目次
1、トランプを再び誘い出した鄭義溶特使の報告
2、南北が共に主張する欺瞞的「米朝終戦宣言象徴論」
3、専門家が指摘する非核化前「終戦宣言」の危険性
4、金正恩が対話で核を放棄すると考えるのは幻想
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「第3回南北首脳会談」(18~20日)という金・文両政権による新たな「非核化ショー」が行われようとしている。その主要な狙いは、米国の中間選挙を前にしたトランプ大統領へのテコ入れと文在寅政権の支持率回復、そして「米朝終戦宣言」の早期獲得による北朝鮮への大々的支援体制の確立だ。
韓国大統領府の鄭義溶(チョン・ウィヨン)国家安保室長は9月13日、平壌で開催されるこの南北首脳会談について、「両首脳はより深みのある具体的な非核化策を話し合うことになるだろう」(ソウル市内で開かれたアジア・太平洋地域の「ソウル安保対話」での演説)と言及した。それとともに国連安保理制裁違反の疑いが濃い「開城公団南北連絡事務所」(14日)の開所も強行された。
第2回米朝首脳会談と「終戦宣言」の早期実現を後押しするために中国の習近平主席も加勢した。9月11日から開催された「東方経済フォーラム」(ウラジオストク)に出席していた習主席は、トランプ大統領に対する刺激を避けるために、中国の影を薄めた「3者会談での終戦宣言」を許容する発言まで行った。
1、トランプを再び誘い出した鄭義溶特使の報告
3回目の「南北首脳会談」準備のために、鄭義溶(チョン・ウィヨン)国家安保室長や国家情報院の徐薫(ソ・フン)院長ら5人からなる(3月と同じメンバー)韓国特使団が、5日午前7時過ぎに北朝鮮に派遣され、文大統領の親書を金正恩に手渡して面談した後、同日午後10時前に韓国に戻った。
北朝鮮の思惑に沿った鄭義溶の報告
この結果について6日午前11時40分から記者会見を行ったが、鄭義溶氏はまたもや 金正恩の代弁人の役割を果たした。
報告では韓米同盟の立場から北朝鮮の非核化を強く要求して帰ってくるのではなく「金委員長の非核化に対する意思は確固だ」などと北朝鮮を代弁する報告に終始した。そして北朝鮮に対する経済支援と米朝協議を促進させる協議(トランプ大統領を欺瞞する新たなプランの協議)を行うための「南北首脳会談」を平壌で9月18日から2泊3日の予定で行うと発表した。
この期間設定には、支持率低下で苦しむ文政権が、秋夕(チュソク、収穫祭を兼ねた墓参り)休暇(9月22~26日)直前に「首脳会談ショー」を組むことで、国民の関心をひきつけ、秋夕の話題とし支持率を一気に上昇させて、対北朝鮮支援策を進めようとする姑息な狙いがあるようだ。
鄭義溶が代弁した金正恩の主張
鄭義溶氏が代弁した金正恩委員長の主張内容はおおよそ次のようなものである。
・朝鮮半島に核兵器・核脅威ない非核化意思を確約
・非核化の実現向け北と南が積極的に努力
・北南首脳会談への文大統領の骨折りに感謝
・米国とも緊密協力と意思表明
・核実験は永久に不可能、豊渓里の坑道は3分の2崩落
・東倉里実験場の閉鎖、長距離ミサイル実験の完全中止を意味
・トランプ大統領の任期中に非核化実現を希望
・トランプ大統領を信頼している
またもや「金正恩に感謝」を表したトランプ大統領
現在米国は、北朝鮮非核化の第一歩は「北朝鮮が核施設申告リストを出すこと」としているが、金正恩委員長はそれには応じず「豊渓里爆破で既に非核化の初期段階の誠意を見せた」と主張したという。北朝鮮非核化に対する米朝間の認識の差は縮まらないままである。
しかし特使団長鄭義溶の「トランプ大統領の任期中に非核化実現を希望する」「トランプ大統領を信頼している」との「報告」(トランプ氏が直接に聞いたわけではない)をそのまま信用してか、トランプ大統領は、ツイッターで「金正恩委員長に感謝する」「われわれは共に(非核化を)成し遂げるだろう」と喜びを表した。ポンペオ長官訪朝を中止に至らしめた「金英哲書簡」を忘れたかのようなトランプ氏の喜びようだ。
