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北朝鮮の停戦60周年記念行事から見えてきたこと

コリア国際研究所 朴斗鎮
2013.7.31

 7月27日、北朝鮮は今年最大の行事としていた「朝鮮戦争戦勝(停戦)60周年記念」のメインイベントである軍事パレードを行なった。この模様は午前9時40分ごろから12時少し前まで実況放送されたが、日本でもインターネットテレビで流された。
 軍の儀杖隊を閲兵した後に金正恩第1書記が主席団に登壇し、崔龍海人民軍総政治局長の演説が終わったところからパレードは開始された。パルチザン騎馬連隊、老兵集団に続く近衛師団から軍の行進は始まった。2時間ほど続けられたパレードの最後は平壌市民の行進で締めくくられた。

1、軍事パレードはこれといったサプライズなし

 軍事パレードには、金第1書記をはじめ、北朝鮮の指導部が勢ぞろいしたほか、中国の李源潮副主席が参列した。後見人の張成沢、金慶姫もパレードを見守った。
 金正恩第1書記は、黒い人民服姿で軍服は着用せず演説も行なわなかった。今年は年初から核戦争挑発を行なったが何の成果も手にすることができずむしろ孤立し、金正日総書記が苦労して回復させた中朝関係にまでもヒビを入れ、「核武力建設強化路線」を全面に打ち出せなくなったからだ。演説は崔龍海総政治局長が行ない、米国との対決姿勢を強調し、金第1書記への結束を呼びかけたが、過激な表現は控えられた。
 一方、注目されていた兵器だが、「無人攻撃機」のほか「スカッド」、「ノドン」、「ムスダン」、「KN08 ICBM」の4種類の弾道ミサイルが登場した。目新しい兵器は見られず「KN08 ICBM」が本物かどうかもわからない。
 目を引いたのは、黄色と黒の放射能標識マークが描かれた厚さ10センチ以上のリュックサック状物体を胸に装着した兵士を乗せたトラックが3台登場したことである。これが、核部隊なのか核攻撃を受けた時の「除去」部隊なのかは分からない。韓国の聯合ニュースによると、同様の部隊は昨年4月の軍事パレードにも登場したという。またこの部隊の存在についてはデイリーNKが2011年に報道している。そのほかトラクターに引かせた多連装ロケット部隊が登場したが、これも特筆するほどものではない。
 ヘリも韓国仕様のものが2機(有事に韓国軍に偽装するためのものと思われる)とその他のヘリ4機が登場し、軍用機も旧式タイプ3機、示威軍用機5機が飛行を行なったが、航空部隊は金日成誕生100周年の時よりも迫力はなかった。

