米国のグリン・デービス対北朝鮮政策特別代表が12月6日から15日まで韓国、日本、中国を訪問する。デービース氏は7日にソウルを訪れ、11日に東京、13日には北京を訪れる。各国で政府高官らと会談し、朝鮮半島問題について意見を交換する。また、今回の歴訪にはハート6カ国協議担当特使も同行している。仁川国際空港に到着後デービース代表は、「米朝協議の再開の可否は非核化へ向けた北朝鮮側の行動にかかっている」と強調した。
デービース代表は韓国には7〜11日まで滞在する。8日に6カ国協議韓国首席代表を務める林聖男(イム・ソンナム)朝鮮半島平和交渉本部長と行った会談では、「対話のための対話はしない」というこれまでの韓米のスタンスを再確認するにとどまった。デービース氏は会談後、「南北間対話が活発になることを期待する。対北朝鮮政策で米韓は協力していく」と述べたが、年内の米朝高官協議実施を米国が積極的に推進していくという趣旨の発言は出なかった。
この会談でデービス特別代表は、特に最近問題となっている寧辺(ヨンビョン)軽水炉問題や先週北朝鮮から帰国した米専門家グループから得た北朝鮮情報に基づいて今後の交渉方向を具体的に議論したものと見られる。
*米国の核・北朝鮮問題専門家らが12月3日、5日間の訪朝日程を終えて経由地の北京に到着した。訪朝していたのはクリントン政権時代に北朝鮮との交渉などを担当したジョエル・ウィット氏や米科学者連盟(FAS)のファーガソン会長ら。北朝鮮側が寧辺(ニョンビョン)で建設しているとされる実験用軽水炉現場を公開する可能性も指摘されていたが、ファーガソン会長は北京空港で記者団に「(寧辺には)行っていない。今言えるのはそれだけだ」と語っただけだった。
1、ウラン濃縮問題をめぐりかみ合わない米朝の主張
この会談に先立ち北朝鮮外務省は11月30日、報道官談話を発表し、北朝鮮が進める軽水炉建設とウラン濃縮について「核エネルギーの平和利用の権利はわが国の自主権に関する死活的問題としていささかも譲歩できず、何をもってしても代えられない」と主張。改めてウラン濃縮を「平和的核活動」であると強調した。
談話では「試験用軽水炉の建設と、その燃料の低濃縮ウラン生産が急速に進められている」とし、「(核開発を)無制限に遅らせようとする(外国の)試みは、断固かつ決定的な対応措置を招くことになる」と警告している。
談話ではまた、「前提条件なしに6カ国協議を再開し、同時行動原則に基づいて段階的に(非核化を)履行していく準備が整っている」とも述べ、改めて6カ国協議無条件再開を求めた。
しかし北朝鮮のウラン濃縮をめぐっては、米韓日が6カ国協議再開の条件として即時停止を要求している。米韓は、11月30日に釜山で開かれた外相会談でもこの方針を確認している。
ウラン濃縮問題と共に6ヵ国協議再開の条件である南北関係改善についても北朝鮮は12月4日、祖国平和統一委員会の報道官が朝鮮中央通信記者の質問に答え、「幼稚な言葉遊びにすぎず、対決姿勢を根本的に変えない限り北南関係改善はない」と非難した。
2、「北朝鮮は最初から核放棄の考えはなかった」
こうした最中、6カ国協議で最初(盧武鉉大統領当時)の韓国首席代表を務めた李秀赫(イ・スヒョク)氏が「北朝鮮は現実だ」(21世紀ブックス)を出版し、「北朝鮮は最初から核放棄の考えはなかった」と明らかにした。
この本の出版に際し、李秀赫氏は中央日報とのインタビューに応じた(2011年11月30日記事)が、その内容は以下のとおりである。
―北朝鮮が核を放棄しないのなら、6カ国協議は何なのか。
「自責の念に駆られる。 その間ショーをしたのかということになるからだ。 実際、会談初期の2年間は核放棄を期待した。 当時は核実験もせず、廃棄しなければ米国の制裁が強まることを北朝鮮も知っていた。2次核危機の原因である濃縮ウランも北朝鮮は米国の操作だと否定していた。 さまざまな情報が濃縮を裏付けていたが、それでも展望はあった。 6カ国協議の北朝鮮首席代表の金英逸(キム・ヨンイル、1次)、金桂寛(キム・ケグァン、2次)の態度に、以前の韓・朝・米・中4者会談当時とは違って誠意が見られた。 私たちの発言に傾聴し、助詞ひとつ直さず平壌(ピョンヤン)に報告すると言った。 私たちは北朝鮮の外務省が聞けない話もした。例えば1次会談当時、北朝鮮は米国との不可侵協定締結を主張した。 それで『米国が不可侵協定を結んだ事例はない。 政府がしても上院が批准しない』と話した。 北側はうなずいて、その話は消えた。 ところが2度の核実験後、外交交渉ではだめだ、北朝鮮は核兵器を生存に不可欠なものと考えているという判断に至った。 私が国家情報院(国情院)海外担当第1次長を務めた時期は最初の核実験の後だが、南北間で合意があったものの、悲観的な感じがし始めた」