「平和協定締結に応じなければ非核化交渉局面が台無しになりかねない」と脅迫した「金英哲書簡」後、圧力に向かい始めたトランプ政権内の軸足を、再び融和の方向に引き戻そうとするかのような反応だ。この景色は「6・12米朝首脳会談」前のデジャブといえる。
トランプ大統領は、過去の米政府が25年にわたり実現できなかった北朝鮮核廃棄に対して、自分と金正恩氏の「良好な人間関係」によって実現できると信じているようだが、それ幻想にすぎない。3回目の「金・文会談」では、(中間選挙を前にして)「非核化の成果」を見せたいトランプ大統領の足元を見透かした「トランプ大統領誘引策」が謀議されるだろう。
2、南北が共に主張する欺瞞的「米朝終戦宣言象徴論」
北朝鮮が文在寅政権の協力の下で当面総力を挙げているのが「米朝終戦宣言」の実現である。「非核化ショー」で米国と国際社会を欺瞞しながら経済制裁を無力化させ、その裏で引き続き核保有を行う「新たな核と経済の並進路線」を成功させるためには、終戦宣言の獲得が前提となる。この路線が成功すれば韓国からの米軍の撤退と韓米同盟はおのずと流れができ上がるからだ。
北朝鮮は7月30日の労働新聞で終戦宣言に反対する韓国保守勢力を批判し、その後もさまざまな対韓国宣伝媒体で、一貫して終戦宣言の早期実現を要求している。韓国の文在寅大統領も7月12日、シンガポールのストレーツタイムズのインタビューで「年内の終戦宣言が目標」と述べた。
しかし朝鮮半島における終戦宣言の持つ意味の重大性を知る米国の関係部署は、非核化措置が行われない限り終戦宣言は行わないと主張し続けている。ハリー・ハリス駐韓米国大使は8月13日、「終戦宣言の議論は時期尚早だ。非核化措置が先になければいけない」とその方針を明確にした。
終戦宣言をめぐっていま米国と北朝鮮は対立している。北朝鮮は焦り、韓国は急ぎ、米国は時期尚早だとしているのだ。米朝交渉も「終戦宣言が先か北朝鮮の非核化行動が先か」で争われ、これが「ポンペオ長官の訪朝中止」につながった。米朝のこう着状態を前進させるとして5日に北朝鮮に向かった韓国特使団に対しても金正恩委員長はかたくなに「非核化措置前の終戦宣言」を譲らなかった。
南北で合唱する「終戦宣言象徴論」
文在寅政権は、今トランプ政権に「終戦宣言」を急がせているが、それを受け入れ易くするための欺瞞的手法が「終戦宣言象徴論」である。終戦宣言が象徴的なものであり、米韓同盟や、在韓米軍の撤退とは何らの関係がないもので、もちろん平和協定とは根本的に異なるなどと欺瞞宣伝している。
文政権の「終戦宣言象徴論」と全く同じ主張を今回金正恩と面談した特使団は持ち帰った。記者会見で鄭義溶特使は「終戦宣言は、政治的宣言であり、関係国との信頼構築のための必要な最初のステップと考えており、北朝鮮も共感している。金委員長は、米国と韓国の一部で提起されている、終戦宣言を行うと韓米同盟が弱体化され駐韓米軍が撤収しなければならなくなるという主張は、終戦宣言と全く関係のないことではないかという立場を表明現した」と語った。
終戦宣言実現では、南北が全く同じ見解を示しており、もちろん中国の習近平政権も同じ考えである。「終戦宣言象徴論」で金・文・習はトランプ大統領を欺瞞しようとしている。
終戦宣言の伝道師文正仁
この欺瞞的論理を広めている伝道師は、韓国大統領特別外交安保補佐官の文正仁(ムン・ジョンイン)である。詭弁家として有名な文正仁氏は少し前、米国で「終戦宣言」早期実現に引き込む「講演」スケジュールをこなし、現在は韓国内で精力的に「終戦宣言象徴論」を説き歩いている。
そればかりか、文政権の「終戦宣言ロードマップ」を実現させるために、慎重姿勢を崩さない米国の対北朝鮮政策をい公然と批判し始めている。
