北朝鮮2009年3紙共同社説を読み解く
コリア国際研究所 北朝鮮研究室
2009.1.8
「総進軍のラッパの音高らかに、今年を新たな革命的大高揚の年として輝かそう」との題名で発表された北朝鮮の「労働新聞」「朝鮮人民軍」「青年前衛」による2009年3紙共同社説(1月1日)は、いつものように内容のない修飾語のオンパレードとなった。
「共同社説」は、2008年の成果についても具体的数字を示さず、「歴史的転換の年」の課題が達成されたとして次のように主張した。
「自力更生の熱風のなか、千里馬(チョンリマ)製鋼連合企業所(元降仙製鋼所)をはじめ数多くの工場、企業の近代化が積極的に推進され、礼成(レソン)江青年1号発電所、元山(ウォンサン)青年発電所、寧遠(ニョンウォン)発電所などの主要対象が完成され、人民経済の技術的土台と生産潜在力はいっそう強化された。党の構想が見事に実現している大紅湍(テホンダン)や嵋谷(ミゴク)協同農場は、わが国の社会主義農村のすばらしい展望を明白に示している。革命の首都平壌市がいっそうりっぱに整備され、至るところに社会主義の理想郷が出現して祖国の様相は一新された」
しかし2008年社説で強調した「人民生活第一主義」については、その成果がどこにも言及されていない。また南北関係については、成果を挙げられなかったため、成果についての言及がなかった。
2009年の中心課題
3紙共同社説は2009年を「2009年は、党の呼びかけ通り全人民的な総攻勢によって強盛大国建設の各部門で歴史的な飛躍を遂げるべき新たな革命的大高揚の年である」と位置づけた。そして
「新たな革命的大高揚の時代がわれわれの前に開かれている。先軍朝鮮の歴史とともに末長く輝く昨年の12月24日、金正日同志がチョンリマの故郷である降仙(カンソン)の地に新たな革命的大高揚の火を点じたことは、金日成同志がチョンリマ運動の偉大な発端を開いた1956年12月の時と同じように、わが党と革命発展の一大転換期をもたらした特筆すべき出来事である。ここには、戦後の廃墟のなかからチョンリマ大高揚によって厳しい難局を打開し、自主、自立、自衛の強国へと飛躍した当時の精神、当時の気迫をもって世紀を先取りして疾風のごとく走りつづけ、先軍によって尊厳ある祖国の青空のもとに民族万代の繁栄を保証する社会主義の強盛大国を打ち立てて次代に引き継がせようというわが党の不動の意志がこもっている」と主張した。
この主張が北朝鮮における2009年の中心課題であると見られる。
しかし、1956年と現在の状況は大きく異なる。当時は社会主義の幻想が強かっただけでなく、北朝鮮での土地改革の余韻もあり、何よりもソ連をはじめとした社会主義諸国からの巨額の援助があった。またの 戦後復旧3 ヵ年計画(1954〜56年)達成に基づいて策定された1957〜60年の 第1次5ヵ年計画も存在した。そこには各分野の具体的数字目標も示されていた。しかし今回の「大高揚」の訴えにはそのようなものは何もない。ただ「降仙製鋼所」から起こったチョンリマ運動とダブらせているだけだ。
ではなぜ今また「降仙」なのか? それは今回、千里馬(チョンリマ)製鋼連合企業所で「超高電力電気炉」を自力で開発したことと関係している。
製鉄設備が老朽化し荒廃していた降仙製鋼所で、設備の規模は定かではないが、やっと電気炉を自前で完成させたというのだ。それで金総書記は昨年の12月24日に現地に赴いたらしい。
*電気炉とは鉄鉱石から鉄を作り出す設備ではなく、鉄くずやスクラップを原料として鉄や鋼鉄を作り出す設備である。これは鉄鉱石から鉄を作り出す高炉よりも安価である。今回北朝鮮が自前で作ったといわれる「超高電力電気炉」とは、高電力を一気に流し、電炉内に高温を作り出すことで製鉄の質と速度をあげる電気炉のことで、ここ数年をかけ金策工業大学などと協力し開発していたものである。
この出来事一つを大々的に取り上げて「3紙共同社説」は、あたかも北朝鮮全体が自力更生の活気にみなぎっているかのごとく、またそれをもって北朝鮮経済に大躍進が訪れるがごとく欺瞞し宣伝している。
統制へと逆戻りする経済政策
「革命的大高揚の火」がともるとの主張が願望に過ぎないことは、北朝鮮の経済政策に一貫性が見られないことからみても明白だ。
