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今週のニュース

韓国大統領選挙の動向と北朝鮮変数

尹洪錫(早稲田大学 客員研究員)

2007.11.17

 ‘北風(北朝鮮の風)’は、韓国大統領選挙で主要イシューになってきた。  1987年大韓航空(KAL)機爆破事件、1992年スパイ李善實事件と‘韓国朝鮮労働党中部地域党’事件、1997年新しい政治国民会議顧問オ・イクジェ前天道教教主の越北事件、2002年2次北核危機など、韓国大統領選挙にはいわゆる‘北風’が常連メニューで登場した。 このような‘北風’が与党と野党のどちら側に有利だったかを断定できる分析結果はないが、とにかく選挙結果に直接、間接の影響を及ぼしたことは間違いない。
 では、今回の大統領選挙を前にした‘北風’の影響はどの程度であろうか。結論的に言えば、今回の選挙では、特別なハプニングがない限り大きな影響はないものと見られる。これまで何度かの大統領選挙を経験することで、有権者は、銃風、北風を「学習」し、国民の意識水準も高まったことで、今回の選挙の主なイシューが‘北朝鮮’ではなく‘経済’に変わったからだ。

1.保守野党候補に対する非難を自制している北朝鮮

 今回の大統領選挙については、‘北風’の震源地が2007年10月初めに開催された南北首脳会談になるという見方が多かった。 しかし、今回の南北首脳会談が、緊張を高める要因としてではなく、むしろ緊張緩和の要因として作用しているので、大きな変化の要素として作用しにくいものと見られる。
 実際に北朝鮮は、去る10月中旬以後現在まで、それまで続けてきた保守野党のハンナラ党と李明博候補に対する直接的な非難を自制している。
 では、北朝鮮が韓国大統領選挙に対して過去とは違った対応を見せている理由は何であろうか。
 第一に、李明博候補が8月20日のハンナラ党選挙戦で勝利した以後50%以上の圧倒的支持率を維持しているという点だ。 これに比べて、大統合民主新党鄭東泳候補の支持率は、党内選挙戦で勝利し、好材料と見なされた南北首脳会談を経ながらも、相変らず20%以下を低迷している。 いわゆる汎与党候補らの支持率は、すべて合わせても20%台強に過ぎないのが実情だ。大統領選挙までいくらも残っていない現時点で‘李明博大勢論’が固まりつつある。彼の勝利の可能性はそれだけ高まったと判断することができる。
 第二は、‘北風’の影響が思ったより大きくないという点を北朝鮮自らが察知しているという点だ。
 過去の金大中候補や盧武鉉候補が大統領選挙に勝利した要因は、‘北風’と言うよりは国内の政治的要因だった。 さらに李明博候補に対する高い支持率を勘案すれば、大統領選挙に影響を及ぼそうとする北朝鮮の動きが、韓国社会の反北朝鮮世論を拡大させる契機ともなり得る。
 第三は、李明博候補の対北朝鮮政策の公約が既存政府の対北朝鮮政策と大きく異ならないという点だ。
 李候補は、自身の対北朝鮮政策の公約を盛り込んだ「非核開放3000」で‘柔軟な相互主義’に立った対北朝鮮政策の基調を明らかにしている。 その核心は、完全な北核廃棄を前提に対北朝鮮経済支援を実施して10年後の北朝鮮の国民所得を3,000ドルまで高めるというものだ。この公約で注目されるのは、李候補の対北朝鮮政策が少しずつ金大中、盧武鉉政府の対北朝鮮包容政策と似た方向に移っているという点だ。 実際に、対北朝鮮支援の前提条件として、今年2月には‘完全核廃棄’を強調したが、9月には‘核廃棄段階’に後退したし、10月にはまた‘核廃棄協議過程に入れば’と緩和された。
 第四は、6者会談での‘10.3合意’以後、米・北朝鮮関係が改善に向かって順調に進んでいるという点だ。 北核廃棄のための年内無能力化のための作業が進み、北朝鮮に対する重油支援が進められている中で、米国も北朝鮮の当面の関心事である‘テロ支援国名簿解除’の意向を表わしている。 これまで、‘主米従南’を堅持してきた北朝鮮としては、米朝関係改善が最高水準に進んでいる状況で、あえて、長期間安定基調を維持してきた南北関係における突出変化の要因を作る必要はないと認識しているはずだ。
 このように見れば、北朝鮮の関心は、韓国大統領選挙で誰が大統領に当選するかということよりは、当選する人がいかなる対北朝鮮観と対北朝鮮政策を実施するのかということにより大きな関心を寄せていると見ることができる。 李明博候補は、今回の南北首脳会談と‘10.3合意’に対して、核廃棄に関連して進展した議論がなかったこととNLL再設定問題などを除いては、肯定的な評価を下している。
 実際に2000年の南北首脳会談以後、金大中、盧武鉉政府との交流協力拡大は、北朝鮮の経済回復はもちろん体制安定にも少なからず寄与した。 北朝鮮としては、李明博候補もこれまでのように南北交流協力を持続的に発展させると期待していると見られる。