2、金第1書記の露出度アップでサプライズ作り

 パレード自体にはこれといったサプライズはなかったが、金第1書記を際立たせ、そのイメージアップを図るためのメディア戦略にはいくつかのサプライズがあった。
 まずは、今回パレードの一部始終がはじめて「インターネットテレビ」で最後まで実況放送されたことだ。日本のお茶の間で、北朝鮮の重要行事がリアルタイムで見られるなどは金正日時代には考えられなかったことだ。金正恩時代に入っての情報戦略の特徴が端的に示されたものといえる。こうしたメディア戦略は、西側報道陣を大挙迎え入れ見せつけようとした「7・27行事」のさまざまな場面で演出された。
 人民軍烈士墓オープンでの金正恩の突然の出現、改装された朝鮮戦争記念館開館での金正恩と外国メディアとのニアミスハプニングなどなど。こうした演出は、驚きを与える効果ををもたらしただけでなく、彼の「開放性」や「親近感」を印象づける効果もあった。北朝鮮に対する断片的知識しか持たない西側記者には新鮮さとして感じられただろう。
  特に、27日夕方の西欧取材団とのニアミスハプニングの提供は、サプライズ作りのクライマックスといえる。この様子は香港のテレビ映像を通じても全世界に流された。この場面は金正恩が、休息中だった外信記者団の方へ近づくことで作り出されたものだ。
 数回訪朝取材の経験がある米ABC放送のボブ・ウッドラフ記者は、「金正恩がわれわれの方へ近づいてきたので皆が仰天した」とし、「われわれはわずか1~2メートルの距離の彼を取り囲んだまま、後についていった。 その場面は、西欧の有名な政治家を取材する風景と変わらなかった」と語り、取材当時の雰囲気を伝えた。
 英国の「チャンネル4」のジョン・スパークス記者は金正恩の名前を呼び、「どのようなメッセージを西欧に伝えたいのか」という突発的な質問をしたが、これといった罰は受けなかった。 金正恩は、この質問に答えなかったが、笑みを浮かべた余裕のある表情で、ゆっくり取材陣の前を通りすぎていった(東亜日報2013・7・30 )という。
 訪朝した一部西欧取材陣の諮問役を務めた米国のある北朝鮮専門家は、東亜日報との通話で、「今回の金正恩の西側マスコミとの接触は、融和的で国際的なイメージを浮き彫りにするための宣伝用と思われる」とし、「金正恩が今後、西側マスコミとの接触をより積極的な形で増やしていく可能性もある」と話した(東亜日報2013・7・30 )。
 しかし、北朝鮮当局の取材制限は相変わらず厳しかった。大同江中州にある羊角島ホテルへの統制的宿泊、事前に知らされないスケジュール、取材位置の突然の変更、金正恩登場時の厳格な身体・持ち物検査、案内員同伴での承諾された場所のみの訪問、持込みを許されたものの携帯電話の使用禁止など従来の統制には変化はなかった。
 ただ、従来と違ったのは、北朝鮮が提供したプリペイドカード付き(1枚10分3枚限り)携帯電話の提供や、ホテルからの各国本社へのインターネット接続(セッテングに3時間かかり速度も非常に遅かったという)、兵士に対する撮影、一般市民への自由なインタビューなどが可能であったことだ。
 しかし市民への自由なインタビューは今回が初めてではない。金正恩時代に入っての訪朝団はすでに経験済みである。平壌自体がショウウインドーであり、イベント時には市民が服装を整えエキストラに変身することは知る人ぞ知る北朝鮮の実態である。なんら驚くに値する変化とはいえない。
 金正恩のこうした演出に「見世物的好奇心」で集まった日本を含む西側メディア40数社も活用された。特に日本の一部テレビメディアは3月からの「核戦争挑発騒動」でもフル活用されたが、今回も金正恩のメデイア戦術に操られたようだ。

3、一貫していた金第1書記偶像化宣伝

 今回北朝鮮は、「停戦」を「戦勝」と位置づけ、金日成主席の業績として強調しつつも、そこに今年3月から行なった対米韓日「核戦争挑発行動」を重ね、再び対米対決戦で勝利したという新たな「伝説」を作り出すことで、業績のない金第1書記の正統性・カリスマ性を強調するプロパガンダを行った。
 それは金正恩第1書記が「元帥」称号を授与されてから1周年を迎えた7月17日、労働新聞が、「偉大な白頭霊将を奉じた先軍朝鮮はたゆまず隆盛繁栄するだろう」との社説で金第1書記の偉大性を特筆して強調したことに如実に示された(去る4月11日の金第1書記就任1年の社説の流れそのまま)。
 この社説では、金第1書記に元帥称号を授与したことについて、「特別に記録するに値する全民族の大慶事」とし、「指導者の偉大さはその指導能力と祖国・人民のために偉業を成し遂げたかどうかで決まる。年数は問題ではない」と称えた。
 また昨年12月、人工衛星と称した長距離弾道ミサイルを発射し、今年2月に3回目の核実験を行ったことに対しても、「反米対決戦における勝利により、北朝鮮の尊厳と自主権を守ったことはこの1年間の偉大な功績だ」とした。
 そして極めつけは、「1年はとても短い時間だが、金第1書記は10年、100年あっても達成できない偉業を成し遂げた。卓越した軍事的英知と稀にみる指導能力により、人民軍隊を発展させた天下第一の名将だ」と強調したことだ。
 この社説を見ても、今年最大の行事として実施した停戦協定締結60周年行事の主な狙いが、金正恩の元帥就任1周年を重ね合わせた神格化宣伝にあったことを示している。

