ブッシュ政権は拉致問題で日本国民を納得させられるか
朝米研究室
2008.6.1
ブッシュ政権の「核プログラム申告内容」ハードルダウンで米朝協議が大詰めを迎えているが、テロ支援国指定解除問題で「拉致問題」が立ちはだかっている。
こうした中で「拉致問題」に対する怪情報が飛び交った。一つは5月9日の読売新聞報道であり、あと二つは毎日新聞の5月26日朝刊と27日の夕刊報道である。読売報道は「横田さん夫妻、孫娘と韓国で面会案…政府が李政権に仲介要請」いうものであり、毎日報道は『横田めぐみさん:「94年6月後も生存」 地村さん新証言』(北朝鮮はめぐみさんが1994年4月に亡くなったとしている)というものと『拉致被害者:「数人生存、帰国の用意」北朝鮮、米に伝達』というものだ。日本政府はこのすべての報道を事実無根と否定した。
1、拉致問題に関する怪情報乱舞の背景
拉致問題に関する新事実の報道ということだけでも注目されるが、それにもまして日本の大新聞2社がトップで報じた記事を日本政府が即座に否定した事態に何かしらキナ臭さを感じる。両報道で特徴的なことは「テロ支援国家指定解除」が間近という時点で出てきたことと、その背景に何らかの意図が感じられるという点だ。
読売は拉致問題の前進を願う「宥和派」の利益と合致し、毎日は「北朝鮮を信じてはならない」とするニュアンスと「北朝鮮が米国の説得で動こうとしている」との「期待感」を混在させるものだったが、夕刊報道は明らかに宥和派を利するものであった。日本政府は両新聞の報道に語気を強めて即座に否定したものの、訂正記事を求めるという強いものでもなかった。そのアンバランスがまた不自然さを与えている。この報道に関しては、拉致問題を動かそうとする一部米日府政府関係者が、世論の誘導と観測を狙って情報操作したのではないかという見方もある。
特に27日の毎日新聞夕刊の『拉致被害者:「数人生存、帰国の用意」北朝鮮、米に伝達』の報道内容は目新しいものではなく、安倍政権の時代に男性1人女性1人の二人拉致被害者(日本政府が認定してない人)を返すから、それで拉致問題を終わりにするのはどうかという水面下の日朝交渉内容を蒸し返したものであり、昨年からその筋で語られていた情報であっただけに読売情報と共に「為にする情報」だった可能が高い。
どちらにせよ怪情報の背景には、近々開かれる予定の六カ国協議と米朝接近による「テロ支援国家指定解除」問題が絡んでいることは間違いないだろう。
2、ヒル次官補に便乗した山崎拓議員グループ
怪情報が飛び交う少し前の5月22日、与野党6党の「日朝国交正常化推進議員連盟」(会長・山崎拓自民党前副総裁)が、国会内で初会合を開いた。賛同者70人のうち約40人が出席し、北朝鮮の拉致、核、ミサイル問題の包括的解決を図り、日朝国交正常化と北東アジア地域の安全保障の確立を目指すことを決めた。山崎氏は「政府の後押しになると見極めたら、訪朝団を構成したい」と記者団に語った。筆頭副会長には自民党の衛藤征士郎、副会長には民主党の岩国哲人、公明党の遠藤乙彦、共産党の笠井亮、社民党の又市征治、国民新党の自見庄三郎ら各議員、それに事務総長には民主党の川上義博議員が就任した。この動きについて福田首相は「いろんな働きかけを(北朝鮮に)することは悪いわけではない」と語り肯定的対応を見せた。6ヵ国協議代表の斎木局長もこの会合に参加して「議員連盟には期待しています」と述べていることから政府の了解があったと理解してよいだろう。
自民党の加藤紘一元幹事長は昨年、日朝国交正常化に熱心な山崎氏の行動に対して「これから日米の北朝鮮政策路線の違いに安倍政権は非常に苦しむことになるだろう」と指摘した上で「その時、少なくとも日米のギャップを埋めるぐらいのチャンネルがないといけない。今、山崎氏は非難を受けているが、半年ぐらいで意味があったなと理解される時期がくる」(2007/01/12, 産経新聞)と解説した。
