3月9日、北朝鮮で最高人民会議第13期代議員選挙が行われた。金正恩第1書記の体制下で初となった選挙では、前回2009年の選挙同様の687人が選ばれ、投票率は99.97%、信任率は100%だった(労働党の推薦で1選挙区1候補者なので候補者即当選者となる)。金第1書記は「第111号白頭山選挙区」から出馬し、10日に当選が発表された。代議員の任期は5年である。
今回の選挙の焦点は昨年12月の張成沢氏の粛清に伴う権力の再編や代議員の世代交代にあったが、結果を見ると、金正恩体制の脆弱性が「急激な変化」よりも「安定」を選ばせたようだ。
前回の再選率は54%だったが、今回選挙の再選率は45%だった。ちなみに金正日総書記が最高指導者になって初めての選挙(1998年7月)では、再選率は40%に届かなかった。
選挙の結果よりも注目を引いたのは、金正恩第1書記の投票の同行者に実妹ヨジョンが含まれ、組織指導部幹部の第1副部長金慶玉や副部長の黄炳誓の次に責任幹部として報道されたことだ。ヨジョンの名前が北朝鮮の公式報道に登場するのは初めてである。今後、政権中枢を支える幹部として浮上するだろう。
また、10日には投票に参加した幹部について報じられたが、処刑された張成沢氏の元妻で故金正日総書記の妹の金慶喜党書記、張氏と近かった文景徳書記の名前は含まれていなかった。
文景徳書記については、粛清されたとの内部情報を得ていたが、今回の選挙結果から見て、盧ソンシル女性同盟委員長、リム・ナムス前石炭工業相なども粛清されたと思われる。そのほか、引退したといわれる玄哲海(ヒョン・チョルヘ)前人民武力部第1副部長、金明国(キム・ミョングク)前作戦局長ら軍幹部と、張成沢に近かった李明秀(イ・ミョンス)前人民保安部長、リ・ビョンサム人民内務軍政治局長なども名簿から抜けていた。彼らが粛清されたかどうかは今のところ確認できていない。
金慶喜党書記については当選者として発表(285テピョン選挙区)されたが、前回の代議員名簿の中に同じ発音の「キム・ギョンヒ」が2名(3選挙区と265選挙区)いたので最終確認が必要である。
故金日成主席の弟で、金総書記の権力継承過程で一線を退いている金英柱最高人民会議常任委員会名誉副委員長(93)も当選(30ヨンフン選挙区)し健在が確認された。
1、主要幹部の当選者
北朝鮮・中央選挙委員会は11日午後0時から1時間にわたり、朝鮮中央TVを通じて第13期最高人民会議代議員選挙の当選者687人を発表した。
今回の選挙では当選者687人のうち金正恩第1書記をはじめ376人が初当選し、約55%が入れ替わった。
2009年の第12期選挙では約45%、2003年の第11期選挙では約50%、1998年の第10期選挙では約65%が入れ替わった。1998年は金正日(キム・ジョンイル)体制が本格的に発足し代議員が大幅に交代したが、今回も金第1書記体制発足後初の選挙だったため交代率が高かったとみられる。しかし権力内に激変があったにしては交代率は高いといえない。
今回の選挙では、金第1書記体制の新しい実力者として、党からは趙延俊(チョ・ヨンジュン)朝鮮労働党組織指導部第1副部長、崔フィ第1副部長、朴テソン、黄炳誓(ファン・ビョンソ)、馬元春(マ・ウォンチュン)党副部長、軍からは張正男(チャン・ジョンナム)人民武力部長、崔富一(チェ・ブイル)人民保安部長、金寿吉(キム・スギル)朝鮮人民軍総政治局組織副局長、李炳哲(リ・ビョンチョル)航空および反航空軍司令官、金明植(キム・ミョンシク)海軍司令官らが初当選した。
また、監禁説が流れた崔竜海(チェ・リョンヘ)軍総政治局長や、李永吉(リ・ヨンギル)軍総参謀長、金元弘(キム・ウォンホン)国家安全保衛部長、辺インソン総参謀部作戦局長、ソ・フンチャン人民武力部第1副部長、チョ・ギョンチョル護衛司令官ら軍の高官らは前期に続き再選された。
