2012年の総選挙・大統領選挙の前哨戦と位置づけられている韓国の再・補欠選挙の投票は、4月27日午前6時から午後8時まで全国38選挙区で実施された。国会議員補欠選挙では京畿道盆唐(プンダン)乙選挙区で民主党が、慶尚南道金海市の金海乙選挙区では与党ハンナラ党が、全羅南道順天市選挙区では、北朝鮮に追随する民主労働党が全羅道で初めて議席を確保した。また江原道知事選でも事前予想を覆して民主党が勝利し、ハンナラ党の惨敗に追い討ちをかけた。
同時に行なわれた基礎自治体首長選挙では、ソウル市中区、蔚山市中区でハンナラ党、江原道襄陽(ヤンヤン)郡、全羅道和順(ファスン)郡で民主党、忠清南道泰安郡で自由先進党、蔚山市東区で民主労働党がそれぞれ勝利した。
今回の再・補欠選挙投票率は43.5%とこれまでの最高を記録した。
1、選挙結果はハンナラ党の惨敗
最も注目された京畿道盆唐(プンダン)乙選挙区の与野党新旧党首対決では、民主党の孫鶴圭(ソン・ハクキュ)氏が得票率51.00%で、48.31%を獲得したハンナラ党の姜在渉(カン・ジェソプ)元代表を抑え勝利した。
またハンナラ党地盤の江原道でも、民主党の崔文洵(チェ・ムンスン)候補が得票率51.05%で、46.63%を獲得したハンナラ党の厳基永(オムギヨン)候補を破り、道知事に当選した。
ハンナラ党は、故盧武鉉大統領の地元である慶尚南道金海市の金海乙選挙区で金台鎬(キム・テホ)元慶尚南道知事が得票率51.01%で当選し、かろうじてメンツを保った。
しかし、国会議員選挙で同党が一度も負けたことがない大票田とされていた盆唐区で、現役議員100人を動員した総力戦で敗北したことは、江原道知事選での敗北ともどもハンナラ党に大きなショックを与えており、李明博政権のレイムダック化を避けられないものとした。
一方、敵陣の盆唐で勝利した民主党の孫代表は、今回の勝利で野党の有力な次期大統領選候補に急浮上する見通しだ。それとは対照的に、金海で野党統一候補を擁立しながら破れた国民参与党の柳時敏(ユ・シミン)代表は、次期大統領選に向けた野党統一候補レースで大きく後退した。
孫代表率いる民主党は今回の勝利を追い風に、政局の主導権を握り来年4月の総選挙と12月の大統領選挙に向けて党勢拡大を図るとみられる。
対応を迫られる李明博大統領
ハンナラ党の惨敗を受けて李明博(イ・ミョンバク)大統領は党執行部の再編と同時に、大統領府や内閣の顔ぶれ、とりわけ経済政策の司令塔を交代させ「話が通じない政府」という汚名を一日も早く返上することが求められている。
李大統領大統領が、早ければ数日中にも経済部処(省庁)を中心に5部処ほどの長官を入れ替える見通しだ。
長官の交代が議論されているのは、企画財政部、国土海洋部、農林水産食品部、環境部、統一部など。企画財政部長官はペク・ヨンホ大統領府政策室長、ユン・ジンシク・ハンナラ党議員のいずれかになる見通しだ。国土海洋部長官には崔在徳(チェ・ジェドク)元建設交通部次官、金建鎬(キム・ゴンホ)韓国水資源公社社長など、農林水産食品部長官には洪文杓(ホン・ムンピョ)韓国農漁村公社社長、柳性傑(リュ・ソンゴル)企画財政部第2次官などの名前が挙がっている。統一部長官は柳佑益(リュ・ウイク)駐中国大使が、環境部長官は朴勝煥(パク・スンファン)韓国環境公団理事長や朴錫淳(パク・ソクスン)梨花女子大学教授などが有力とみられる。
李大統領は、大統領府の再編は考えていなかったとされるが、与党側で再・補欠選挙の責任論が強く提起された場合は、一部の部署責任者を更迭する可能性もある。その場合、内閣改造の日程が遅れることもあり得る(朝鮮日報2011/04/28)。
2、ハンナラ党敗北の背景
1)富の二極化と韓国中産層の崩壊
1998年のIMF危機以降広がった韓国での所得格差は、李明博政権の下でも進行した。