ここで「日米のギャップを埋めるぐらいのチャンネルがないといけない」との意味はヒル次官補とのギャップを埋めることであり、「今、山崎氏は非難を受けているが、半年ぐらいで意味があったなと理解される時期がくる」というのは半年くらいで「米朝国交正常化」が実現すると読んでのことであった。しかしそれは一年経った今も実現されていない。
日朝国交正常化を急ぐ山崎拓議員グループにとって「拉致問題」は最大の障害となっている。その点ではヒル次官補と利害が一致する。ここに彼が拉致問題に関わる動機があると推察される。拉致された人たちをなんとしてでも取り返そうというよりは、なんとしてでも日朝国交正常化の障害を取り除きたいという点に軸足があるようだ。だから彼の行動は拉致被害者家族から共感を得られないのであろう。
では北朝鮮側は彼を信用しているのだろうか。われわれが得た情報では決して信用していない。日本側をゆすぶるために利用しているだけである。彼が信用されていないのは、これまで北朝鮮と約束したことを一つとして実現していないからである。北朝鮮側は「あなたが総理の電撃訪朝をセットするとか超党派訪朝団を組織して北朝鮮に来たいのはわかったので、来たいなら経済制裁を解除するというお土産でももってきてもらいたい」と釘を刺している。
米朝接近が進む中で焦る福田内閣が、日朝交渉を進めたがっている今、彼はチャンス到来と感じて動き出しているが、しかし日本国民の納得を得られるかどうかは分からない。
3、米朝と日米の二兎を追うブッシュ政権
こうした中でブッシュ政権は「拉致問題解決―日米関係維持」、「テロ支援国指定解除―米朝関係改善」の二兎を追おうとしている。「二兎を追うものは一兎もえず」との格言があるが、果たしてブッシュ政権は二兎を得ることが出来るだろうか。
日米間では拉致問題もさることながら「核問題」での利害も一致していない。北朝鮮核に対する日本の脅威は米国の比ではない。米国は北朝鮮の核を封じ込めれば済むが、日本は北朝鮮に核が存在する限り脅威であり、その核と対峙しながら外交を行なわなければならないからだ。
日米の利害は米朝接近でも異なる。米朝問題の本質は米中問題である。米国が北朝鮮に対して影響力を行使することは即中国に対して影響力を行使することにつながる。北朝鮮はそのことを十分に分かっている。だから米国に「譲歩」をせまっているのだ。金正日は核の脅しだけで米国に「譲歩」を迫っているのではない。米国の利益もちらつかせているのである。過去に「中・ソ対立」の中で生き延びたように金正日政権はいま「米・中関係」の中で生き延びようとしている。米朝接近による米国の中国に対する影響力の増大は日米同盟軽視へと跳ね返るだろう。
クリントン政権は中国をパートナーとして位置づけ日米同盟を軽んじたが、核問題の曖昧な解決で米朝が接近すれば日米同盟にヒビが入る可能性はある。そうしたことから日本だけでなく米国でも核問題の曖昧な解決と拉致問題の軽視は日本の国民感情を無視するものであり日米同盟に危機をもたらすと指摘する人は多い。
おりしも5月26日付のワシントン・ポストは、ブッシュ大統領の二兎を追う迷走ぶりを暴露した。それは昨年秋に中国側の「北朝鮮のプルトニウム関連情報とウラン濃縮による核開発疑惑やシリアとの核協力を切り離して扱う」とするブッシュ米大統領が拒否(日米同盟重視)していた提案を、4月にシンガポールで行われたヒル国務次官補と金桂寛外務次官との米朝協議では、一転して「(大統領がいったん拒否したのと)同じ方式」である「切り離し申告方式」で暫定合意(米朝関係重視)したという内容のものだ。
こうしたブッシュ政権の迷走に対してマケイン米共和党大統領候補とリバーメン上院議員は、26日(現地時間) ワシントンポスト(WP)に寄稿した共同名の論説で、 「ブッシュ大統領は北朝鮮核プログラムを CVID (完全かつ検証可能で後戻りできない核の廃棄)と言う最初の原則に帰らなければならない」と指摘し、「拉致者問題」の取り扱いで「伝統的同盟である日本との信頼関係を崩してはいけない」と警告した。
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