文正仁氏は9月5日ソウル上岩洞MBC公開ホールで「北東アジアの中心から未来を見る」をテーマに開かれた未来カンファレンス2018の基調講演で、「(北朝鮮の核にすべてをかけると)、北朝鮮の改革開放を引き出すのが困難になるばかりでなく、北東アジア多国間安保システムの構築も難しい。さまざまなことを同時多発的にしなければならないと語り「南北関係が朝米関係の付属物になってはいけない」と主張した。また「朝米関係がうまくいかない場合は、南北関係を先に進展させ、朝米関係もよくなるようにする革新的な姿勢が必要だ」と強調し「米朝、南北が歩調を合わせなければならない」とする米国の主張を真っ向から否定した。
彼はまた「北朝鮮に対し、米国のように否定面を大騒ぎする「否定的強化(negative reinforcement)」を適用するよりは、賞賛する「正の強化(positive reinforcement)」をする姿勢が必要だ」とし、「賞賛を先にして北朝鮮が非核化で具体的な進展を見せれば制裁緩和に入り北朝鮮を変えればよい。米国の「否定的強化」方式のアプローチでは間違っている」と主張した。
金正恩政権の本質を普通の子供のように描写するこの詭弁にこそ、北朝鮮と共に連邦制に進もうとする彼の反韓国憲法的本性が集中的に示されていると言えるだろう。
3、専門家が指摘する非核化前「終戦宣言」の危険性
文在寅(ムン・ジェイン)大統領は9月7日、インドネシア紙「コンパス」に掲載された書面インタビューで、「韓半島の非核化と平和定着について、年末までに後戻りできないほど進めることが目標」と明らかにし、そのために年内の終戦宣言採択に向けた戦略推進を本格化する構えを見せた。
通常「終戦」が「戦争による征服」の方法で終わる場合は、「戦争の終結」と「平和の回復」は「戦勝国」が一方的に「終戦を宣言」する方法で行われる。この場合の代表的な事例としては、第二次世界大戦や太平洋戦争の終戦処理過程がある。
しかし、フランスのパリで、1968年5月13日から北ベトナムと米国の間で始まり、1969年1月25日からは南ベトナム政府と南ベトナム解放民族戦線が加わって、4者による会談となった「ベトナム戦争終結のための交渉」は、過去とは異なる新しい形態の「終戦」、すなわち「戦勝国」も「敗戦国」もない「終戦」をもたらした。そしてそれは、1973年1月27日に「ベトナムでの戦争終結と平和回復のための協定」(Agreementon Ending the War and Restoring Peace in Vietnam)へとつながり、アメリカは南ベトナムから全軍隊を撤収した。戦争の早期終結による「ベトナム脱出」を急いだ米国が、過去の終戦方式を放棄して、共産主義陣営の主導した方式で戦争を終わらせたのである。
その結果、武力による南北ベトナムの統一がもたらされたが、43年が経過した今、朝鮮半島で「パリ和平交渉」の焼き直しともいえる「米朝終戦宣言」が持ち出されている。金正恩政権と文在寅政権はいま共同作業によって「米朝終戦宣言」→米朝平和協定→在韓米軍の撤退とのプロセスを「朝鮮半島非核化交渉」に絡めて進めているのである。
非核化前終戦宣言の危険性
こうした視点から専門家は非核化前の「米朝終戦宣言」がもたらす危険な結果を次のように指摘している。
まず、終戦宣言は文在寅大統領の解釈のように単純な政治的宣言でなく、客観的には準平和協定である。平和協定の効果をもたらすという点だ。
ソウル大ロースクールのイ・グングァン教授は「(終戦宣言が)地球上最後の冷戦地域と呼ばれる韓半島(朝鮮半島)の戦争状態を終了させる政治的・外交的・軍事的意味を持つ」とし「戦争の終了、平和条約の締結など国際法上の重要な範ちゅう」と主張した(『韓半島終戦宣言と平和体制樹立の国際法的含意』。
ドイツ駐在韓国武官だったキム・ドンミョン氏は、平和協定が締結されるには韓半島(朝鮮半島)に戦争が再発する危険があってはならないと主張した。そのためには南北間の戦争の根源である核が、終戦宣言や平和協定の前に除去されなければいけないということだ。