―北が変わった理由は何か。
「北朝鮮が変わったのではなく、私たちが北朝鮮は変わると考えていたのだ。 振り返ってみると、北朝鮮は当初からそういう考えはなかった。 核実験を2度した国に核放棄を期待するのは難しい」
―北朝鮮の核実験に私たちが違った対応をしていれば変わっていただろうか。
「振り返ってみると、盧武鉉(ノ・ムヒョン)政府が深い省察をしなかった。私たちの措置がもたらす結果について熾烈に悩んだ後、対応しなければならなかったが、責任者らがそれほどの重みを感じていたか分からない。政府は一時的・国内的な措置をし、安保理の制裁に心血を傾けたが、2度目の核実験を防ぐのに全く役立たなかった。6カ国協議首席代表も交代し、少し痛みが伴っても断固たる対応をするべきだった。‘北朝鮮に報復すれば戦争が起きる’という考えは私たちには足かせだ。核の危険性を考えれば、国民の間に被害を甘受するコンセンサスがあればいい。指導者の断固たる態度もなければならないが、危機を迎える度にそれを見せられず、北朝鮮がそれを弱点とみている」
―国家情報院(国情院)第1次長当時、核関連のことはしなかったのか。
「当時は北朝鮮のバンコ・デルタ・アジア(BDA)口座を閉鎖する問題、アフガニスタン事態で慌しかった。実際、米国がBDAにオールインするのは不便だった。それが核問題に代わるものなのか。私が首席代表当時も、米国は麻薬、偽札問題をイシュー化しようとした。そうすれば北朝鮮が6カ国協議を拒否する可能性があり、核問題にオールインする可能性があった」
―当時、米国内の事情が核問題の解決をこじれさせた点があったようだ。
「当時、ネオコンと穏健派の争いが深刻だった。 北朝鮮軽水炉問題でサンフランシスコで韓米間に激論が行われた時、こういうことがあった。米国は『北朝鮮の軽水炉には未来がない』と宣言しようとした。北朝鮮が疑わしいから、今後、軽水炉の平和的利用も防ぐということだ。私たちは反対した。韓国はすでに17億−18億ドルを投じていた。穏健派のケリーはワシントンと調整してみると言ったが、ワシントンに到着する前にネオコンのジョン・ボルトン国務次官(軍縮担当)が『北朝鮮軽水炉の未来はない』と宣言してしまった。 交渉に難しい点が多かった」
―それなら北朝鮮の核と共存しなければならないが。
「すでに私たちは北朝鮮の核を頭に載せている。 6カ国協議も今は開かれていない」
―著書で中国は解決に役立たないと主張した理由は。
「中国が北朝鮮を扱うには限界があり、思い通りにならない。初期の現場で中国の姿は、北朝鮮の非核化に別の考えがあるようには見えなかった。 反北朝鮮情緒が多かった。1次核危機、ジュネーブ交渉、4者会談でもずっとそうだった。 私的な席でも‘北朝鮮が韓国に統一されるべきだ’‘北朝鮮体制に同意できない部分がある’と話していた。ところが北朝鮮は扱いが難しかった。 6カ国協議の期間、私は中国首席代表の王毅と北朝鮮代表の金桂寛を説得しようと訪ねた。しかし金桂寛は王毅に扉も開かず、部下職員に『面談を拒否する』という言葉を伝えさせた。中国が韓国と手を組んで核廃棄を要求するのを嫌い、恐れる姿だった。時には中国が屈辱的だと感じるほど北朝鮮が反発した」
―中国は最近、完全に北朝鮮寄りだ。
「中国は力が強まり、米国が弱くなるほど、北朝鮮の効用性を実感し、価値を高く評価しているようだ。 韓国は何かと米国と一緒に動く。 ところが韓国の主導で統一し、人口7000万人の自由民主主義国家が隣にできれば、韓国と米国の影響力のために複雑になる。 それで現在の北朝鮮が厄介でも隣にあることが重要になる」
―中国には期待すべきでないということか。
「そうだ。 それでもずっと対話はしなければいけない。 分かっていても退いてはいけない。 依存するよりも中国が取るべき立場を話すことだ。 北朝鮮に私たちの意見が入っていくためにも、ずっと喚起させなければいけない」
―いずれにしても6カ国協議は意味がなくなった。
