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金正恩「新年の辞」を読み解く

コリア国際研究所 朴斗鎮
2013.1.5

 北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)第1書記は1日、朝鮮中央テレビと朝鮮中央通信を通じて「新年の辞」を発表する演説を行った。その内容は一言でいって新味のない平凡なものであったといえる。「共同社説」掲載方式から「新年の辞」演説方式への切り替えについても、金第1書記の活動スタイルが「金日成式」へと回帰していたことから予想されたことであった。
 金第1書記は「新年の辞」で、政権発足1年の最大の成果として長距離弾道ミサイル「光明星-3」号2号機打ち上げ成功を挙げた。そして2012年を主体革命偉業を輝かしく継承完成して行くことができる確固たる担保を準備した歴史的年であったと振り返った。しかし経済分野で強盛国家がどこまで進んだかについては言及がなかった。2012年に「強盛大国の大門を開く」としていた公約は忘れ去られた状態だ。
 それを意識してか「今年に経済強国建設と人民生活向上で決定的転換を起こさなければならない」としたが、いつものようにその具体的目標は基礎的数字すらも発表していない。また経済再生で避けて通れない「経済改革」についても言及されなかった。
 その一方で軍事力の強化は引き続き強調された。「軍力はすなわち国力であり、軍力をあらゆる面で強化する過程に強盛国家もあり人民の安寧と幸せもある」「われわれ式の先端武装装備をより多く作らなければならない」として、核弾道ミサイル開発をはじめとした武力の強化を示唆した。
 今回の新年辞で興味を引くものとしては、その間北朝鮮が強調して来た「主体思想」がただ一回も言及されなかったことが挙げられる。「主体思想」はこれまでの新年共同社説で2007年2回、2008年・2009年3回、2010年2回、2011・2012年 1回など回数は多くなかったが言及されてきた。今年の新年辞では主体思想の代わりに「金日成-金正日主義」という用語が4回使われているが、今後金正恩の思想分野での功績として「金日成-金正日主義の定式化」が宣伝されるかもしれない。
 その他の注目点としては、韓国の李明博大統領、朴槿恵大統領当選人に対する非難や米国に対する非難日本に対する非難がなかったことである。これは今後様子を見ようということだろう。
 この点について韓国統一研究院は、北朝鮮が宥和基調を回復したように見えると評価した。また北韓大学院大学の梁茂進(ヤン・ムジン)教授も「南北関係改善を望んでいるというメッセージを朴槿恵次期韓国大統領に送るもので、全体的に前向きな内容だった」と述べた(AFP=時事 1月1日)。
 しかしこうした分析は、はなはだ甘い分析であり時期尚早と言わざるを得ない。金正恩第1書記は無条件で「和解と話し合い」に言及したわけではない。南北関係前進のための「根本前提」として「北南共同宣言の尊重と履行」を挙げ、「6・15共同宣言と10・4首脳宣言を徹底して履行するための闘争を積極的に繰り広げなければならない」としている。
 ここで思い起こされるのは、李明博政権、オバマ政権登場時の北朝鮮の対応だ。
 李明博政権登場時も最初は非難を控えていた。それが「非核・開放・3000」政策が示された後には露骨な非難を繰り返しただけでなく、天安艦への漁雷攻撃や延坪島への砲撃へと挑発を拡大させた。
 オバマ大統領当選時もそうだった。2009年の「共同社説」では対米非難を一切しないまま朝鮮半島の非核化実現を言及していた。しかし、4月には長距離ミサイル発射を強行し、5月には核実験を行ったのである。

