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今週のニュース

またもや「人民生活」を持ち出した三紙共同社説

2010.1.9
コリア国際研究所所長 朴斗鎮

 北朝鮮情勢は昨年後半から明確な変化を見せた。それは金正日総書記の健康悪化と市場経済の拡大、外部からの援助の大幅な途絶(昨年の国際社会からの支援は4000万ドル程度に減少)などによって北朝鮮独裁体制にヒビが入り始め、米朝関係においても南北関係においても一歩後退の宥和政策を取らざる得なくなったことである。
  北朝鮮と米韓日の力関係の変化は、2010年1月1日に発表された「労働新聞」「朝鮮人民軍」「青年前衛」の三紙共同社説のなかにも示されている。
  金正日政権は2009年を「総進軍のラッパの音高らかに、今年を新たな革命的大高揚の年として輝かそう」としてきたが、今年の共同社説でその結果を数字で示せず、一転して「党創立65周年を迎える今年、今一度軽工業と農業に拍車をかけ、人民の生活に画期的な転換をもたらそう」との題目を掲げてまたもや「人民生活」に言及した。こうしたことから対外的には対米、対韓国政策で一歩後退の「宥和戦術」を引き続き表明せざるを得なくなっている。

1、大高揚を数字で示せなかった共同社説

 3紙共同社説は2009年を「党の呼びかけ通り全人民的な総攻勢によって強盛大国建設の各部門で歴史的な飛躍を遂げるべき新たな革命的大高揚の年である」と位置づけていた。
  この「革命的大高揚」の内容について2010年の三紙共同社説は次のように総括した。
  「自らの力と技術で人工地球衛星 《光明星(クァンミョンソン)2号》を成果的に発射し、第2回地下核実験を成功裏に遂行したことは、強盛大国建設で壮快な勝利の初砲声を鳴らした歴史的事変だった。
  城津(ソンジン)製鋼連合企業所で主体鉄生産体系完成の万歳の声が上がり、われわれの CNC技術が世界の先端技術を確実に突破したことは偉大な主体思想の大勝利であり、われわれの限りない経済技術的潜在力を誇示した全国家的、全人民的慶事であった。意義深い太陽節と5・1節、10月の祝日(党創立記念日、10月10日)に開かれた祝砲夜会は強盛大国を建設するわれわれの理想と抱負がいかに遠大で、偉大な党の領導のもとで進む先軍朝鮮の未来がどんなに輝かしいかを内外に力強く誇示した。党の指導のもと人民あげての決死の戦いが強力に展開される中、国の経済が本格的な上昇段階に入った」。
  また「人民経済の先行部門、基礎工業部門において生産が一段と高まり、工業部門全般が活性化した。寧遠(ニョンウォン)発電所や元山(ウォンサン)青年発電所、ミル原用水路、万寿台(マンスデ)通りの住宅のような先軍時代の記念碑的建造物が随所につくられた。南興(ナムフン)ガス化プロジェクトが完成し、重要な工場、企業の近代化が強力に推進された。昨年、農業生産と農村建設において目覚しい成果がもたらされ、数多くの協同農場が強盛大国の理想郷となり、紡織工業や食品加工業など軽工業部門の生産土台と潜在力が著しく強まった」とも総括した。

注:CNC技術とは数値制御(NC)をコンピューター制御に発展させたものだが、1970年代に日本で展示された北朝鮮のNC旋盤は使い物にならなかった。今回もCNC技術がいかなる水準のものかは、国際市場に出てこなければ分からない。主体鉄生産体系についても30年前から叫ばれてきたものであり、検証してみなければその内容は分からない。

 共同社説はこうした内容に基づいて「経済が本格的な上昇段階に入った」と規定した。「歴史的な飛躍を遂げるべき新たな革命的大高揚」を起こすとしていた内容が「経済が本格的な上昇段階に入った」程度では、あまりにも落差がありすぎる。またその数字はどこにも記されていない。いつものように「文章の中だけの躍進」となっている。
  2007年以降の共同社説を飾った「大躍進」や「転換」を表す用語には次のようなものがある。
・「一大飛躍」、「転換的局面」、「変革の年」(2007年
・「歴史的転換の年」、「新しい飛躍」(2008年
・「新しい飛躍の暴風雨時代にはいった」、「新しい革命的大高潮」の年」(2009年
・「民族史にこれまでなかった繁栄の全盛期が広がっている」、「国の経済が本格的な上昇段階にはいった」(2010年
  北朝鮮当局は、こうした「造語」によって国民を欺瞞し、いかにも北朝鮮経済が急速に発展しているかのごとく対外的宣伝を行なってきた。

