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北朝鮮の砲撃―韓国は北朝鮮の挑発を阻止できるのか

コリア国際研究所 南北関係研究室
2010.12.18

 11月23日午後2時過ぎ、北朝鮮は黄海(西海)上の軍事境界線と位置付けられる北方限界線(NLL)に近い延坪島(ヨンピョンド)一帯に無差別砲撃を行い、民間人2名を含む4名を殺害し、軍人と民間人10数名に負傷を負わせただけでなく、民家にも甚大な被害を与えた。1953年の停戦協定以後これまで韓国領土に北朝鮮の砲弾が着弾した前例はなく、韓国政府と国民は「衝撃的かつ深刻な状況」との反応をみせている。

1、延坪島(ヨンピョンド)砲撃の背景とねらい

 この北朝鮮の無差別砲撃は、韓国軍が延坪島の沖合いで11月22日から実施していた「護国訓練」に対する反発という形をとっているが、その内実は北朝鮮の「NLL紛争化戦術」によって準備された金正日政権による確信犯的犯行である。
 この背景には、
 @昨年11月30日の「デノミの失敗」と、国際社会の「経済制裁強化」による北朝鮮の食料、エネルギー、外貨不足の深刻化がある。
 Aまた金正恩を後継者とする3代世襲体制が国民の絶対的支持を得られず、むしろ国内体制を引き締めなければならない状況となり、強い北朝鮮、強い後継者を見せ付ける必要に迫られたこともあるようだ。
 Bそして2012年の「強盛大国」実現で果たさなければならない「経済再生」がほぼ絶望状態となる中で、対外的にはなんとしてでも南北関係と対米関係のこう着状態を突破する必要があった。
 これまで隠蔽し続け、欺瞞し続けていたウラン濃縮施設までも公開する行動に出たのも、こうした苦境をなんとしてでも打破しようとした焦りが関係しているものと推察される。
挑発をエスカレートさせる北朝鮮のねらいは、
 一言で言って李明博政権を「太陽政策」に戻し、米朝関係を2000年の「米朝共同コミュニケ」のレベルに戻すところにある。
この目標を達成するまで北朝鮮の挑発は続くものと思われる。

2、予測されていた直接挑発

 日本で「金賢姫元死刑囚」歓迎騒動が繰り広げられている最中、韓国では歴史上初めて米国の国務長官、国防長官と韓国の外交通商部長官および国防長官との「2プラス2会議」が持たれ(7月21日)、北朝鮮による天安艦沈没後の情勢分析と韓米同盟強化の方策が討議された。
 この2プラス2の背景には、朝鮮半島情勢に対する米韓両国の新たな情勢認識がある。それは一言でいって、「北朝鮮が、韓国に対する直接攻撃の時代に入った」というものだ。
 米国の16情報機関を統括する国家情報長官に指名されたクラッパー国防次官(情報担当)は7月20日、上院情報特別委員会の公聴会に提出した答弁書で、北朝鮮が韓国への直接攻撃で目的を果たそうとする「危険な時代」に入ったようだと述べた。
 同氏は答弁書で、「ことしの北朝鮮による挑発行為(韓国哨戒艦撃沈事件)から得た最も重要な教訓は、北朝鮮が対内・外の政治目的を進展させるため再び韓国に直接攻撃を加えるという、危険な新時代に入った可能性があるという事実を悟らせたことだ」と分析。その上で、「北朝鮮の軍事力は決して軽視できない脅威をもたらしている」と指摘した(聯合ニュース2010/07/21)。
 しかし韓国軍はこの情勢分析を深く読み取れずヨンピョン島に砲撃を受けた。金泰栄国防長官の辞表は即時受理され、12月4日には新国防長官が任命された。

3、自衛権での対応を強調する新国防長官

 李明博大統領は12月4日、金寛鎮(キム・グァンジン)元韓国軍合同参謀本部議長を国防長官に任命し、軍の刷新と今後の対応をまかせた。金氏は陸軍士官学校卒。合同参謀本部作戦本部長などを歴任し、2006〜08年に合同参謀本部議長を勤めた軍人だ。
 金長官は6日に行われた記者懇談会で、「北朝鮮が先に挑発したときは自衛権のレベルで対応する。これに関する長官指針が下達された」と述べた。そして自衛権は敵が先に挑発した場合に対応することを意味すると説明した。また、「自衛権は交戦規則の必要性・比例性の原則が適用されない」とし、敵の挑発意志がなくなるまでが自衛権行使の範囲になると強調した。米国も、韓国政府の決定を尊重する姿勢だ」と述べた。
 12月6日にワシントンで行なわれた米韓日外相会談でも、こうした韓国の対応に米日外相は理解を示したようだ。金星煥(キム・ソンファン)外交通商部長官は共同記者会見で、「私たちは、北朝鮮が追加挑発をする場合、深刻な結果(severe consequences)に直面するという認識を共有した」と述べた。
 これと関連し、韓国軍合同参謀本部の韓民求(ハン・ミング)議長と米軍統合参謀本部のマレン議長ら韓米軍首脳部は8日午前、緊急会合を行い、韓国軍の自衛権行使問題などを集中的に討議した。