1、「新年の辞」の中身は長距離弾道ミサイル成功がすべて

 新年の辞で金正恩第1書記は、長距離弾道ミサイル「光明星-3」号2号機打ち上げ成功を2012年の成果として真っ先にあげ、「私たちの頼もしい科学者、技術者たちは、人工地球衛星「光明星-3」号2号機を成果的に発射して偉大な将軍様の遺訓を輝かしく貫徹し、主体朝鮮の宇宙科学技術と総合的国力を力強く誇示しました」「発射に成功したのは太陽民族の尊厳と栄誉を最上の境地にひき上げた大慶事であり、千万軍民に必勝の信念と勇気を与え、朝鮮は決心すれば実現させるということを見せた特大の事変であった」と主張した。
 これまで北朝鮮は、2度にわたって「人工衛星発射に成功し、人工衛星から金日成将軍の歌が発信されている」としてきた。しかしこれほど大騒ぎすることはなかった。今年の新年の辞で発射成功を「特大の事変であった」としたことは、過去の主張が「虚偽」であったことを自ら暴露するものである。
 打ち上げに成功していない「人工衛星」を成功したと言い、長距離弾道ミサイル(韓国軍が回収した残骸の分析からも証明された)を平和利用のロケットだと平然と言い切る北朝鮮の欺瞞体質は、金日成時代から一貫したものである。
 今回金第1書記が19年ぶりに金主席のスタイルに合わせて「新年の辞」を読み上げたが、そこで思い起こされるのが1994年に行なわれた金主席生前最後の「新年の辞」である。当時北朝鮮は国際社会から核の開発疑惑を持たれ追及されていたが、金主席は核問題で全世界に公然とウソをついたのである。
 金主席はその時の「新年の辞」で次のように言及した。
 「米国とその追随者たちが騒いでいるわれわれの核問題について言うならば、それは米国が執拗に追求している反社会主義反共和国策動の産物でる。ありもせぬ「北の核開発疑惑を持ち出したのも米国であり、朝鮮半島に実際に核兵器を持ち込みわれわれを威嚇しているのも米国である」(1994年金日成新年の辞)
 あれから今年で19年、北朝鮮は2度にわたる核実験を行ない「憲法」には「核保有国」と明記するに至った。現在ではこの金主席の言葉が、国際社会に対する「欺瞞」であり「背信」であったことは、誰にでも分かる状況となっている。金主席が1968年に咸興(ハムン)の科学院分院で「米国に到達する核弾道ミサイルを開発しなければ勝利することができない」と激を飛ばしてから45年が過ぎ去ったが、それがいま現実となりつつある。
 北朝鮮の長距離弾道ミサイル「光明星-3」号2号機打ち上げ成功で、東アジアの「平和と安全」は新しいフェーズに入った。今年の「新年の辞」の読み解きはそこからはじめなければならない。

2、「新年の辞」の核心は経済の再建だと主張するが・・・

 「新年の辞」では2012年12月のミサイル発射と遊園地建設の成果などを強調したこと以外、昨年の「共同社説」同様、経済成果の具体的内容は示されなかった。
 昨年の「共同社説」では「今日の党組織の戦闘力と労働者の革命性は、食糧問題を解決する中で検証される」と強調していたが、今年の「新年の辞」ではその検証がどうなされたかさえ言及されなかった。
 経済建設の成果については、熙川発電所と端川港の完工や諸工場の完成、それに倉田通りやルンラ遊園地などの完成を挙げ、北朝鮮の姿が一新されたと指摘したが、熙川発電所は手抜き工事で水漏れが発生し、それに激怒したことがキッカケで金総書記が死去したとの情報もある。また昨年まで強調されていた「主体鉄」「主体繊維」も虚偽報告であったとされ、その単語すら消え去っている。そのほか、全般的12年制義務教育やスポーツ文化分野についても言及されたが、形式的言及にとどまった。長距離弾道ミサイル発射の成功がなければ、金第1書記は惨めな「新年の辞」を読み上げたことであろう。
 2013年の課題については、「新年2013年は、金日成、金正日朝鮮の新しい100年代の進軍で社会主義強盛国家建設の転換的局面を開いて行く雄大な創造と変革の年である」と規定したがこれも具体的内容がともなっていなかった。
 例えば経済の再生について「経済強国建設は今日社会主義強盛国家建設偉業で全面に提起される最も重要な課題である」とし「今年に経済強国建設と人民生活向上で決定的転換を起こさなければならない」としたが、その担保となる外貨、食料、エネルギー不足をどのように解決するかについては「言及」がなく、ただただ「光明星-3」号2号機打ち上げ成功の勢いで切り開こう」とする精神論だけが強調された。
 また、経済建設の成果は人民生活で現れなければならないとして、軽工業と農業を引き続き主攻撃戦線とするとしたが、それに対する投資はもちろん最も基礎的な目標数字すら提示できなかった。経済管理システムの改善も強調されはしたが、「人民が生産活動で主人公の役割を果せ」とする従来の「原則論」を強調するにとどまった。
 「労働新聞」は2日付の社説で、「新年の辞」の核心は人民生活の向上に向けた経済の再建だと報じた。ここ数年同じ言葉が繰り返されているが、いつも「強調」されるだけで実現したことはない。この社説も悪く言えば「国民に対する欺瞞」であろう。好意的に理解しても「願望」の類である。
 一方で軍事力強化は引き続き強調された。「軍力すなわち国力であり軍力をあらゆる面で強化する途上に強盛国家もあり人民の安寧と幸せもある」として、「先軍路線」の強化をあらわにした。軍事費の削減に手を付けてでも民生を充実させるという言葉はどこにもない。韓国ですら福祉強化のために軍事費の削減を行なっているのに。
 当研究所で得た情報によると、すでに北朝鮮は、今年迎える停戦60周年を軍事力誇示の場にするための準備に入ったとされる。もしかしたら、この記念日を前後して核実験が行なわれるかもしれない。
 新年辞発表以後には例年通り1ヶ月以上にわたり学習会がもたれ住民決起の集まりももたれるだろう。酷寒にひもじさと争わなければならない北朝鮮住民たちにとってはこの学習そのものが経済的浪費であり苦役である。