ところが米情報当局を引用した海外の報道によると、北朝鮮は現在60個ほど核弾頭を保有し、さらに生産中だ。戦争の要因が除去されるどころか、むしろ大きくなっているという。したがって彼は、韓国政府は終戦宣言を急ぐ前に北朝鮮に非核化を先に促す必要があると主張する。
準平和協定の意味を持つ終戦宣言は、韓米連合体制の瓦解をもたらす。まず、在韓米軍の撤収と国連司令部の解体だ。
この2つは北朝鮮が1975年に国連総会で主張して以来、常に言及してきた。北朝鮮は終戦宣言と共に平和協定の議論が本格化すれば在韓米軍と国連司令部の問題をまた持ち出すというのが専門家らの予想だ。もちろん在韓米軍は韓米相互防衛条約に基づいた韓米同盟レベルで駐留していて、終戦宣言や平和協定とは関係がない。国連司令部の解体も米国の所管というのがガリ元国連事務総長の北朝鮮に対する公式答弁だった。
そうであっても問題は、終戦宣言をすれば在韓米軍と国連司令部の存続に影響が及ぶという点だ。さらに韓国政府があいまいな態度を見せて反米世論を動員すれば韓米同盟は打撃を受ける。
2つ目は、終戦宣言をすれば、韓米連合訓練が中断せざるえないことになる点だ。
南北と米国が戦争終了を宣言すれば、北朝鮮の挑発に備えた連合訓練をする名分はなくなる。在韓米軍が韓国軍と訓練をしなければ駐留自体が難しくなる。訓練しない軍隊は存在理由がないからだ。
3つ目は、西海(ソヘ、黄海)北方限界線(NLL)の消滅だ。
NLLは韓国戦争後にクラーク国連軍司令官が南北間の衝突を防ぐために設定した。したがって終戦宣言をすればNLLはもはや有効でないというのが韓国元外交部当局者の解釈だ。問題はNLLがなくなれば南北間には領海(12海里)だけが認められる。領海の外側の公海で北朝鮮の出入りが自由になる。北朝鮮の海軍がペクリョン島や延坪島(ヨンピョンド)の後ろを通過し、仁川(インチョン)沖まで接近することもあるということだ。この場合、西海平和水域は容易に形成されるが、北朝鮮はいつでも奇襲攻撃ができる。南北間の海上衝突の可能性がさらに高まるという逆説が生じる。
4つ目は韓国の軍事作戦計画の弱化だ。
終戦した以上、北朝鮮の挑発はないという仮定のもとで作戦計画の全般的修正が避けられない。したがって作戦計画は守勢的になるのが明らかだ。作戦計画が守勢的に変われば、対応態勢も弱まり、軍は弛緩する可能性がある。すでに今年の国防白書で「北朝鮮軍=主敵」概念を削除し、大量反撃報復戦略で「斬首」という用語も使っていない。さらに韓国軍の攻撃的で威力が大きい武器体系の確保は制限されるだろう。しかし北朝鮮の核兵器は増え、2020年には最大140-150個になるという計算が現在の現実だ。それだけに北朝鮮の非核化において挑発要因を完全に除去しない状態での終戦宣言は、我々が自ら武装解除する姿になるしかない(中央日報日本語版2018年08月24日)
「米朝終戦宣言」は盧武鉉政権時代にも持ち出された
朝鮮半島の終戦宣言は4・27板門店(パンムンジョム)首脳会談で南北が合意した事案だが、過去盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領当時にも推進された。2006年11月にハノイで開催された韓米首脳会談で、ブッシュ米大統領は北朝鮮が核開発を放棄する場合の「韓国戦争(朝鮮戦争)終了宣言」を提示した。この提案は盧政権で終戦宣言と平和協定の段階的推進という構想に発展した。首脳らが会って終戦宣言を発表して北朝鮮核廃棄の動力を確保した後、北の核が完全に廃棄される時期に恒久的な平和協定を締結するという2段階プロセスだ。こうした盧政権の構想は1年後、第2回南北首脳会談で発表された「10.4宣言」(2007年10月)で「終戦宣言の推進に協力する」という形で整理された。しかし終戦宣言の推進は北朝鮮の2回目の核実験(2009.5)で消え去った。
文政権に入っていままた推進されている終戦宣言は、10年前と似ている。盧政権当時も今も終戦宣言と北の核問題をめぐる南北と米国の立場はほとんど同じ構造だ。米国は「北朝鮮非核化→終戦宣言」という立場だが、韓国政府は「終戦宣言→北朝鮮非核化→平和協定」だ。この立場は金正恩委員長の主張と一致している。南・北の政府は終戦宣言を催促するが、米国は非核化が前提条件だとしその立場を譲っていない。