今年の「共同社説」では統制経済への回帰を明確にした。集団主義と自力更生、社会主義的自立経済などを強調し、「経済建設に対する国家の中央集権的・統一的指導を強化し、計画化を発展する現実の要請に即してさらに改善すべきである」と主張している。緩めたり引き締めたり、このところの北朝鮮経済政策はダッチロール気味である。
北朝鮮の経済政策が一貫性を持たないのは、主に経済建設を担当する首相や閣僚が頻繁に交代することに現われている。昨年の暮れにも金属工業相が金昇賢(キム・スンヒョン)氏から金泰奉(キム・テボン)氏に、電力工業相が朴南七(パク・ナムチル)氏から許沢(ホ・テク)氏に交代した(昨年は9閣僚が交代)。電力供給が計画通り行かなかったために朴南七氏が更迭されたのであろう。
北朝鮮経済が復活できない根本的原因は、電力の決定的不足にある。その担当者が交代したということは昨年も電力生産に前進がなかったことを意味する。3紙共同社説で「礼成江青年1号発電所」、「元山青年発電所」、「寧遠発電所」などが完成されたとしているが、北朝鮮の電力供給能力はほとんど増加していない。それは既存の発電所がどんどん老朽化しメンテナンスがしっかりとなされていないからだ。また送電線の老朽化と劣化も改善されていない。送電線は銅線が裸になっていたり、銅線不足を裸の鉄線で代用しているため、送電ロスが異常に高くなっている。
北朝鮮の電力生産能力は1990年代後半からほぼ200万Kw/hで推移しているがこれは需要量の30%にもならない。このうち発電機を動かすのに必要な自己消費電力7万Kw/hとロス電力30万Kw/h、それに軍需用80万Kw/hを差し引けば、民需用に残る電力は80万Kw/h程度である。そればかりか電力生産に必要な石炭の生産も炭鉱施設の老朽化で停滞している。こうした電力事情で経済建設での大躍進を起こせるわけがない。
*こうしたこともあって北朝鮮の朝鮮中央通信は1月6日、金正日総書記が江原道に建設された元山青年発電所を視察したと報じた。日付は伝えなかった。金総書記はまた、建設に従事した労働者を高く評価し、朝鮮労働党中央委員会、党中央軍事委員会、国防委員会の名義による感謝文を送り、「電力生産を確実に増やすことは人民経済の飛躍的発展を実現する上で最も重要」と指摘、電力増産の必要性を訴えたという。
今回自力で建設したという「超高電力電気炉」も安定した電力の供給があって初めてその能力が発揮できる。修飾語を連ね活字の上だけで革命の高揚を叫んでも、電力生産と食糧生産が改善され、人民生活が向上しないかぎり「大高揚」は絵に描いた餅となる。
強調される「一心団結」
体制の揺らぎを反映してか思想面での「一心団結」が強調され「思想の威力、われわれの底知れない精神力を沸き立たせる政治・思想攻勢を強力に繰り広げるべきである」といつもどおりの精神主義が強調された。そして
「一心団結はわれわれの偉大な大高揚の歴史の基本的推進力であり、首領と人民の一致団結の力は核兵器にもまさるものである。首領は人民を信じ、人民は首領を絶対的に信頼し従う渾然一体の威力によって不滅の英雄叙事詩をつづってきた誇りある伝統を揺るぎなく引き継いでいくべきである。こんにちの大高揚は祖国の運命である金正日同志を決死擁護し、社会主義を守り輝かすためのたたかいである」と主張した。こうした主張は金正日健康悪化説が北朝鮮全域に広がった状況と無関係ではない。北朝鮮の統治体制は確実に緩み始めている。
「民族どうし」から「通米封南」へ
米国に関しては08年の共同社説にあった米韓合同軍事演習の阻止、在韓米軍基地撤廃への言及が消え、米国とは対話を重視する姿勢を打ち出した。核問題については、新年共同社説では初めて「朝鮮半島の非核化実現」に言及し、対米非難を慎重に避けた。これは、1月20日に発足するオバマ米政権との直接交渉を進める考えを示唆したものとみられる。
共同社説は、李明博大統領を名指しこそしなかったが、「われわれは歴史的な南北共同宣言から脱線するいかなる要素も受け入れない」と指摘し、巨額の対北投資資金を要する10・3首脳宣言履行に慎重な李政権を圧迫した。
今年の3紙共同社説では対日関係の言及がなかった。
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