3、李明博大統領当選時を思い起こさせる南北関係の言及

 昨年の新年共同社説では金正日の告別式に公式弔問団を派遣しなかったという理由で、李明博政権を「逆族一味」「審判対象」として口汚く非難した。そして「南朝鮮では、外部勢力と結託し民族の利益を売り飛ばす事大売国策動を断固粉砕するための、大衆闘争の炎を激しく燃え上がらせなければならない」と主張した。そうした罵倒発言を忘れたかのように今年の新年の辞では韓国に対する非難が見られなかった。南北の「対決状態解消」を訴え、「今年、民族がまとまり、祖国統一の新局面を開かなければならない」と主張した。
 こうした主張は、北朝鮮が「柔軟路線」に転じる新しい前兆なのだろうか?
 そうとは言えない。この「対決状態解消」の主張は、あくまで連邦制への綱領である「6・15宣言」「10・4首脳宣言」受け入れが前提条件となっている。金第1書記は「国の分裂状態を終息させ、統一を成し遂げる上で重要な問題は北と南の間の対決状態を解消することだ。北南共同宣言(南北共同宣言)を尊重し履行することは、北南関係を進展させ統一を前倒しするための根本的な前提だ」と釘を刺している。
 このことに念を押すように、北朝鮮の国防委員会報道官は2日に発表した談話で、韓国の李明博大統領が海上の南北軍事境界線と位置付けられる北方限界線(NLL)について「命懸けで守らなければならない」と発言したことや、南北軍事境界線(MDL)に近い京畿道金浦市の愛妓峰にある塔「愛妓峰燈塔」でクリスマスツリー型の電飾が点灯されたことなどを「同族対決騒動だ」と非難した。そして「同族対決につながる、いかなる戦争挑発行為も民族の団結した力で断固としてぶち壊さなければならない」と主張し、今日の南北関係が過去5年間のような対決と戦争、あるいは対話と平和を選択する厳粛な岐路に立たされているとした上で、「韓国当局が責任ある選択をすべきだ」と強調した。これは朴槿恵次期政権に対する牽制と間接的脅迫以外の何ものでもない。
 それにもかかわらず、こうした北朝鮮の対応に対して韓国の一部専門家は、「北朝鮮が南北関係改善に前向きになった」などと楽観的見方を示した(朝鮮日報2013・1・2)。しかし、そうした判断は過去の状況から見て時期尚早だといわざるを得ない。