2.保守陣営の分裂という変数の出現

 しかし、11月7日、新たな変数が発生した。 強硬保守層の支持を受けている李会昌前ハンナラ党総裁が離党と共に大統領選挙出馬宣言を行い大統領選挙に参入してきたのだ。あと40日余りとなった韓国大統領選挙は、複雑な様相を帯びることになった。
 李総裁の出馬宣言前後の6〜7日、CBS(キリスト教放送)が世論調査機関‘リアルメーター’に依頼して実施した大統領候補支持率調査の結果、李明博ハンナラ党候補38.5%、李会昌前総裁24.8%、鄭東泳大統合民主新党候補13.8%等という結果となった。 李候補の支持率は、李前総裁出馬前には51.3%を記録したが、李前総裁が候補群に加わるや12.8%も急落した。 保守陣営の分裂で‘李明博大勢論’に赤信号がついたわけだ。
 保守陣営の分裂は、李明博候補と李会昌前総裁、新党鄭東泳候補の‘3者対決’の構図で大統領選挙が行われることによって、鄭候補に‘漁夫の利’を提供するという、ハンナラ党としては最悪のシナリオに発展する恐れがあるという警戒の声もあがっている。 したがって、ハンナラ党と李明博候補は、李前総裁の出馬を‘最大の危機’として受けとめている雰囲気だ。
 何より李前総裁は、出馬理由について、必ず‘左派政権’を審判して政権交替を成し遂げなければならないという点を強調しながらも、李明博候補について、どれほど正直であるかという問題と国民の不安が増幅していること、国家アイデンティティの認識に対する不明確な態度、北の核実験で失敗が明らかになった太陽政策にこだわるという曖昧な対北朝鮮観などを指摘した。
 李明博と李会昌両候補は、保守という理念指向以外にも親市場経済政策、韓米同盟を重視する外交政策など基本路線はそれほど差がないものと見られる。 ただし、二候補は、理念指向については、厳密にいえば、中道保守と強硬保守だという差がありながら、対北朝鮮政策についても、李明博候補が柔軟な相互主義に立っているのに比べて、李会昌候補は‘妥協’を拒否する厳格な相互主義を堅持している。

〈李明博候補と李会昌候補の違い〉

李明博

 

李会昌

中道保守
成果と効率を重視する実用主義
中道保守、20-40代、ソウル・湖南

理念性向
指導性
核心支持基盤

強硬保守
原則と所信を重視
強硬保守、50代以上、嶺南・忠南

柔軟な相互主義
新韓半島構想
柔軟な相互主義
核廃棄による段階的支援
条件なしの支援

対北政策の原則
名称
特徴
主な内容
人道支援

「妥協」を拒否する厳格な相互主義
韓半島平和構築3原則5大課題
戦略的相互主義
徹底した安保を基盤に北朝鮮の開発を支援
条件なしの支援

3.李明博候補、強硬な対北朝鮮政策に旋回?

 こうしたことから李明博候補としては、伝統的保守層の支持を確保するために力を尽くさないわけにはいかなくなった。 11月8日、李候補は、保守指向の強い在郷軍人会が主催する大統領選候補招請講演に参加して、自身の対北朝鮮政策と韓米同盟などに対する立場を表明した。
 まず、彼は、北朝鮮の核実験を防ぐことが出来なかった金大中政府と盧武鉉政府の対北朝鮮包容政策を強く批判した。 また去る7月4日、ハンナラ党が提示した新しい対北朝鮮政策「韓半島平和ビジョン」に対しても“公式の党論ではなく、自身の対北朝鮮政策とは多少差がある”と主張した。 李候補キャンプのチャン・クァングン スポークスマンが“「韓半島平和ビジョン」は、それまで、李明博候補が提示した(対北朝鮮政策公約の) 「非核開放3000」構想と脈絡を同じくするものとして“歓迎する”としていたのが、それとは異なる立場を見せたのだ。 このような立場の変化は、李会昌出馬宣言による保守層票田を意識したものだ。
 以上により、大統領選挙の過程で残された変化の要素は、李会昌候補の支持率、朴槿恵前ハンナラ党代表の動き、李明博候補がかかわったという疑惑が提起されているBBK事件などに対する検察の調査結果、他の候補陣営のネガティブ攻勢、このような問題に対する李明博候補とハンナラ党の対応、汎与党圏の候補単一化による支持率などとなる。 当面、大統領選挙地図は、李会昌候補の支持率の変化と朴槿恵前代表の動きによって波乱を経るものと見られる。
 汎与党圏は、李会昌前総裁の出馬宣言に対して批判を加えているが、内心は、過去の大統領選挙の場合のように‘漁夫の利’の可能性に期待をかけている。 それを実現するためには、汎与党圏が候補を単一化して、最小25%以上の支持率を確保することが必要であろう。 単一化した汎与党候補が一定の競争力を持つようになり、保守陣営の対立分裂が拡大するならば、李明博候補の対北朝鮮政策は、より強硬な方向へ動く可能性が高い。
 そのようになれば、北朝鮮も保守指向の候補に対する非難を強めてくるなど‘北風’を通じて、大統領選挙に影響を及ぼそうとする可能性が高い。 北風が南側で吹き始める局面となるのだ。 言い換えれば、韓国保守陣営の分裂は、北朝鮮にとって‘北風’を通じて大統領選挙に影響を及ぼそうとする口実を提供することになるということだ。したがって、今後北朝鮮の動向を鋭意注視する必要があり、当面は、11月中旬以後開催される予定の南北総理会談と国防部長官会談に前後する北朝鮮の態度に注目しなければならないだろう。

 
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