4月25日の韓国国税庁発表によると、総合所得税申告者のうち上位20%の1人当たりの所得額は99年の5800万ウォンから09年には9000万ウォン(約700万円)と10年間に55%も増えた。一方、下位20%の1人当たりの所得額は同じ期間、306万ウォンから199万ウォンへと54%も減った。上位20%の所得が下位20%に比べて45倍も多いのだ。総合所得税は事業・不動産・賃貸・利子などのさまざまな所得を合わせて課税する税金で、自営業者など個人事業者が申告者の大半を占める。
階層別の所得比率を見ると、二極化はさらに克明に表れる。09年の総合所得税申告者の総所得金額は90兆2257億ウォンだった。このうち上位20%の所得金額は64兆4203億ウォンで全体の71.4%にのぼる。これに対し、中間層の上位40−60%所得者は7.7%、60−80%は4.3%、下位20%は1.6%にすぎない。これに関し国税庁は「08年から勤労所得奨励税制(EITC)制度が導入され、その間所得申告をしなかった低所得自営業者が申告をし、下位層が大きく増えた」と主張した。しかし専門家は構造的な問題を指摘していている。零細自営業者が600万人にのぼるほど多いうえ、産業部門間の生産性の格差も大きいということだ。
二極化は会社員も同じだ。09年に勤労所得税を納付した年末調整者の総給与額は315兆7363億ウォンだった。このうち上位20%の所得が131兆1652億ウォンで41.6%を占めた。半面、下位20%の給与は25兆2242億ウォンで全体の8%にとどまった。高麗(コリョ)大経営学科のカン・スドル教授は「非正規職の増加と租税政策の失敗が所得不平等を深めた」と述べた。
この二極化の一断面が無償給食で代表される保守・進歩陣営間の福祉論争だ。二極化の深化による市民の福祉要求に対応し、民主党が「無償福祉シリーズ」(無償給食・無償医療・無償保育・半額大学登録金)を出し、ハンナラ党はこれを「税金爆弾シリーズ」と批判したことがある。経済能力に関係なくすべての国民に普遍的な福祉の恩恵を与えなければならないというのが野党陣営の主張だが、保守陣営は貧困層を中心に福祉政策を限定し、残りの財源を経済成長と雇用創出に使うべきだと反論している(中央日報、2011.04.26)。
こうした所得格差の拡大は中産層に打撃を与えハンナラ党に対する批判として噴出している。その典型的例が盆唐(プンダン)でのハンナラ党の敗北だ。
20代から40代のスーツ姿のサラリーマンたちは出勤前、あるいは帰宅途中に投票所に長い列を作ったが、この風景から、若い世代が今回の選挙にどのような思いで投票に臨んだかを読み取ることができる。とりわけ盆唐乙での投票率は49.1%で、これは2008年4月の国会議員総選当時に比べて3.9%高かった。ハンナラ党は多くの高齢者が自ら投票所に向かっているという知らせに安心し、多くの若者が投票所に出向いているという知らせにはため息をついた。これは今回だけでなく、過去の選挙でも同じように繰り返されてきたことだ(朝鮮日報社説2011/04/28)。
2)人材不足と政策不在
ハンナラ党の人材不足も今回の敗北の背景にある。政策がなく左派への警戒感だけで選挙民からの支持を得ようとした。遊説で姜在渉候補は「大韓民国を揺るがす勢力とは、最後まで戦って勝つ」と述べ、さらに「中産層が多く住むこの選挙区でハンナラ党が敗れると、来年の国会議員選挙や大統領選挙でも左派に敗れる」という理念的論理を前面に打ち出し、自らへの支持を訴えた。しかし、今回も国民、特に若い有権者が最も関心を寄せる所得格差の是正や生活安定策については何ら具体的政策を掲げなかった。