李明博大統領当選直後の「共同社説」に酷似

 こうした北朝鮮の論調は、李明博大統領が当選した直後と酷似している。北朝鮮は2008新年「3紙共同社説」で李明博大統領に対する非難を行なわなかった。李明博大統領サイドもこのことを肯定的に捉え「北朝鮮が李候補の大統領当選を現実として、公式に認めたと判断される」 (周豪英・当選者のスポークスマン) と歓迎した。
 しかし、李明博政権の「非核・開放・3000」政策が明らかになると、北朝鮮は2月29日に朝鮮新報を通じて「李明博大統領の対北朝鮮政策である「非核・開放・3000」は非現実的で、北朝鮮についての無知から来る考え方だ」と非難し始めた。
 3月2日(2008年)になると、特に韓米合同軍事訓練の「キー・リゾルブ」が開始されたのを契機に、「核戦争の火の雲が近づいている」(わが民族同士)、「高くついた反撃の味を知らしめる」(人民軍板門店代表部)などと物騒な表現で韓国側を攻撃的に非難し始めた。
 さらに韓国政府が3月3日に北朝鮮の人権問題を国連人権委員会という公開の場で取り上げたことから、北朝鮮の対南工作機関である祖国平和統一委員会は前面に乗り出し、「南朝鮮の保守政権勢力は、ファッショ独裁政権の末裔(まつえい)だ」と断じ、非難をランクアップさせた。これは李明博政権に対する北朝鮮政府レベルでの最初の非難だった。
 だがこの段階では非難の強度を高めたものの李大統領を直接名指しした非難は行なわなかった。それは4月の国会議員総選挙で「親北勢力」が勝利するかも知れないとの希望と、これまでどおりの「食糧支援」と「肥料支援」問題があったからだ。しかし第18代国会議員選挙で野党不利の状況が明確になるにつれて李大統領に対する名指し攻撃が開始される。
 北朝鮮の「労働新聞」は4月1日、「南朝鮮当局が反北対決で得るものは破滅だけだ」と題する論評を掲載した。論評では李明博韓国大統領を「逆徒」と呼び捨て、「非核・開放・3000」政策に対しても「いわゆる 《非核、開放、3,000》はわれわれの 《核完全放棄》と 《開放》を南北関係の前提條件に掲げた極めて荒唐無稽で分をわきまえないたわ言で、民族の利益を外勢に売り飛ばし対決と戦争を追い求め南北関係を破局へ追いこむ反統一宣言だ」と厳しく非難した。そして李政権がこの政策を追い求めるならば得るものは破滅だけと脅迫した。
 その後、李明博大統領が就任直後閣僚の人選でつまずき、4月の訪米後には米国産牛肉問題で国民の集中攻撃を受けるに至ると、北朝鮮は韓国内の対立を極大化させる戦術に出た。とくに市場開放の対象に牛海綿状脳症(BSE)の危険性がある生後30カ月以上の牛を一部含めたのが決定的だった。韓国MBCテレビはこの時とばかりにBSEに関する虚偽情報の「怪談」を流し反政府デモに火をつけた。反政府デモは5月に入り約4万人(1日)、約2万人(2日)規模(主催者発表10万人)へと拡大し、瞬く間に全国に波及し100万人にまで膨れ上がった。もちろんそこには北朝鮮の指令で動く「主体思想派(従北グループ)の蠢動があったことは言うまでもない。朴次期政権はこのことを忘れてはならない。

朴次期政権周辺は「前向きなシグナル」などと言っているが・・

 「金正恩新年辞」に対して、いま、朴槿恵次期大統領関係者も李明博大統領当選時の担当者と同じような反応を示している。そして「こちら側の出方を見ようという観点からのものではあるが、とにかく良いシグナル。敢えて消極的に解釈する必要はないとみられる」と語った(朝鮮日報2013・1・2)という。
 果たしてそうだろうか?北朝鮮は今後朴新政権が「6・15宣言」「10・4首脳宣言」を受け入れず、核放棄を迫った場合でもすり寄ってくるだろうか。多分そうはならないだろう。李明博大統領当選時と同じような圧迫政策を展開してくるに違いない。そして韓国内の対立も扇動するだろう。李大統領時には「狂牛病問題」であったが、貧富の差が拡大している今の韓国では人々を扇動する同じような「怪談」はいくらでも探し出せる。
 例えば大統領選挙が終わって半月が過ぎたが、すでにサイバー空間では大統領選挙結果不服運動が続いている。文在寅民主党候補に不利となる開票不正があったとの「怪談」が広がっているのだ。あるネット上の討論の場では、「票の再点検請願」オンライン署名が20万人を超えたという(中央日報2013・1・2)。
 2008年の「狂牛病」騒動も根拠のない「怪談」から始まった。朴次期大統領は、「金正恩新年の辞」を自分に都合よく解釈し甘く見てはならない。投票者の48%が文在寅氏に投票したという事実を北朝鮮が見逃すはずがないからだ。また外交においても対日関係で一つ間違えば「親日派朴槿恵」のレッテルを貼り扇動することも可能だ。韓国ではこれも火が付きやすい問題である。
 韓国はこれまでも十分な分析とを検証を伴わない「情緒的楽観論」で失敗を重ねている。朴次期政権も勝利に酔いしれている時ではない。

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 金正恩体制はまだ磐石ではない。金正恩体制を固めるために北朝鮮は今年「光明星-3」号2号機打ち上げ成功」をフル活用して「平和協定締結」の対米外交戦を強化するものと思われる。また、さまざまな圧迫政策で韓国からの経済支援を引き出そうとしてくるだろう。それを促進するためにも核をちらつかせるに違いない。
 外交戦の最初の攻防は「安保理制裁強化決議」を巡る駆け引きとなるはずだ。「安保理制裁強化決議」が採択され、米韓日が攻勢を強めれば核実験カードを持ち出すに違いない。場合によってはそのまま核実験に進む可能性もある。その時期としては停戦60周年を迎える7月27日前後が考えられる。
 2013年は、北朝鮮の出方次第では、朝中対米韓日のせめぎあいが最も厳しい局面に突入するかもしれない。

以上

 
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