金正恩偶像化の外交デビューも演出

 金第1書記の外交デビューを果すために北朝鮮は今年5月ごろから世界中に「祝賀訪朝団」を本格的に要請していた。北朝鮮の大使を兼務する在韓国の各国大使にも出席を呼びかけていた。崔龍海総政治局長や金桂寛第1外務次官を中国に送り込んだのも、金第1次官をロシアに送ったのもこうした動きの一環であった。特に崔龍海特使の中国への派遣は、関係改善問題と同時に中国最高首脳の「7・27」行事出席要請が重要な任務となっていた。
 このような外交努力もあって、金正恩第1書記は、24日にはシリア与党バース党のアハマル副書記長と、25日には中国代表団と、そして26日にはザンビア、ウガンダ代表らと会見し、念願の外交デビューもやっと果した。

4、金正恩体制の安定を誇示

 今回の行事では中国代表団の動向のほかにもう一つ重要な注目点があった。それは、金慶姫労働党書記の動向である。
 北朝鮮政権の影の実力者であり、金正恩第1書記の叔母でもある金慶姫党書記は、5月12日に平壌の烽火(ポンファ)芸術劇場で開催された朝鮮人民軍内務軍協奏団の公演を鑑賞して以来、公式の場に姿を現さなくなって75日が過ぎていた。金正日総書記が脳溢血で倒れた後の2009年6月から活動を表面化させて以降、金慶姫氏が姿を現さない期間がこれほど長期化したことはなかった
 この間、夫の張成沢氏の表立った活動も大幅に減っていた。今年に入ってから張成沢氏の公開活動は7月21日までの時点で27回だったが、金慶姫氏が最後に姿を現した5月12日以降に限るとわずか3回だ。金正恩氏の妻の李雪主氏も、5月以降は表立った活動はわずか2回だった。こうしたことから金慶姫氏が病に伏せているのではないかとの観測が生まれていた。今回金慶姫氏が一連の行事に登場したことでその疑惑は取り除かれた。しかしだからといって彼女が深刻な持病から完全に回復しているとは思えない。もしかしたら、この日にあわせて十分な治療と休養を取っていたかも知れない。
 金慶姫氏が姿を見せたことで、当面金正恩体制が揺らぐ心配はなくなった。
 金正恩体制の安定度と核保有路線に変化がないことを内外に示すのも今回行事の狙いの一つであったと思われる。

5、中朝の関係改善と同盟維持の示威

 2009年8月上旬、根本的な対北朝鮮政策を決めるための「中国共産党中央外事工作領導小組」(組長:胡錦濤主席)が開催され、結論として北朝鮮体制擁護を核心的利益と位置づけた中国の北朝鮮政策は、揺らぎはあるもののまだ続いているようだ。
 第3回の核実験強行で中朝関係が冷却化し、この方針に根本的変化が起こるかと期待されたが、李源潮国家副主席を代表団長とする高レベルの代表団が送り込まれたことで、中朝同盟の健在ぶりは確認された。これに答える形で、金第1書記はいたるところで李源潮国家副主席との親密ぶりを誇示するきめの細かい配慮も見せた。
 しかし、今回の代表団長である李源朝氏が副主席ではあるものの常務委員ではなく、随行メンバーもすべて各部署の副責任者であったことから、中朝関係がこれまでのような蜜月関係でないことは明らかだ。
 金第1書記は25日夜、李源潮国家副主席をはじめとした中国代表団と平壌の百花園(ペクファウォン)迎賓館で会談した。李氏は朝鮮半島の非核化実現に向け、核問題をめぐる6カ国協議を再開すべきだとの考えを伝え、金氏は「中国の努力を支持する」と応じたという。しかし非核化に向けた具体的措置に言及したかどうかは不明。
 中国国営新華社通信によると金第1書記は、「(北朝鮮は)経済発展と国民生活の改善に力を注いでおり、安定した外部環境が必要だ」と述べ「各国とともに努力し、朝鮮半島の平和と安定を維持したい」と中国に同調する姿勢を示したが、具体的な行動については言及しなかったという。李氏はまた習近平国家主席のメッセージを口頭で伝えたが、北朝鮮側が希望しているとされる金氏の訪中を招 請したかどうかは明らかにされていない。 この席には北朝鮮側からは外務省金桂寛第1次官が参席した。
 ラヂオプレス(RP)によると、朝鮮中央放送は、李氏が口頭で伝えた習近平国家主席のメッセージを、「口頭親書」と認識。李氏が「血盟関係」を口にしたとしている。
 しかし一方新華社によると、李氏は「血盟」には触れておらず、「中朝関係は新たな時期に置かれている」と主張した。両国の関係を「通常の国家関係」とする姿勢を改めて示唆するなど、中朝間の温度差もうかがわせた(産経新聞2013.7.26 10:05)という。李副主席は同日、北朝鮮序列2位の金永南最高人民会議常任委員長とも会談した。
 金第1書記の中国への気配りはパレード後にも続けられ、それは中国軍兵士の墓地訪問 に示された。
 朝鮮中央通信が30日に伝えたところによると、金第1書記は29日、平安南道檜倉郡にある中国軍の戦死兵士の墓地に参拝するとともに、中国軍司令部跡を訪問した。これも中朝の「血の同盟」を重ねて示し、中朝の関係改善を目指したパフォーマンスと思われる。