ハンナラ党は1年前の統一地方選(2010・6)で大敗した直後「敗北と反省の記録」と題した白書を取りまとめた。その中でハンナラ党は「有権者の思いをしっかりと読み取れなかった」とした上で、選挙での具体的な敗因として▲増え続ける貧困層からの反発▲20代〜40代からの支持喪失▲候補者選定の際のいざこざなどを挙げた。しかし、今回の選挙結果に関して複数のハンナラ党関係者が語る敗因も、実のところこれらとほとんど変わっていない。
ハンナラ党の首都圏選出議員たちは、盆唐区での敗北を受け、パニック状態に陥っている。同党の首都圏選出議員は計81人で、小選挙区選出議員(149人)の54%を占める。同党の議員たちの間では、この勢いが来年の総選挙まで続いた場合、ソウル・江南地区など一部の地域を除けば、同党が首都圏で「全滅」するのではないかという危機感さえ広がっている。
ハンナラ党は28日、再・補欠選挙で敗北したことを受けて安商守(アン・サンス)代表を含む最高委員が全員辞任すると明らかにした。同党は今後の政局および党運営に支障が出ないよう非常対策委員会を設置することも決めた。しかし人材難と政策の貧弱さをそのままにして辞任と「対策委員会」を繰り返してもそれは気休めに過ぎない。
今回の国会議員再・補欠選挙で同党が敗北したことにより、李明博(イ・ミョンバク)大統領の任期終盤の国政運営や南北関係にも少なからぬ影響が及ぶことが予想される。
3)慢性化している党内内紛
ハンナラ党内での候補者選定の過程を見ると、「情けない」という声が党の内部からも聞こえてくるほどだ。盆唐乙選挙区では大統領の秘書室長と特任長官が、それぞれ別の候補者を推すかのうような行動を取り、さらに第3の人物まで登場するなど、党内での主導権争いは一向に収まる気配が見られなかった。
このような深刻な状況にありながら、大統領の最側近として大きな力を持つといわれている李在五(イ・ジェオ)特任長官は、自分に近い議員グループを2回も招集して結束を固め、朴槿恵(パク・クンヘ)元代表は今回も遊説に姿を現さなかった。このようにそれぞれのグループが自分勝手に動くことで、ハンナラ党の内部分裂の深刻さが改めて浮き彫りとなっている。
3、選挙結果を歓迎する金正日政権
今回の選挙結果は金正日政権に力を与えた。それは北朝鮮の手足となる民主労働党が民主党との選挙協力によって全羅道で始めて当選し、院内交渉団体としての地歩を一歩進めたからである。2012年をめざし再び太陽政策政権の樹立を狙う北朝鮮にとってこれは大いに勇気付けられる出来事だ。
民主労働党は韓国で唯一北朝鮮の手足となる政党だ。ある面で合法化された北朝鮮政党だと言っても過言ではない。それゆえ北朝鮮人権法の制定にも断固反対の姿勢を貫いている。しかし、韓国の一般国民はそう考えていない。韓国の憲法の下で活動している左翼政党・労働者の党ぐらいに考えている。まさか北朝鮮と一脈通じた政党とは考えていないのだ。
民主労働党に対して最も危惧を抱いているのは過去に「主体思想」を信じていた人 たちだ。民主労働党と袂(たもと)を分けた進歩新党の人たちも、北朝鮮に従属する民主労働党は韓国労働者の真の味方ではないと考えている。
民主労働党の当面の目標は、2012年の総選で院内交渉団体になることであり、2012年の大統領選挙で民主党と連立政府を構成しキャスチングボードを握ることである。そして太陽政策を復活させ北朝鮮が主張する「連邦制」を実現しようとしているのだ。
順天(スンチョン)選挙区での民主党との選挙協力は、2012年総選の連合可能性を大きくした。民主党が大統領選挙で勝利するための600万票獲得のため民主労働党票に目がくらんだ結果である。この戦術が金正日から出ていること言うまでもない。
今回カーターを招待しておきながら会おうともしなかったことや、空港に向かったカーターを呼び戻して「南北首脳会談開催」のメッセージを伝えたのも、その背景には今回選挙での野党共闘の成功が関係しているかもしれない。
以上