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「にんじん」を5年先に吊るした2008年北朝鮮「共同社説」

コリア国際研究所所長 朴斗鎮

2008.1.10

 北朝鮮の「労働新聞」、「朝鮮人民軍」、「青年前衛」の「3紙共同社説」が1月1日に発表された。今年の「3紙共同社説」が力強さに欠けていると感じたのは私だけではあるまい。それは昨年掲げた「経済再建−穀物増産」目標がほとんど達成されなかっただけではなく、特には韓国大統領選挙での親北朝鮮候補惨敗が大きく影響していると思われる。

1、力のない2007年の総括

 昨年の共同社説で北朝鮮は、核実験を行なった2006年を「社会主義強盛大国の黎明が光さす勝利の年、激動の年」と位置づけ、2007年の共同社説では「勝利の確信を高く掲げ先軍朝鮮の一大全盛期を切り開いてゆこう」との題名を掲げた。そして主要な課題を「経済(穀物増産)」と「統一(大統領選挙での親北朝鮮候補の勝利)」に置いた(朝鮮新報の解説)
 しかしこの目標は実現できなかった。
 6ヵ国協議での「2・13」合意で、ブッシュ政権からバンコ・デルタ・アジア(BDA)凍結資金解除を得、米・中・韓・ロ・日から100万トンの重油(現在まで20万トン)、そして韓国から食糧40万トンと肥料30万トンなどを獲得したものの、「経済」目標で北朝鮮が最も力を注いだ穀物生産は、豪雨などの影響があったとはいえ、なんらの成果も得られず、むしろ生産量は大幅に減少した。
 韓国農村振興庁が2007年12月13日発表した分析結果によると、コメやトウモロコシ、麦など2007年の穀物総生産量は、06年より約47万トン少ない約401万トンだった。北朝鮮の国内需要をまかなうには650万トンが必要とされ、必要量の4割近い249万トンが不足する計算となる。
 特にコメは、8月の豪雨災害や9月の台風の影響で、全体の約11%の田畑が浸水被害を受け、06年より36万トン少ない153万トンの収穫にとどまる見込みだという。この不作によって、北朝鮮の2008年上半期の穀物流通量は大幅に減少するとみられ、同庁は「北朝鮮の食糧事情は厳しくなるだろう」と予測している。
 しかしこの結果について「共同社説」は次のように総括した。
「わが人民は昨年、経済建設にすべての力を集中させる党の戦闘的呼びかけに答え泰川(テチョン−4号青年発電所建設)の気概で果敢な闘いを繰り広げて輝かしい成果を収めた。採取工業、金属工業、化学工業、軽工業をはじめとした人民経済の多くの部門で技術改革が積極的に推進され、大規模水力発電所建設が力強く繰り広げられることで、国の原料、動力基地と人民消費品生産基地がしっかりと固められた。
 私たちの資源と技術に基づいた自立的な生産体系を確立するための闘い過程で工業の主体性がいっそう強化された。社会主義経済建設で大きな一歩を踏み出した昨年の闘いの成果は、われわれの経済が大きな潜在力を持って元気よく立ち上がっていることを確信させる」。
 このように最も重要な食糧問題にはなんらの言及もしなかった。
 では「統一」の目標はどうだったのか。この目標での最大の課題は韓国大統領選挙での親北朝鮮候補の勝利であった。
 だからこそ2007年の共同社説で「ハンナラ党をはじめとする反動保守勢力が悪あがきをしている」、「大統領選挙を契機に親米保守勢力を葬るための闘争を力強く進めなければならない」などと主張したのだ。続いて2月17日にも朝鮮労働党の機関紙・労働新聞で「南朝鮮人民はハンナラ党が政権を取れば南北関係が破たんし、核戦争という災難しかないこと熟知している。ハンナラ党とその代弁者役を行なう者どもにあるのは、破滅だけ」などと騒いだのだ。そして統一目標の成果づくりと連邦制の下準備のため2007年10月に「南北首脳会談」を行なった。
 しかし、もっとも重視したNLL(北方限界線)解除につながる「共同漁業区域」の設定には失敗し、大統領選挙での(親北朝鮮候補)惨敗で会談での合意すら「空手形」になろうとしている。
 こうした結果を共同社説は次のように総括した。
 「昨年は全国統一の道に画期的な局面が開かれた年だった。全同胞の大きな関心と期待の中で歴史的 10月北南首脳会談が実現し、《北南関係発展と平和繁栄のための宣言》が採択されたことは 6.15共同宣言の旗印の下で祖国統一の偉業を新しい段階へと前進させて行くうえで重要な出来事となる。民族の統一熱気がこれまでになく高まる中で、北南高位級交渉が進められ多面的な協力の道が開かれるようになった。今日の現実は 6.15統一時代の流れが何をもってしても妨げることができず、民族が一つになって力強く戦う時祖国統一の偉業は必ず実現するという確信を抱かせた」。
 統一目標の総括はこれだけである。ここでは韓国大統領選挙で「ハンナラ党」の李明博候補が530万票差で圧倒的勝利を収めたことに対しては何の言及もなかった。いかにショックが大きかったかが伺える。
 以上で見たように、2007年は対米核交渉での一部成果を除いて北朝鮮の設定した目標はほとんど達成できなかった。そのため今年の「共同社説」はここ数年に見られない低調なものとなっているのである。