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 今回のパレードに花を添えたかった「開城工団再稼動」の成果は、韓国側の「先再発防止確約」の要求を乗り越えることができず間に合わなかった。
 27日、朴槿恵大統領は、韓国ソウルでの停戦記念式典の演説で、「私はこの場を借りて北朝鮮が核開発を諦め、真の変化と平和の道に出ることを促します」と、北朝鮮に核開発の放棄を求めるとともに、「いかなる挑発も決して容認しない」と、軍事力をアピールする北朝鮮をけん制した。
 一方、開城(ケソン)工業団地の事業再開に向けた協議が事実上、決裂するなど改善の兆しが見えないことについては、「信頼構築に向けて対話を誘導するために努力する」という考えも示した。
 米国でも停戦60周年を記念して「大統領布告文」を発表(25日)した。27日(現地時間)には記念行事が行なわれ、オバマ大統領やヘーゲル米国防長官、朴槿恵大統領の特使として派遣された与党セヌリ党の金正薫(キム・ジョンフン)国会議員、安豪栄(アン・ホヨン)駐米大使、参戦勇士、遺族、市民ら7000人余りが参加した。そこで異例にもオバマ大統領が演説した。
 オバマ大統領はあいさつで「朝鮮戦争は引き分けではなく、韓国の勝利だった。5000万人韓国人の自由、活発な民主主義、そして世界で最も力動的な経済は韓国が戦争で勝利したことで得た遺産」と評価した。
 また、「韓国の安全保障に対する米国の約束と献身は決して弱まらない」とし、アジア・太平洋にわたる米国の同盟は平和と安保、繁栄に向けた勢力で維持されると強調した。

 金正恩政権は現在、対話姿勢を見せているが、米国は「非核化」を前提とした対話以外は応じられないとし、対話のもう一つの前提である南北関係改善でも韓国が「開城工団の一方的閉鎖再発防止確約」という前提条件を崩していない。こうしたことから北朝鮮の対話姿勢がいつまで続くかに関心が寄せられている。特に8月に入って実施される「米韓乙支フリーダムガーデアン演習」にどう対応するのかが注目されている。
 しかし、ここで再び北朝鮮が戦争挑発戦術に転じれば、金正恩体制は一層苦境に陥ることは間違いない。金第一書記は、新しい指導者として核脅迫で代価を得る時代が終わりつつあることを知らなければならない。
 「7月12日、原・副資材を搬出しようと開城(ケソン)工業団地に行った企業家たちは本当に痛ましかったといった。搬出を手伝いに出てきた労働者たちのみすぼらしい身なりに胸を痛めた。3カ月間で顔は真っ黒に焼けた。通勤バスに油の供給が中断される中、炎天下を1時間以上歩いて行き来したためだ。身なりもみすぼらしかった。・・・
 A企業の代表はこのように話した。“言葉はなくても彼らの表情には、どれほど切実に再稼働を望んでいるのかにじみ出ていた”」
(中央日報2013年07月29日)。
 核開発に没頭して国民の生活苦を無視し続けた時、いつか必ずその代価を支払うことになることを金第1書記は一日も早く知らなければならない。

以上

 
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