「他の代案がない。 国際的な枠組みは作るのは難しいが、あれば招集はやさしい。 核問題があるかぎり、この枠組みを認めなければいけない」
―米中葛藤が深まるほど、北核問題は危険な要素になるのでは。
「危険は増す。 しかしそうであるほど軍事対決へ向かう可能性はない。 戦争構図は米中双方にとって有利でない。 その方向に行かないようにするという暗黙的な了解があるのかもしれない。合意はなくても以心伝心で韓半島で戦争が起きてはならないというものが過度に発展すれば、統一は遠ざかり、分断永久化の可能性が生じる」
以上のインタビュー内容は、6ヵ国協議に携わった元代表の発言であるだけに示唆に富んでいる。「6ヵ国協議で北朝鮮の核を放棄させられないだろう」との結論は、すでに黄長Y元書記が生前に何度も強調していた内容でもある。しかし、日本では一部の学者や評論家が、ありもしない「金日成の遺言」に惑わされ、今も「北朝鮮に何かを与えれば核を放棄する」と主張している。しかし李秀赫氏も語っているように「北朝鮮は最初から核放棄の考えはなかった」のである。
米国がイラクとアフガンで疲弊し、リーマンショックで財政危機に陥った今、なおさら北朝鮮は核を放棄しないだろう。またその間強大化した中国をコントロールする力はすでに米国にはない。米国の強大な軍事力で中国をコントロールしつつ、北朝鮮に圧力を加えることで核の放棄を実現させようとしたねらいで出発した6ヵ国協議は、いまや北朝鮮の核問題を解決する能力を失っていると見るべきであろう。
こうしたことは、米国もすでに察知しているはずである。しかしこの枠組み以外これといった対処法がないために6ヵ国協議を維持していると思われる。米国が譲歩をすれば会議は進むが結果は得られない。米韓の6ヵ国協議に対する推進力は失われつつある。
3、6ヵ国協議よりも来年の韓国大統領選挙に総力を注ぐ北朝鮮
北朝鮮は年初、来年の「強盛国家」に合わせて「6ヵ国協議」を再開させ、「制裁の解除」や「援助」を手に入れようとしたが、現在はここが踏ん張りどころとして待ち姿勢に転換している。あと1年踏ん張れば韓国に親北朝鮮政権が再び登場すると期待を寄せているからだ。またその間に核兵器を小型化しミサイルもより遠く飛ばせると考えている。したがって、いまのところ「ウラン濃縮問題」での譲歩を行ってまで6ヵ国協議に応じる動機はない。
北朝鮮はいま、来年の韓国総選挙と大統領選挙での野党勝利のための対韓国工作に総力を上げている。場合によっては「天安艦撃沈」のような「挑発」で野党を支援する可能性もある。現に北朝鮮は11月24日に韓国に対して「青瓦台(チョンワデ、大統領府)を火の海にする」と発言したが「これは空言でない」と30日再び脅迫した。 また対韓国窓口機関である「祖国平和統一委員会」の報道官は8日、6か月ぶりに李明博大統領の実名を挙げ、「逆徒」と非難した。
北朝鮮は、李明博政権打倒のための合法、非合法の活動を強化している。6ヵ国協議をめぐる動きもそれを促進するためのものと位置づけている。こうした北朝鮮の動きは、今年夏摘発された北朝鮮の地下工作組織「旺載山(ワンジェサン)」の活動内容に端的に示された。
ソウル中央地検公安1部が作成した「北朝鮮『225局』連携 地下党『旺載山』スパイ事件 中間捜査結果」によると、この事件は工作機関の内閣傘下225局が直接指揮したもので、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の現職副議長「眞求(ペ・ジング)も関与していたという。
そのねらいは「韓国の政界・軍・社会団体などの各層人士を包摂(抱き込み)し、朝鮮労働党の在韓地下党を結成。南朝鮮(韓国)革命が可能と判断した時期に決起して韓国の体制を転覆する」ことにあったという。
在韓総責任者は金徳龍被告(48)で、彼は1993年8月に極秘訪朝し、故金日成主席と面接して直接“教示”を受け、韓国内で工作組織(旺載山)を構築して「南進統一」のための活動を行なっていた。
金被告は2005年10月と2009年7月、2010年11月の計3回にわたり訪日しペ現副議長と東京都内で接触、活動方針について話し合った。そしてペ副議長から「金正日国防委員長が指示した地下党(旺載山)の組織指導方針を聞いた」(起訴状)とされる。