4、克服できるか韓国の平和ボケ

 新国防長官は、今後北朝鮮の挑発に対しては「自衛権」を発動して対処するとしたが、こうした強硬策は、韓国軍と国民の安保意識がしっかりしていなければ、むしろ緊張を激化させるだけで北朝鮮を利することにもなりかねない。「自衛権」行使のカギは、金大中・盧武鉉政権の「太陽政策」によって蔓延している韓国社会の「平和ボケ」をいかに克服するかにある。

1)将校のサラリーマン化

 「武人精神」を失い、いわゆる「サラリーマン」へと転落した韓国軍について、哨戒艦「天安」沈没事件と延坪島砲撃での対応を通して、幾つかの問題点が表面化した。
 ・11月23日に延坪島が砲撃された際、会議で軍指導部は、"今回の攻撃は停戦協定、南北基本合意書、国連憲章などに違反する行為だ"と説明するだけだった」「砲弾がわが国の領土に撃ち込まれたという非常事態にもかかわらず、協定違反に関する話しか出なかった」と述べた。
 ・天安の艦長は当初、「魚雷にやられたようだ」と報告した。ところが上層部はこれを無視し、沈没原因を究明するのに2カ月以上を費やした。
 ・また延坪島砲撃の際も、北朝鮮は砲撃当日の朝から、韓国軍による射撃訓練に対して脅迫めいた声明を何度も発表していた。しかし軍は、「まさか民間人が住む島を砲撃することはないだろう」と安易な態度を取り続けていた。
 ・全国に31カ所ある軍関係者用ゴルフ場は、週末だけでなく、平日も予約で一杯だ。
 ・部隊の運営方針の下、現場の指揮官が特に力を入れているのは、「強力な軍隊の育成」ではなく、「事故の予防」だ。自殺や銃器による事故が起きれば、進級に致命的な影響が及ぶからだ。
 ・組織の行政化も進み国防部や合同参謀本部だけでなく現場でも、最も重要な仕事は報告書の作成となっている。
 先月23日に延坪島が砲撃された際、地下の防空壕で行われた対策会議に出席した大統領府の複数の関係者は、実際の戦闘状態に直面した軍指導部の態度に驚いたという。大統領府の関係者の一人は、「会議で軍指導部は、"今回の攻撃は停戦協定、南北基本合意書、国連憲章などに違反する行為だ"と説明するだけだった」「砲弾がわが国の領土に撃ち込まれたという非常事態にもかかわらず、協定違反に関する話しか出なかった」と述べた。また別の出席者は、「普通は攻撃を受ければ軍が強硬な対応を主張し、大統領がそれを抑えるものだが、わが軍は本当に慎重だった」と語った(朝鮮日報2010/12/02)。

2)戦争を恐れる兵士

 ・江原道内の後方部隊に所属するB一等兵は、「実際に戦争が起きたら、どのように戦うのか漠然としていて想像できない」と語った。
 ・12月1日午後、兵役期間最後の休暇をもらい、ソウル駅から故郷に向かう列車を待っていたA兵長は、「定期休暇もなくなったらどうしようかと心配した。(徴兵で)兵役に就いている兵士たちの気持ちは、みんな同じだと思う」と話した。

3)「タガ」が緩んだ情報当局

 1日、国会情報委員会で「今年8月に傍受により(北朝鮮による)西海(黄海)5島攻撃計画を確認していたのでは」という議員の質問に、元世勲(ウォン・セフン)国家情報院長は「そのように分析した」と答弁した。北朝鮮による延坪島砲撃3カ月前にその兆候を把握していたということだ。
 韓国軍も、砲撃二日前に北朝鮮軍第4軍団が所属の122ミリロケット砲(多連装ロケット砲)1個大隊を黄海道カンリョン郡ケモリ基地に移動配備し、射撃準備を進める動きをしていたことをキャッチしていた。国情院は砲撃3カ月前、韓国軍は砲撃直前に、北朝鮮軍の異常な動きを把握していたことになる。
 しかし、誰も北朝鮮による延坪島砲撃を予見できず、事前の備えもできなかった。このため、「韓国情報当局の北朝鮮情報判断力は不十分、あるいは緩んでいたのでは」と指摘する声が上がっている。元情報当局者は「情報判断で最も恐ろしいのは『まさか』と思うこと。第2次世界大戦でも、米軍が『まさか』と思っている間に真珠湾が攻撃された」と話す。
 問題は、こうした状況が繰り返されているということだ。今年3月の韓国海軍哨戒艦「天安」沈没事件でも、韓国軍は魚雷で攻撃される約15時間前に北朝鮮の潜水艇などが消えたことを確認していた。しかし、国防部の金泰栄(キム・テヨン)長官は「当時の情報判断状況では、深刻に考えていなかった」と述べ、韓民求(ハン・ミング)合同参謀本部議長は「北朝鮮の潜水艦艇は1年中(所在などが)分からない日がかなり多い」と語った。「まさか」と考えたのだ(朝鮮日報2010/12/02)。

