【コラム】北朝鮮謀略情報に右往左往する一部メディア
コリア国際研究所所長 朴斗鎮
2008.11.1
読売新聞(10月18日)や産経新聞(10月19日)が、北朝鮮が重大発表を控えて在外公館に「禁足令」を出したと報じたことに対し、朝鮮中央通信は10月23日、「まったくの虚偽・ねつ造」だと非難した。
同通信は「許せない無礼な行為」と題した報道で、「われわれはそうした発表を考えたこともなければ、そうした指示を出したこともない」とこれらの報道を否定し、特に金正日総書記の「健康異常説」を云々し、北朝鮮の尊厳に対する悪質な報道を行ったのは、「汚い謀略行為」と糾弾、北朝鮮の体制をねたみこれを妨害しようるとする勢力の意図がうかがえると主張した。
さらに、読売・産経両紙はメディアとして認めず、一切相手をしないとした上で、「北朝鮮軍と人民は首脳部の権威を命より大切に考えており、それを傷つけようとする行為は絶対に許さない」と述べた。
しかし、こうした北朝鮮の「非難行為」は「マッチ―ポンプ」的謀略である可能性が高い。謀略情報を流してそれに食いつかせた後に、今度はそれを叩いて西側報道の「でたらめぶり」を証明し、自国民を教育する。今回も自国民に「金正日健康悪化説」を「デマ」と信じ込ませるために、日本新聞の「誤報」を誘導し、西側情報を信じるなとする材料作りに使った可能性がある。
北朝鮮にもてあそばれる日本の一部メディア
北朝鮮は、これまでもさまざまな謀略情報を流すことで日本のメディアをもてあそんできたが、直近では「拉致問題」と絡んだ情報にもそれが見られた。
北朝鮮は日本のメディアを親北朝鮮派と反北朝鮮派に分けて使い分けている。例えばTBSテレビの「ニュース23」などは親北朝鮮派と見ている。それは寧辺の核施設である冷却塔の「爆破ショーを」日本で唯一この番組が実況放送したことからもうかがえる。
反北朝鮮であれ、親北朝鮮であれ、謀略情報が駆け巡る背景には、北朝鮮情報が視聴率アップや部数増加につながっている現実がある。韓国の中央日報は、こうした点に対して「ある大手時事週刊誌の関係者は『一部マスコミは北朝鮮問題を興味中心に持っていくのが、部数を維持する秘訣(ひけつ)だ』と話す。これだから『金正日ジャーナリズム』という言葉まで登場した。北朝鮮関連のニュースをいい加減に拡大再生産してお金を儲ける、一部マスコミのやり方を皮肉った言葉だ」(2008・10・21)と報道した。
北朝鮮情報は裏が取りにくいだけでなく、無責任な報道を行なってもペナルティが課せられず、訴訟にも発展しないため安易に報道する傾向にあり、これも謀略情報に乗せられやすい要素となっている。
北朝鮮の対日マスコミ工作では、これまで主に朝鮮総連がその任務を担っていたが、最近は中国にいる北朝鮮工作員の流すものが増えている。工作員には外交官や、貿易商幹部も含まれる。時折ヨーロッパの在外公館を通じて、欧米の通信社を使うこともある。
「北朝鮮モノ」に飛びつく一部ジャーナリストたち
功名心の強いジャーナリストは、スクープに対する欲望が強い。そのために先走りしやすい。こうした人物に対する工作は北朝鮮が得意とするところだ。
日本の大手新聞社にもこのタイプの記者がいる。特に一部の若手記者は北朝鮮に対する知識がない割には「北朝鮮もの」に食いつく。彼らは朝鮮半島の「休戦ライン」を「国境」のように考えている。北朝鮮と米国・韓国がいまもなお戦争状態であることや、米国や日本が北朝鮮にとって敵国となっていることもほとんど忘れ去っている。それ故、戦争の一形態である熾烈な「謀略戦」が、今もなお東アジアで繰り広げられていることが分からない。その結果「特ダネ」欲しさで謀略に利用されることになる。
また一部の情報関係者は、朝鮮総連が北朝鮮の機関であるため、何か重要な事態があれば、朝鮮総連にも通知されていると考えている。だから朝鮮総連の「でたらめ情報」にも食いつく。これも大きな間違いだ。北朝鮮は重要情報を朝鮮総連に流さない。
そのいくつかの実例をあげてみよう。
1997年2月に、黄長Y元朝鮮労働党書記が韓国の北京大使館に亡命を求めて入った時、朝鮮総連副議長(当時)の呉ヒョンジンは、記者会見で語気を強めて否定し、「現在黄書記は、国際列車で平壌に向かっている」と大見得を切ったことがある。とんでもない間違いを記者会見で語ったのである。
また2002年の「金正日拉致謝罪」時、当時の朝鮮総連中央幹部は平壌にいたが、何も知らされず、日本に帰ってきてはじめてそれを知り仰天した。
このように、朝鮮総連には本当の重要情報は流れてこない。それなのに一部の報道機関は「朝・日関係筋情報」として朝鮮総連関係者の流す情報を信じている。朝鮮総連上級幹部が流す情報には「謀略情報」が含まれているこが多い。北朝鮮の本当の特ダネ情報は、在日朝鮮人の親族訪問者が「口コミ」で持ってきている。正式代表団は北朝鮮を往来しても、裏情報に接することがないからである。
遅れている日本の対北朝鮮情報力
日本は憲法によって武力の行使が極めて厳格に制限されている。現在のところ、軍事面での抑止力は日米同盟に頼る以外にない。独自に行使できる主な抑止力は、経済力と情報力だ。しかしその情報力がまことに心もとない状況にある。特に北朝鮮に対する情報収集と分析は遅れている。そのほとんどを学者に任せ、専門の情報要員や分析官を育成していない。
情報の収集と分析は、国の命運を決定することもある。
三国志に出てくる曹操は、建安5年(西暦200年)に「官渡の戦い」で10倍の袁紹軍を破り、袁紹の死後華北(中国北部)を統一したが、この戦いで勝利をもたらしたのは、袁紹から寝返った一軍師の情報、すなわち「食糧備蓄の場所」とそれを守る兵力数(1万名)の情報だった。曹操は全兵力をそこに集中し袁紹の大軍を撃破した。
また、スターリンがナチスドイツと戦って勝利できたのも、日本で諜報活動を行なっていたゾルゲの情報によるところが大きいとされている。ゾルゲが、日本の「南進」(石油資源確保などのため)をいち早くキャッチし、対ソ侵攻がないことをスターリンに知らせたためだ。これでスターリンは対ドイツ戦に総力を集中することができたのである。
戦争だけではない。ビジネスにおいても同じだ。イギリスのロスチャイルドが、巨万の富を築いたのは、ワーテルローの戦いでナポレオンの敗北を誰よりも早くキャッチしたからだ。
日本が今後独自の情報収集力を強化しなければ、北朝鮮との謀略戦に立ち向かうことは難しい。また対北朝鮮交渉で主導権も握れないだろう。
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