米中間選挙を前にして、金委員長の新たな「親書」がポンペオ国務長官を通じてトランプ大統領に渡されたというが、この状況下でトランプ大統領がこの原則を守り通すか否かが注目されている。もしもこの原則が崩され、北朝鮮の完全な非核化前に終戦宣言が行われれば、文・金両首脳の仕掛けた「対トランプ欺瞞策」はほぼ成功したと見ることができるだろう。
4、金正恩が対話で核を放棄すると考えるのは幻想
金正恩体制は核兵器と一体化された体制だ。核兵器がなくなれば金正恩の権力もなくなる。したがって金正恩体制が崩壊しないかぎり北朝鮮から核はなくならない。北朝鮮の核兵器が対話だけで解決しないのは、その体制が核と切り離せないからだ。
このことは、ホワイトハウスが2回目の米朝首脳会談について発表した日、米NBCテレビが情報機関からの話として報道した「北朝鮮は今年に入って5-8個の新たな核兵器を製造した兆候がある」との事実一つを見ても明らかだ。
対話だけで北朝鮮の核兵器を破棄させることができると考えるのは幻想にすぎない。いま金正恩が狙うのは、米国を欺瞞して引き続き「核と経済の並進路線」を続けることである。
1)北朝鮮が核を放棄するとした公式文書はない。
金正恩がこれまで非核化に言及した文書としては、板門店宣言3項目(4)に記された「南と北は完全な非核化を通じ、核のない朝鮮半島を実現するとの共通目標を確認した」と、米朝共同宣言での「朝鮮半島の完全な非核化に向け取り組む」としたものだけで、せいぜい努力目標といえるものである。それすらも「北朝鮮の非核化」ではなく、「朝鮮半島の非核化」となっている。
この「朝鮮半島の非核化」の内容については、2016年7月6日に北朝鮮政府が声明を出し次のように規定した。
(1)韓国にあるアメリカの核兵器をすべて公開し(2)韓国からすべての核兵器とその基地を撤廃して検証し(3)朝鮮半島とその周辺に核兵器をふたたび展開せず(4)北朝鮮に核の脅威を与えたり使用したりしないことを確約し(5)在韓米軍の撤退を宣言すれば、北朝鮮もそれに見合った行動を取る。
今回のシンガポール米朝共同声明でも「北朝鮮の非核化」ではなく「朝鮮半島の非核化」と記されたが、トランプ大統領はその区別もせずに用語を使っているようだ。北朝鮮問題に経験がないので用語を厳密に吟味して使っていないかもしれないが、今後この用語の解釈問題が浮上することは間違いない。
2)金正恩が党規約と憲法に明記された「核保有国規定」を変更する気配はない
金正恩委員長は、2013年3月31日に開催された朝鮮労働党中央委員会全員会議の報告の中で、「先軍朝鮮の核兵器は、決して米国のドルと換えようとする商品ではなく、われわれの武装解除を狙う対話と交渉で取り上げて論議する政治的駆引きや経済的取引きの対象物ではない」「われわれの核兵力は、地球上に帝国主義が残っており核脅威が存在する限り絶対に放棄することができず、巨万の金をもっても替えがたい民族の生命であり統一朝鮮の国宝である」と核保有の恒久化宣言を行った。
次の日(4月1日)に開かれた「最高人民会議第12期第7回会議」では、この路線の「法的」「行政的」「実務的」具体化と称して、核武力の強化やミサイル開発の強化だけでなく、核武力の使用対象まで規定した「自衛的核保有国の地位をより強固にする法律」を採択した。
この法律は第二条で「(北朝鮮の)核武力は共和国への侵略や攻撃を抑止、撃退し、侵略の本拠地に対する壊滅的な報復打撃を加えるために使われる」とされ、さらに第五条では「敵対的な核保有国と野合し、わが共和国に対する侵略や攻撃行為に加担しない限り、非核国に対する核兵器使用や核兵器による圧力は加えない」と明記されている。すなわち敵対的核保有国の米国と米韓同盟で結ばれる韓国、そして米日安保条約を結んでいる日本を核兵器による攻撃対象に定めたのである。