4)北朝鮮の危険性を教えない学校教育

 朝鮮日報が11月29、30日の両日、韓国教員団体総連合会(教総)と共同で、ソウル市内の小・中・高校生(小学生は5・6年生のみ)1240人を対象に、国家観や安全保障観について問うテストを実施したところ、延坪島砲撃事件が北朝鮮による挑発だということを知らなかったり、韓国の軍事演習が事件の引き金になったと答えるなど、事件の本質を十分に理解していない児童・生徒が全体の43%を占めた。
 こうした結果について専門家らは、過去10年間、学校現場で国家観・安全保障観に関する教育が行われなくなり、一部の教師たちが親北・反米的な偏った偏向教育を行ってきたためだ、との見方を示した(朝鮮日報2010/12/02)。

 5)はびこる北朝鮮支持勢力

 親北・従北勢力は、左派が政権を握っていた10年間で、太陽政策の産物である「安全保障不感症」を利用して徐々に勢力を拡大し、今や韓国の体制崩壊を狙うまでになった。2000年以降、大法院(日本の最高裁判所に相当)によって利敵団体の判決を受けた団体は、南北共同宣言実践連帯(実践連帯)、韓国青年団体協議会、祖国統一汎民族連合(汎民連)韓国本部、韓総連、進歩と統一を訴えるソウル民主労働社会(ソ民労会)など15団体に上る。
 今年7月に利敵団体の判決を受けた実践連帯は、2006、2007年に「社会統一と平和分野」の民間団体支援事業体に選ばれ、2年間で6000万ウォン(現在のレートで約440万円)の補助金を政府から受け取った(朝鮮日報2010/12/04)。
 北朝鮮の体制を礼賛する従北勢力の行動は、エスカレートするばかりだ。
 韓国進歩連帯の常任顧問韓相烈(ハン・サンリョル)は、今年6月12日に無断で北朝鮮を訪問し、2カ月にわたり滞在、その間、「李明博こそが哨戒艦『天安』沈没で犠牲者を出した殺人の元凶」と非難する一方、金正日総書記については「豊富なユーモア、知恵と決断力、明るい笑顔が実に印象的だった」と美化した。
 進歩連帯のほか全教組(全国教職員労働組合)なども強力な北朝鮮支持勢力だ。約40万人の教員の15%を占める全教祖は、豊富な資金力と強力な組織力で児童生徒の中に新北朝鮮情緒を植えつけている。
 以上で見たような「太陽政策」の後遺症を克服せずに、果たして「自衛権の行使」という強硬策が効を奏するのだろうか。北朝鮮に対する自衛権の行使は、韓国社会に根を張る親北朝鮮・従北朝鮮勢力を克服してこそその真の効果が得られるのである。

*         *         *

 北朝鮮の延坪(ヨンピョン)島砲撃への対抗措置として11月28日から実施されていた米韓合同軍事演習は12月1日に全日程を終了した。米軍が原子力空母「ジョージ・ワシントン」を西海(黄海)に初めて投入した今回の演習には米軍の約6400人、韓国軍からは約900人が参加した。米軍は空母以外にイージス艦など計5隻、韓国軍もイージス艦「世宗大王」など6隻を投入した。両軍は艦艇、艦載機と連携し、潜水艦や航空戦力、ミサイルによる奇襲的な攻撃を素早く探知、反撃する戦術の習熟に努めた。この演習に続き、米韓は年内か来年の早い時期をめどに、再度の合同演習を行う方向で協議している。
 また、韓国軍は独自に6日から12日まで北方限界線(NLL)近くの海域を含まない海上29カ所で対艦砲発射訓練を行った。そして引き続き13日から17日まで通常の海上射撃訓練(27ヵ所)を行い、18日から21日の間の1日をNLL近くで実施すると発表した。
 こうした演習が北朝鮮の挑発に対する「抑止」となることは間違いない。しかしより重要なのは韓国国民の安保意識の強化である。「太陽政策」の後遺症である「平和ボケ」を1日も早く克服することこそが北朝鮮に対する最大の抑止力であることを肝に銘じるべきだ。

以上

 
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