また「旺載山」は、北朝鮮で発行された新聞や書籍、CDなどを韓国に持ち込む許可を韓国政府から得ていたので、それを韓国の研究機関や大学などに販売し、収益金を朝鮮総連に送金していた。
検察が金被告以外に「旺載山」の「核心指導部」とみているのは、「仁川地域総責任者」の男(46)と、「ソウル地域総責任者」の男(48)、「連絡責任者」の男(43)、「宣伝責任者」の男(46)の4人で、いずれも韓国で職業を持ち、宣伝責任者以外の4人は全員が対韓国工作の功績で北朝鮮から勲章を贈られている人物たちだ。
韓国検察は、「旺載山」構成員など10人の関係先に対する家宅捜索に着手(7月)し、北朝鮮から受信した指令文書や情報報告文書など証拠品1673点を押収している。
押収資料によると、韓国大統領府内部の動向、韓国軍の有事軍事作戦計画と組織編成のほか、在韓米軍の戦時機動計画、グアム・沖縄など米軍駐屯地域の衛星写真、日本の自衛隊の施設所在地や訓練プログラムまで要求していた。押収された証拠には「人民軍の戦闘力を強化するためにお送りしました」と題された文書とともに多くの韓国政治情報や軍事資料が含まれていた。
北朝鮮は「旺載山」に対しこうした情報の収集だけでなく、爆破テロなどの後方攪乱まで指示していた。ソウルとその近郊の仁川地域を「革命の戦略拠点」と位置づけ、その地域で集中的に軍人や警察、治安関係者らを包摂するよう指示。「有事には行政機関と放送局を掌握」し、「石油貯蔵施設と軍の歩兵師団駐屯地などを爆破」するよう指示していたというのだ。そして2014年までに、そうした工作にいつでも着手できる準備を完了するよう求めている。
こうした指示に対し、「旺載山」から北朝鮮にあてた報告書には「有事の際に動員可能な組織的力量(工作員数)は200人。反米闘争にはソウル、仁川地域の広範な大衆を動員できる」と記載されていたという。
北朝鮮が韓国で構築している地下工作組織は、「旺載山」だけではない。縦割りシステムでいくつも活動している。こうした工作組織と北朝鮮の特殊部隊が共同で韓国内で騒乱を引き起こした場合、いかなる結果をもたらすのかは明らかだ。
おりしも韓国軍合同参謀本部は12月5日、特殊戦司令部(特戦司)所属の将兵24人に「朝鮮人民軍(北朝鮮軍)特殊部隊」として中部戦線に奇襲攻撃を加えさせる訓練を行ったが、現地の部隊を急襲して弾薬庫などに「爆破」と書かれた紙を貼り、その場を立ち去った。もしこれが実際に起こっていれば、敵の攻撃を受けた弾薬庫などは当然爆破されていたはずだ。ちなみにこの日攻撃を受けた部隊は、防衛体制としては最高レベルの「珍島犬1」が発令されていたという。
ソウル市長選挙での野党系候補の勝利後、ハンナラ党は国会議員秘書による選挙妨害事件が立件されるなど混乱を極めている。洪準杓(ホン・ジュンピョ)代表も党首辞任にまで追い込まれた(9日)。またレイムダック化が加速化している李明博政権においても、大統領側近の疑獄事件まで取沙汰されている。
こうした政治状況は、北朝鮮工作組織の対韓国工作に絶好の活動機会を与えている。北朝鮮が6ヵ国協議よりも来年の大統領選挙に総力を挙げるのも当然なことといえる。
* * *
2012年は世界的に見て選挙の年である。米国、ロシア、韓国、中国での指導者交代、それに日本でも総選挙の可能性が高まっている。6ヵ国協議関係国で選挙がないのは北朝鮮だけだ。北朝鮮は金日成誕生100年と「強盛国家」のお祭り騒ぎに注力するだろう。
一方、中東の民主化はまだ安定しておらず、北朝鮮と関係の深いシリアやイランの状況も流動的となっている。
こうした状況下で、年初ならいざ知らず2012年を目の前にした今、北朝鮮が積極的に6ヵ国協議の外交攻勢を仕掛けてくることは考えづらい。むしろ状況を注視し、今後の交渉を有利に進める足場づくりに布石を打っていると考えたほうが自然だ。
その布石の最大目標は韓国の大統領選挙である。北朝鮮は、韓国に再び金大中政権や盧武鉉政権のような親北朝鮮政権を誕生させ、南北関係を「6・15宣言」の構図に戻せば、6ヵ国協議で再び「4対2の構図」が可能となり、核を保持したまま米国との国交正常化も実現できると踏んでいる。そういった意味では、北朝鮮の当面の主戦場は韓国の大統領選挙にあるとみるべきだ。地下党「旺載山」がどの程度のものかは今後明らかになっていくだろうが、北朝鮮が来年の大統領選挙を目指して韓国に対するあらゆる工作を強めているのは間違いのない事実である。
以上