を決意したという。しかし彼は、念には念を入れ昔の上司であった金チャンソン秘書室長が北京にまで出迎えてくれるよう求めた。これも、北朝鮮側に受け入れられた。訪朝に当たって藤本氏が出した条件を北朝鮮側はすべて受け入れたということだ。
 こうしたことから、なんとしてでも藤本氏を金正恩氏のもとに連れて行きたいという北朝鮮の強い動機と意思が認められる。これは金正恩氏が「懐かしがっているから」という動機だけでは説明できない。何らかの大きな狙いが潜んでいると見るのが自然であろう。

2、北朝鮮が藤本氏を呼び寄せた狙い

1)「拉致問題」の突破

 まず北朝鮮の狙いとして考えられるのが、日朝交渉促進に藤本氏を活用することである。
 周知のように金正恩体制のアキレス腱は、経済の破綻による食糧難、エネルギー難、外貨難にある。この問題が解決されない限り金正恩体制に未来はない。北朝鮮は農業生産拡大を狙い「6・28経済措置」を発表したが、そのためにも外貨が必要だ。財源を自国通貨に求めるとしても、通貨の発行に伴ったモノと金が担保されなければ、「7・1措置」時のように再びハイパーインフレが起こる。このために最近、後見人の張成沢氏を8月13日に中国に送り、「経済特区」のテコ入れと「大規模借款」の要請を行なった。
 しかし中国からの援助や投資だけではすべてを解決できない。また当面は韓国や米国からの援助も見込めない状況だ。拉致問題さえ決着がつけば日本からの支援が最も受けやすく、韓国を圧迫する上でも好都合だ。藤本氏は「拉致問題突破」のカードして活用されたと思われる
 藤本氏は、平壌到着翌日の7月22日に第8宴会場で「歓迎宴」に出席したが、この歓迎宴には、金正恩氏の夫人や妹だけでなく、金正日の第4夫人といわれている金オク氏や張成沢氏などロイヤルファミリーと、秘書室長の金チャンソン、元スイス大使で金正日の金庫番であった労働党副部長の李チョル(本名李スヨン)、宣伝扇動部副部長の李ジェイルなどの側近幹部が出席した。藤本氏の席は、金正恩氏の正面で左隣には金正恩氏の後見役を担っている張成沢(チャン・ソンテク)氏が座った。「歓迎宴」の顔ぶれが外貨調達、宣伝要員で固められていたことの中に北朝鮮の狙いが垣間見える。
 日本で「藤本訪朝報道」が熱を帯びている中で、北朝鮮は日本との交渉再開を具体化した。そして「日本人遺骨問題」で4年ぶりに日朝予備交渉(北京、8月29日〜31日)をもった。「遺骨問題」が「拉致問題」突破のカードに活用されていることは想像に難くない。「拉致問題」を突破し「平壌宣言」を履行させれば、日本からの多額の支援が期待できるからだ。
 この協議は1日延期され「異例」と騒がれたが「異例」でもなんでもない。交渉相手を焦らせる北朝鮮の常套手法である。それは「協議では拉致問題が議題とはならなかった」とする外務省報道官談話の発表(9月5日)で補強された。この手法は「南北協議」や「6ヵ国協議」ですでに使い古されたものである。
 しかし、この程度のゆさぶりでは「拉致問題」を乗り越えることは出来ない。乗り越えるには、日本政府の対北朝鮮外交を譲歩姿勢に転換させなければならないが、それには日本の世論の支持が必要だ。
 この世論動向はマスコミが握っているといえるが、そのコントロールは朝鮮総連では無理であることを北朝鮮は十分に分かっている。そこで白羽の矢が立てられたのがマスコミに強い「藤本健二」氏の活用であったと考えられる。

2)マスコミ工作

 周知のように拉致問題解決で最も重要なカギは日本の国民世論が握っている。政府間でいくら重要な約束をしても世論が同意しないかぎり一歩も前に進まないということは、「小泉訪朝」の「どんでん返し」で北朝鮮は学んだ。このとき世論を動かすにはマスコミであることも同時に学んだはずだ。しかし現在の朝鮮総連ではマスコミ工作を効果的に行なえない。そこでマスコミとの関係を深めている藤本氏なら可能だろうとのと判断が浮上したと思われる。金正恩氏と藤本氏との親密な関係を見せつけ、金正恩情報を餌にして日本のマスコミを引きつけ誘導していけば、膠着した拉致問題の局面打開を図れると考えたに違いない。4年ぶりの「日朝交渉準備」と「藤本氏訪朝準備」が同じ時期に進められたのは偶然ではない。
 このことは、藤本氏帰国後の事態が示している。
 8月22日、23、24日のTBS テレビ番組に出演した藤本健二氏は、北朝鮮での顛末を、持ち帰った金正恩氏との写真や家族との写真をもとに語った。その話の中心は「金正恩礼賛」と「北朝鮮の繁栄」であった。
 しかしこれらの番組に同席したコメンテーターからは、藤本氏の発言に対するこれといった批判は聞かれなかった。むしろ「藤本氏の度胸には敬服する」「今後の日朝関係において貴重な架け橋となる」などと藤本氏を持ち上げる発言が相次いだ。結果としては、金正恩礼賛のプロパガンダに引き込まれたと言っても良いだろう。
 藤本氏訪朝報道はすでに日本政府関係者に影響を及ぼし始めている。8月24日、松原仁・拉致問題担当大臣は、報道各社のインタビューに答える中で「明らかに前の指導者とは違う」と正恩氏に期待を示した。
 今後の展開は予断を許さないが、藤本氏を呼び寄せることで日本政府にある種の期待感を持たせたことだけは確かだ。

3)金正恩偉大性宣伝

 今回の藤本氏招待には、もちろん交渉をスムーズにするための金正恩氏に対するイメージアップ宣伝、偉大性宣伝という狙い込められている。そこでのポイントは「開かれた指導者」「型破りの指導者」の演出である。今回藤本氏を通じては「裏切り者」を許した「寛大で人間味あふれる金正恩」が演出された。
 しかしこうした一連の演出には、金日成・金正日時代の価値観を「否定」する傾向もある。「裏切り者」を革命の功労者以上に「歓待」したのもそうだが「モランボン楽団の公演」でアメリカの文化が取り入れられたのもそうだ。コカコーラを飲んでも批判の対象だった金日成時代の朝鮮総連では考えられないことである。そこには業績不足を「珍しさ」や「娯楽」や「斬新イメージ」で補おうとする意図があるようだ。
 「裏切り者」から解放された藤本氏は、帰国途中の北京で記者の質問に答え「(金正恩氏は)本当に人間が大きくなった」と賞賛した。この発言は日本のメディアを通じて韓国や米国だけでなく全世界に伝えられた。世界に受け入れやすくする「開かれた指導者」、「偉大な指導者」の宣伝が、「藤本報道」を通じて行なわれたのである。

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 北朝鮮は「藤本招待」を通して新しい布石を打った。しかしそれが成功するかどうかは分からない。日本のマスコミが北朝鮮の思惑通り動かなければ今回のイベントは「茶番」に終わる。また北朝鮮の伝統的価値観と行動様式からはみ出している「金正恩スタイル」に対する反発も大きくなるだろう。もちろんこの反発は金正恩に向かうのではなく、後見人の張成沢に向かうに違いない。そういった意味で今回の「藤本招待」は、北朝鮮にとって一つの「賭け」であったといえる。
 今後の日朝交渉の行方と藤本氏の行動を注視していきたい。

以上

 
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