そして2016年に開かれた「朝鮮労働党第7回大会決定書」では「核兵器の小型化、多種化を高い水準で実現し、核戦力を質・量的に強化して『東方の核大国』に輝かせていく」と記した。また「2016年改定憲法序文」でも「金正日同志は、社会主義世界体制の崩壊と帝国主義連合勢力の悪辣な共和国圧殺攻勢のもとで、先軍政治によって金日成同志の貴い遺産である社会主義の獲得物を誇り高く守りぬき、わが祖国を不敗の政治・思想強国、核保有国、無敵の軍事強国にし、社会主義強国建設の輝かしい大路を切り開いた」と北朝鮮を核保有国と規定している。
もしも北朝鮮が米国の主張するCVIDを受け入れ本当に核兵器を放棄する意志があるならば、朝鮮労働党規約と憲法をはじめとする公式諸文献を修正する動きを見せなければならないが、現在に至るまでそのような気配はない。
3)4月の党中央委員会全員会議での決定書でも核放棄に関する言及はない。
「経済建設と核武力建設並進路線」の変更を行ったとされる2018年4月20日の第7期第3回朝鮮労働党中央委員会全員会議での決定書でも核放棄に関する言及はない。
この会議では「朝鮮労働党委員長同志は、核開発の全工程が科学的に、順次的に行われ、 運搬打撃手段の開発もやはり科学的に行われて、核の兵器化の完結が検証された条件の下で、今やわれわれにいかなる核実験と中・長距離、大陸間弾道ロケット試射も不用となり、それによって北部核実験場も自己の使命を果たした」と強調し、次のような決定を採択した。
一、党の並進路線を貫徹するための闘争過程で臨界前核実験と地下核実験、核兵器の小型化、軽量化、超大型核兵器と運搬手段開発のための事業を順次的に行って核の兵器化を頼もしく実現したということを厳かに闡明(せんめい)する。
二、チュチェ107(2018)年4月21日から核実験と大陸間弾道ロケット試射を中止する。 核実験の中止を透明性あるものに裏付けるために、朝鮮の北部核実験場を廃棄する。
三、核実験の中止は世界的な核軍縮のための重要な過程であり、朝鮮は核実験の全面中止のための国際的な志向と努力に合流する。
四、わが国家に対する核の威嚇や核の挑発がない限り核兵器を絶対に使用しないし、いかなる場合にも核兵器と核技術を移転しない。
この決定書でも核兵器の放棄は語られていない。むしろ核武器が完成したので核実験と 大陸間弾道ロケット試射を中止し核実験場も廃棄するとしているのだ。
以上で見たように、金正恩時代に入ってのいかなる党文献や決定書、憲法にも核兵器を 放棄するとか非核化国家になるとは書かれていない。そしてそれを変更する動きもない。
しかし2017年の1年間、米国の軍事オプションを含む過去最強の経済制裁で金正恩体制は追い詰められた。米国が本当に戦争を仕掛けてくるかもしれないとの恐怖感によってそれまでの戦争瀬戸際政策は挫折した。そして核戦争脅迫で脅し続ければ米国が対話に出てくるだろうとする思惑も打ち砕かれた。金正恩は体制維持のために公然と核兵器をひけらし、「核保有国宣言」する戦略を維持できなくなった。
そこで金正恩は、米国のトランプ政権を欺瞞し、核兵器を保有したまま「非核化」したかのように装う新たな「核兵器保有戦略」の罠を仕掛けている。この戦略を可能にしたのは、韓国における文在寅政権の登場であった。文政権はこれまでの対米安保交渉の経験とトランプ大統領の弱点利用を組み合わせてトランプ攻略を進めた。第3国ではなく同盟関係にある国が敵側との「仲介」に出るというのは裏切り以外の何物でもないのだが、トランプ大統領は、文政権の「仲介」と金正恩の「朝鮮半島非核化ショー」に応じ、自らもそこでなんらかの利益を得ようと画策している。
もちろん中国の習近平政権も対米対決の観点からこの金正恩戦略を支持し支えている。9月8日、韓国の鄭義溶・国家安保室長と会談した楊潔シ共産党政治局員は、特使団の訪朝結果を高く評価し、第3回「文・金会談」に高い期待を寄せた。
以上