2、また持ち出した「人民生活重視」のスローガン

 新年共同社説で北朝鮮は「党創立65周年を迎える今年、今一度軽工業と農業に拍車をかけ、人民の生活に画期的な転換をもたらそう」との題目を掲げ、 内政面では国民生活の暮らしに関係が深い軽工業と農業の生産拡大に力を入れる方針を再び示した。
  しかしこれまでも北朝鮮が人民を欺瞞するために「人民生活第一主義」や「農業、軽工業の発展」に言及したことは一度や二度ではない。2007年から2010年までの共同社説で「人民生活」や「農業と軽工業」に言及した内容を見ると次のとおりである。

2007年共同社説

・「今日の総進軍の主なる課業は、人民生活を早く高めることを優先させ経済の現代化のための技術革新を急ぎその潜在力を最大に発揮させることだ」
・「農業を天下の根本と捉え、人民の食の問題解決で画期的な前進を成し遂げなければならない」
・「軽工業革命の炎を激しく起こして人民消費品生産を決定的に高めなければならない」

2008年共同社説

・「人民生活第一主義を高くかかげていかなければならない。
人民生活第一主義には、峻厳な試練と苦難を乗り越えて来たわが人民に、豊かで文明的な生活を思いきり享受させ、人民大衆中心のわれわれ式社会主義の優越性を全面的に発揚させようとするわが党の確固不動の決心と意志が込められている。
われわれは共和国創建 60周年を迎える今年を人民生活向上で実質的な転換が起きるやりがいあるやって、喜びの年にできるようにしなければならない」

2009年共同社説

・「人民生活を高めるための闘いで決定的な転換をもたらさなければならない。
食糧問題を解決することは現実の切迫した要求だ。われわれはいかなることがあっても自力で食の問題を解決するという悲壮な覚悟を持って今年の穀物生産目標占領に総力を集中しなければならない」
・「軽工業部門工場、企業所と地方産業工場、可能なすべての単位で内部予備を動員して人民消費品生産を大々的に伸ばし、商品供給事業を改善して生活必需品に対する人民の需要を円満に保障しなければならない」

2010年共同社説

・「革命的大高潮の炎も高く人民生活向上で決定的な転換をもたらす一大攻勢を繰り広げること、これが今年の中心的闘いの方向だ。
われわれは 《党創建 65周期を迎える今年にもう一度軽工業と農業に拍車をかけて人民生活で決定的転換をもたらそう!》というスローガンを高く掲げていかなければならない」

 以上で分かるように、共同社説における「人民生活向上」は掛け声に過ぎない。「人民」はこの間、市場を通じて食の問題と生活用品の問題を自らの力で解決してきた。しかし金正日政権は昨年のデノミで、人民が自力で食の問題を解決し生活を向上させようとしている努力をもぎ取ろうとしている。

3、配給制の復活と雇用問題の解決がない限り人民生活の改善はない

 北朝鮮で「配給制」が復活し「雇用問題」が解決しない限り、「人民生活の向上」はありえない。新年の報道によると、平壌などで一時的な「高賃金」給付と「商品供給」で「人民生活向上」のショーを繰り広げているが、こうした手法で国民を最後までだましきることはできない。

*デノミ以後、北朝鮮の庶民層である炭鉱労働者や農民が新札で高額商品を購入するなど、平壌市内のデパートが労働者で混みあっていると、朝鮮総連の機関紙「朝鮮新報」が3日に平壌発で伝えた。新聞は「農民や坑夫を含め、重労働をする職場で働いている人の中に『高収入世帯』が多い」と伝え、「この人たちは(平壌第1デパートで)テレビや洗浄機(洗濯機)、冷凍庫(冷蔵庫)などの電気製品も購入している」と強調した。