金第1書記の叔母にあたる金慶喜(キム・ギョンヒ)党書記(確認必要)、金永南(キム・ヨンナム)最高人民会議常任委員長、朴奉珠(パク・ボンジュ)首相、金己男(キム・ギナム)、崔泰福(チェ・テボク)党書記、金慶玉(キム・ギョンオク)組織指導部第1副部長ら、党、政府の主要幹部たちも再選された。
対外部門では、姜錫柱(カン・ソクチュ)副総理、朴宜春(パク・ウィチュン)外相、金桂冠(キム・ゲグァン)第1外務次官らも再選され、池在竜(チ・ジェリョン)駐中国大使、慈成男(チャ・ソンナム)国連大使、元東淵(ウォン・ドンヨン)党統一戦線部副部長、姜志英(カン・ジヨン)祖国平和統一委員会書記局長らが新たに代議員となった。
李乙雪人民軍元帥、呉克烈国防委員会副委員長、金英柱最高人民会議常任委員会名誉副委員長、楊亨燮最高人民会議常任副委員長らも再選された。
金養建(キム・ヤンゴン)党統一戦線部長、李英秀(リ・ヨンス)党勤労団体部長、盧斗哲(ロ・ドゥチョル)副総理、体育相を務めた朴明哲(パク・ミョンチョル)氏ら張成沢氏に近いとされた人物の多くも代議員に名を連ね、健在が確認された。
9日に金第1書記と共に投票所に現れ、関心を集めた妹ヨジョン氏の名前は名簿に上がらなかった。北朝鮮は来月初めに第13期1次会議を開き、国防委員会や内閣の人選作業を行い、今年の予算案を審議するとみられる。
2、選挙結果が語る特徴と注目点
張成沢粛清後の選挙であったため、今後の金正恩体制を展望する上で注目された選挙だったが、一言で言って「変化」よりも「安定」を重視した内容であったといえる。
代議員55%が交代したために詳細はこれから明らかになると思われるが、①金一族の最低限の結束、②新たに登場した金正恩側近勢力と既存勢力及び元老勢力との均衡、③張成沢派排除を最小限に抑えた大同団結的な措置などが目に付いた。
例えば金養建(キム・ヤンゴン)党統一戦線部長、李英秀(リ・ヨンス)党勤労団体部長、盧斗哲(ロ・ドゥチョル)副総理、池在竜(チ・ジェリョン)駐中国大使、体育相を務めた朴明哲(パク・ミョンチョル)氏らが選ばれたのは、大同団結的な措置を示している。池在竜氏についてはこれ以上中国を刺激したくないとする意図が働いた可能性もある。
この措置は、張成沢勢力に対する追求は、組織指導部と国家保衛部が現在も厳しく調査追及しているために、今後いつでも処理できるとの自信からかもしれない。しかし逆に言えば長年にわたって北朝鮮権力深くに根を張っていた張成沢の影響が大きいため、一気に粛清できなかったということも考えられる。
注目される新進幹部としては、党では最近金正恩随行頻度が高かった趙延俊組職指導部第1副部長、崔フィ第1副部長、黄炳誓、馬元春、朴テソン副部長などが上げられる。
軍では、張正男人民武力部長、金寿吉朝鮮人民軍総政治局組織副局長などだ。
選挙結果とは関係ないが、今回最も注目されたのが金正恩第1書記に実妹ヨジョンの台頭だ。若干27歳の女性が「党の責任幹部」として紹介された意味は大きい。それも金正恩の投票に随行した組織指導部の金慶玉第1副部長、黄炳誓副部長の次に紹介されている。多分組織指導部の副部長クラスの任務を与えられた可能性がある。張氏処刑後、金第1書記に「ノー」と言える幹部が全くいないため、権力中枢部の意見をまとめ兄に伝える役割を果たすのではないかと推察される。
今回の選挙結果と関連して韓国の柳吉在統一部長官は11日、ソウル市内で講演し、張成沢粛清後、権力の再編が行われてきたが、9日実施された最高人民会議(国会)の代議員選挙でも、さらなる権力再編が行われたとの見方を示した。また「急に変化に直面するようには見えず、そうした兆候も捉えていない」と述べ、「中長期的には不確実な側面がある」としつつも、「今すぐ変化する兆候はない」と説明した(聯合ニュース)。
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