25年後に延ばした「強盛大国」への移行目標

 2008年共同社説の題目は 「共和国創建 60周期を迎える今年を祖国の歴史に刻む歴史的転換の年として輝かそう」である。
 共同社説ではまず、今年の目標を「祖国の歴史に刻む歴史的転換の年」と位置づけ、共和国60周年を祝い、金日成誕生100年となる2012年を目指すことを掲げた。そして「2012年に強盛大国の大門を大きく広げることがわがの党の決心であり意志だ.」と主張した。
 2012年を目標としたことについて朝鮮新報は次のように解説している。
 「2008年に起こる 《歴史的転換》に対して語りながら 5年後の輝かしい未来を担保することは、それが主観的欲望ではないことを現実で証明するということだ。共同社説には最高領導者の意図が反映されている。共同社説を通じて 《約束された未来》が人民に提示されたわけだ。誰もが今日よりもより良くなる 5年後を展望するようになった。国の進路に対する確信と勝算がなければ共同社説にそういう文言は銘記されない」。
 しかしこれはこじつけ解釈であろう。
 2006年10月の核実験直後、北朝鮮当局は住民に対して「強盛大国は実現した」と講演した。しかし飢えることが「強盛大国か」と反発され、2007年「共同社説」では人民生活向上で躍進をもたらすと「公約」したのである。にもかかわらず、そのことの結果には触れずに、また具体的ロードマップも提示しないまま今年は5年後の輝かしい未来」という「にんじん」をぶら下げた。北朝鮮の人民はこうした欺瞞をいつまでも受け入れないであろう。