 北朝鮮政府は、これまでも1990年代の中盤以降崩壊した「配給制の復活」と「商品流通の再掌握」を幾度となく試みてきた。それが2002年の「7・1措置」であり、「2005年の配給制復活措置」であった。しかしこうした政策は主観的なものであったためことごとく失敗した。もちろんそれは軍事偏重の経済政策がもたらしたものである。
  それでも韓国における太陽政策政権の10年間(1998年2月〜2008年2月)は、外部からの食糧と物資の支援もあり何とかしのいできたが、それも2008年の李明博政権の登場と2009年のオバマ政権の登場によって遮断された。
  北朝鮮では昨年大きな自然災害がなかったため穀物生産が472万トン(韓国側機関推定)に達したとの情報もあるが、それが事実としても最低必要量の600万トン(1日国民一人当たり700gとして)には達していない。北朝鮮政府が食糧問題を解決するには改革開放を行い農業を農民の手に戻す以外はないのである。
  次に軽工業の問題であるが、これは軍事優先の経済システムを改革しない限り浮上はありえない。
  すべての企業でまず解決しなければならないのはエネルギー問題、すなわち電力問題だ。工業の「食」である電力問題を解決しない限りいくらすばらしいスローガンを叫んでも問題は解決しない。北朝鮮の電力生産能力はせいぜい200万〜250万kW/hであるが、それは全体需要量の30%程度にしかならない。このうち有効電力の半分以上は軍需部門に取られている。
  こうした状態でどうして軽工業を発展させられるのだろうか?またせいぜい30%前後の工場稼働率でどのようにして勤労者の雇用を確保し全勤労者の賃金を保証することができるのか?また引き上げた賃金のコストをデノミに応じた製品価格にどう転嫁していくのか?どれを見ても疑問だらけである。
  一方資材供給の問題もある。資材が供給されない限り製品は出てこない。しかし資材の多くは軍事部門に優先的に回され、軽工業部門にはその残りしか回ってこない。こうした状況でいくら先端技術の確立を叫んで人民生活の画期的転換を語ってもそれは絵に描いた餅である。
  2012年までになんとしてでも統制経済を復元し、必至に「首領独裁の経済制度(過去の金日成時代のようにすべてを「首領さまのおかげ」と説明できる制度)」に戻そうとしているが、それはエネルギーおよび資金と物資の供給、そして何よりも勤労者の生産意欲の向上がない限り不可能であろう。

4、2010年も一歩後退戦術を続けざるを得ない北朝鮮

 前述したように北朝鮮は新年共同社説で「党創建60周年を迎え、軽工業と農業に拍車を掛け、人民生活における決定的な転換を実現しよう」との題目を唱えた。しかしこれは裏返して言えば、人民生活と国内の経済状況が公式発表とは裏腹に順調でないことをうかがわせるものでもある。
  また統制経済への引き戻しと体制引き締めを焦るあまり、昨年11月30日に強引に進めたデノミネーションに対する国民の反発も、簡単には収まりそうにない。それは交換限度額や交換期限を何度も変更していることからもうかがえる。
  北朝鮮は国内におけるこれら数々の問題によって、対米・対南(韓国)関係で引き続き一歩後退戦術を取らざるを得ない状況を作り出している。

1)朝米関係

 新年の共同社説で北朝鮮は「今日、朝鮮半島と地域の平和と安定を保障するうえでの根本問題は、朝米間の敵対関係を終息させることである。対話と協商によって朝鮮半島の恒久平和体制を築き、非核化を実現しようとするのはわれわれの一貫した立場である」と米国に対してこれまでになく宥和的姿勢をみせた。北朝鮮は米国との関係改善と、米朝両国におけるさらに高い次元での政府間対話を求めている。
  だが北朝鮮は「非核化交渉」の前提に「朝米間の敵対関係の終息」を提起している。すなわち「米朝国交正常化」よりも「朝米間の敵対関係の終息」を優先させることで、「核を保有したまま」米国と関係改善することを狙っているのである。
  これに対して米国は、ケリー米国務省報道官が1月4日の記者会見で、「朝米間の敵対関係終息解消」には言及せず、北朝鮮が今年の課題として「対話と交渉」を通じた核問題解決を挙げたことに関し、「言葉だけではなく、行動を期待している」と述べ、核問題をめぐる6カ国協議に実際に復帰するよう北朝鮮に求めた。
  「6ヵ国協議への復帰」が先か、それとも「朝米間の敵対関係終息」が先か、またはその同時進行なのか、この問題は2010年における米朝交渉の主要内容となるだろう。
  米国はまた、北朝鮮に対して「南北関係の改善」を二国間対話の前提条件として提示している。こうしたことから共同社説では韓国に対しても宥和的ジェスチャーを示した。この宥和的姿勢は、米国との対話のためだけではない。人民生活向上のための「農業」と「軽工業」の復活には韓国からの支援が必須だからである。