32008年の中心課題は体制の引き締め

 韓国の大統領選挙でハンナラ党の李明博候補が圧倒的に勝利したことや、米国が核の移転やウラン濃縮問題をはじめとした「核プログラムの完全な申告」を強く求めてきたことなどによって、北朝鮮を取り巻く環境は不透明さを増している。そのため2008年の課題提示には展望しづらい対米・対韓国問題を避け国内問題に多く割いた。 そしてその中心は「体制」の引き締めであった。
 それは第一に思想的引き締めを強調したことに表れた
 共同社説は具体的課題で何よりもまず「先軍朝鮮の第一国力である政治思想的威力をいっそう高くとどろかせなければならない」と強調した。これは北朝鮮社会に思想的緩みが広がっているということを示唆するものだ。
 その思想的緩みはまず「違法市場」の拡大に現れている。
 朝鮮労働党は昨年の10月、急速に拡大する市場の活動を押さえ込むため、地方などの下部組織に取り締り強化を指示する文書を通達した。朝鮮労働党中央委員会が出したこの文書は「市場に対する正しい認識を持ち人民の利益を侵害する非社会主義的行為をやめよう」と題され、現在の北朝鮮では、合法の市場で商売できない人が「市場の周辺や住宅地域などで商売を営み、社会的な秩序と規律を著しく乱している」と指摘。ある市では、闇市場が道路にまで広がり「数万人もの商売人によって埋め尽くされている」などと記述されている。
 次に「韓流ブーム」による住民の精神的変化に現れている。
 北朝鮮の内部情報によれば、北朝鮮社会における韓国ドラマや韓国歌謡曲の浸透は中朝貿易によって相当深く広く進んでいるようだ。これに対して北朝鮮当局の取り締りが強化されているものの、住民は摘発から逃れるため様々な智恵を働かしているらしい。例えば当局が摘発する時、まず電源を切りCDやDVDなどを再生器から取り出せないようにしてから突入するのであるが、停電になっても取り出せる装置を取り付け摘発の効果を上がらなくしているという。韓国文化が北朝鮮文化を駆逐しつつあるこうした状況に北朝鮮当局は危機感を強めているのである。
 そして統治体制の乱れに現れている。
 例えば昨年12月5日、北朝鮮当局は開墾農耕地と穀物を国に登録せずに詐取したとして、平安南道文徳郡内の協同農場の管理委員長と簿記長(経理部長)、同郡の朝鮮労働党秘書を公開処刑した。また、関係者4人に無期懲役を言い渡し、家族は全員管理所送りとした。軍の党委員会と人民委員会、保安署(警察署)も、管理委員長らの行為を黙認した疑いで解散させた。
 人権団体の「良き友人」が1月3日付のニュースレターで伝えたところによると、銃殺刑は平安南道平城市で各地の協同農場幹部が集まった場で執行された。管理委員長の罪目としては、「この10年余り、新たに開墾した農耕地80町歩(1町歩は3000坪)を軍の縮地地図に登録せず隠ぺいし、ここから収穫したコメで指揮下の除隊軍人を養った」こと、「金日成(キム・イルソン)主席が現地指導した建物を壊し、新たに住居を建設」したこと、規定外の乗用車を乗り回したことなどが挙げられた。
 この管理委員長は朝鮮労働党最高人民会議の代議員で、金主席の生前には農業が最もうまいとほめられ、労力英雄の称号や金主席の名が刻まれた時計を贈られるなど何度も表彰を受けた人物だ。これを利用し文徳郡で「王のようにふるまった」と指摘されている。
 北朝鮮社会のこうした乱れの広がりになんとしてでも歯止めをかけるため今年の共同社説は思想教育の強化を最初の課題として強調したのである。
 体制の引き締めは第二に、経済統制の強化と改革解放の否定に表れた。
 共同社説は、国防力の強化を強調した後、強盛大国建設の主戦場は経済戦線だとして「全党、全国、全民が立ち上がり経済強国建設のための総攻撃戦を繰り広げなければならない」とした。そして「管理体制」の強化を指示し「すべての経済活動を内閣に集中させて内閣の統一的な指揮のもとに組職展開していく強い規律と秩序を立てなければならない」と強調した。そして「勝利の根本はすべての活動を偉大な将軍様式に行なうこと」と結論付けたのである。これは「統制経済への復帰」と「改革開放」の否定を意味するものだ。
 以上で明らかなように、今年の「共同社説」は、北朝鮮国内のタガの緩みを引き締め、韓国での保守政権登場とそれに伴う米韓日連携強化に対応しようとするところに重点が置かれた。

4、ハンナラ党勝利と核問題には触れず

 そのほか共同社説ではハンナラ党勝利による政権交代には触れず、昨年10月の「104」宣言(南北関係発展と平和繁栄のための宣言)の履行だけを強調し、戸惑いを隠さなかった。また「平和協定」の締結を呼びかけ、韓米連携強化に警戒心を露にした。言及はないが当然日本との連携強化にも警戒心を高めている。
また共同社説に「核」という文字が出てきたのは「修飾語」として使われた1カ所だけだ。しかし共同社説の根底には核武装した「先軍政治」の強化が横たわっていることは言うまでもない。金正日委員長はいま核を保有したまま、いかにして米国と国交正常化を実現するかに腐心している。
 この実現にはまず米国が求める「核プログラムの完全申告」をクリア(欺瞞)しなければならない。このハードルさえ乗り切れば、韓国の李明博政権からも十分に「援助」を引き出せ「10・4宣言」の履行も可能だと読んでいるだろう。今年の8月には北京オリンピックがあり9月9日には共和国創建60周年を迎える。それまでには「核交渉」を片付けようとするだろう。もしもそのメドが立たなければ、交渉をずるずると引き延ばし米国の次期政権との交渉に期待を寄せるかもしれない。
 今年の北朝鮮共同社説を「願望」から「現実」に転換する鍵はひとえに「対米交渉」にかかっている。共同社説で北朝鮮が触れなかった核問題の行方こそ北朝鮮の命運を決めるといっても過言ではないだろう。

 
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