2)南北関係

 南北関係について共同社説は次のように主張した。
  「われわれは昨年、悪化した北南関係を改善し、祖国統一の画期的局面を開くため、主動的でおおような措置を講じながら誠意ある努力を傾けた。われわれが講じた措置は内外の大きな支持と共感を呼び起こし、北南間に対話と協力の雰囲気をもたらした。
(中略)
われわれは今年、「北南共同宣言の旗のもとに全民族が団結し、祖国の統一を一日も早く実現しよう!」というスローガンを掲げていくべきである。 北南関係改善の道を切り開いていかなければならない」

  この主張では珍しく李明博政権に対する非難はない。米国との二国間交渉を成功させるためにも、北朝鮮の農業と軽工業を復活させるためにも韓国との関係を改善しなければとの思惑からであろう。そこには逆転し始めた南北関係が反映している。
  これに対して韓国の李明博政権も肯定的反応を見せた。4日、李明博大統領は新年の国政演説で「今年、南北関係に新たな転機を整えなければならない」と述べ、南北間で常時対話ができる機関を設置することを提案した。また、今年は朝鮮戦争60周年であることから、「今年は北朝鮮と対話を通じて、北朝鮮に埋められている国軍勇士の遺骨発掘事業を推進する」という意志も明らかにした。
  「南北間で常時対話ができる機関の設置」については、2008年4月に訪米した時ワシントンポストと行ったインタビューで、ソウルと平壌に南北間常設連絡事務所を設置することを電撃的に提案している。
  だが当時、北朝鮮は労働新聞を通じて、「南北間『連絡事務所』の設置の問題は、言うなれば新しいものではなく、すでにかなり以前に南朝鮮の先任者が、南北関係を国と国どうしの関係にして、分裂を永久化させるための盾として掲げてきた」と主張し拒否した。
  そして李大統領のことを、「典型的な無識屋」「政治夢遊病患者」と呼び、「歴史の審判を受けて、ゴミ箱の中の汚い反統一の汚物をつかみ出して、そこから何かが生じるのではないかと妄想までするのか」と非難した。
  この件について今回再び李大統領が提案したが、北朝鮮がどう対応するかが注目される。
 北朝鮮共同社説の宥和的対応と韓国側の肯定的評価によって、昨年水面下で行なわれた「南北首脳会談」準備の秘密接触が今年は公然化する可能性が出てきている。李明博政権にとってもそろそろ南北関係進展の成果がほしいからだ。また北朝鮮の非難攻勢を耐え抜き、南北関係の主導権を取り戻したとの自信もその背景にある。
  昨年末に発表された統一研究院の「2010年北朝鮮および南北関係情勢展望報告書」は、「来年(2010年)上半期以降、南北首脳会談が開催される可能性がある。場所はソウルでなくても、板門店(パンムンジョム)か開城(ケソン)・都羅山(トラサン)地域が考慮されるだろう。首脳会談は、核問題と南北関係の新たな突破口を開くために必要だ。経済難と後継構図の構築など様々な理由で時間に追われる北朝鮮の立場では、南北関係を硬直局面にのみ引っ張ることはできないだろう」と分析していた。
  統一部の玄仁沢長官も4日、同部の仕事始め式で、「2010年は統一部にとって機会と挑戦の年になる」とした上で、正しい南北関係に対する国民の期待が一層高まり、北朝鮮核問題の解決や南北関係発展の重要な転換点を迎えるだろうと述べた。
  今年の南北関係は、これまでになかった変化と複雑な状況が入り交じった展開となる可能性が高い。南北双方にそれぞれ動機があるためだ。それ故、より大きなチャンスをもたらすことも考えられるが、その一方でさらに危機的な状況を引き起こす可能性もある。窮地に陥れば北朝鮮側がいつでも強硬策に転換する可能性があるからである。そうなれば年後半に、北朝鮮によるテポドン3の発射や第3回核実験もありうる。
  韓国政府は、こうしたことを踏まえ対北朝鮮対応を慎重に進める必要がある。「南北首脳会談」の実現を政権維持の道具としたり、それ自体をゴールに設定するのではなく、北朝鮮に核を放棄させ改革開放へと導くテコとして活用していかなければならない。
  2010年の朝鮮半島情勢は、これまでどおり米朝関係が軸となるが、それとともに南北関係の変化が大きく作用すると予測される。

 
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