韓国の「崔順実スキャンダル」は安全保障にも影響し始めている。北朝鮮の金正恩政権がこのスキャンダルを最大限利用し、朴槿恵政権を退陣に追い込み、守勢を一気に逆転させるための方針を決定した、との情報が北朝鮮内部消息筋からもたらされた。
金正恩委員長は当面核ミサイル実験を見合わせ、朴槿恵政権早期退陣に全力を集中するよう統一戦線部に指示したとのことだ。また偵察総局に対しても、現在のデモが暴力化する方向で動いた時、即介入できる準備を整えるように指示したという。
その一方で米国の新政権を対話に引き込むために「在韓米軍の費用を韓国が負担しないなら米軍を撤退させる」とのトランプ発言に合わせて「駐韓米軍の撤退があれば核を放棄してもよい」との欺瞞情報を流すことも指示した模様。
こうした方針に従って北朝鮮の官製メディアは異例の速さで「崔順実スキャンダル」事態に対する韓国の大規模デモを報道している。
北朝鮮の朝鮮中央放送は11月13日、12日にソウル中心部で行われた朴槿恵大統領の退陣を求める大規模集会についてその規模を110万人(実数は50万人前後)とし「南朝鮮全域で悪女朴槿恵逆徒を権力の座から引きずり降ろすための3回目の汎国民闘争が展開された」と報道した。北朝鮮メディアが韓国ニュースを1日もたたないうちに報じるのは異例のことである。
1、金正恩、韓国の混乱助長と文在寅支援を統一戦線部に指示
北朝鮮は、官製メディアを動員して韓国のデモを支援するとともに、韓国に潜入させた工作員と従北勢力を総動員してデモが過激化するように扇動している。今のところ市民の自制心によって警察とデモ隊の流血事態は起こっていないが、状況が悪化すれば衝突させてデモ隊に死者が出るように仕向けようとしている。 そうすれば1960年の4・19蜂起のような人民抗争の再現となり、あわよくば従北政権を登場させることができるかもしれないと考えている。
この企みに「援護射撃」を行ったのが「共に民主党」の秋ミエ代表だ。彼女は11月18日、「(朴大統領が)朴サモ(を愛する会)に物理的衝突を準備させて支持層結集を試みている」「戒厳令まで準備しているという情報もある」と翌日に予定されているデモを煽るような「デマ発言」を行った。金正恩はこの発言を歓迎したに違いない。
北朝鮮が最近復活させた暗号放送を活発化させているのもこうした動きと関係があるようだ。北朝鮮の海外向けラジオ放送・平壌放送は11月14日午前1時15分(日本時間)から、「今から27号探査隊員のための遠隔教育大学外国語復習課題をお伝えします」とし、「621ページ97番、737ページ9番、408ページ55番」などと、2~3桁の数字を読み上げた(聯合ニュース)。今月9日にも乱数放送を行っており1週間もたたないうちに2回もの暗号放送を行っているのは異例だ。
北朝鮮が乱数放送を再開したことをめぐっては、海外にいるスパイを対象にした暗号解読の定期訓練との説や韓国を混乱させる陽動作戦だとの説のほか、実際にスパイに指令を出しているといったさまざまな見方が取り沙汰されているが、この時期に合わせて活発化させているのは韓国に対する工作活動の一環である可能性が高い。
朝鮮労働党統一戦線部は、こうした地下工作員に対する指令と同時に、解散させられた「統合進歩党」の残存勢力と野党内に潜む従北勢力に対して、次期大統領に「共に民主党」の文在寅前代表を当選させるための工作強化も指示した。北朝鮮は文在寅が大統領になりさえすれば武力を行使しなくとも統一が達成できると読んでいるのだろう。
統一戦線部だけでなく偵察総局の動きも活発化している。
金正恩委員長が人民軍最高司令官名で、朝鮮人民軍第525軍部隊直属特殊作戦大隊を視察したと11月4日朝鮮中央通信は報道した。この部隊は偵察総局の精鋭部隊と言われている。この部隊を視察したということは偵察総局に重要な指示を出したことを意味する。
続けて金正恩は最前線の軍部隊にも視察を行った。11月11日には西部前線の麻蛤(マハプ)島防御隊の視察が報道され、13日には西南前線水域の最南端に位置しているカルリ島前哨基地と長在(チャンジェ)島防御隊を視察し、新しく再組織した延坪島火力打撃計画戦闘文書を承認したと報じた。
2、朝鮮総連にも文在寅支援体制の強化と対日工作強化を指示
朝鮮労働党統一戦線部の指令は、朝鮮総連にも下された。
現在のところ、朝鮮総連は、朝鮮新報で連日デモを支援する報道を行っているものの、韓国のデモに呼応したデモ行動は控えている。ただ朝鮮労働党統一戦線部と直結した特定の在日工作員は水面下での活動を活発化させている。また朝鮮総連の「別動隊」と言われている「在日韓国人民主統一連合」(韓統連)とその傘下団体が「朴槿恵は即刻退陣せよ!」と書かれた横断幕やピケットなどを掲げながら東京、大阪、愛知、兵庫で支援デモを行った(朝鮮新報2016・11・15)。
他方、韓国籍を取得して民団員に偽装した一部の要員が韓国デモにも潜入しているとの情報もある。これら工作要員たちに対する指令の中心は、文在寅を大統領にするための政治工作と現地工作組織との連携強化だという。
このほか朝鮮総連の重要工作任務としては謀略情報の拡散がある。例えば「開城工業団地」の閉鎖など朴槿恵政権の対北朝鮮政策があたかも「崔順実」の指示で行われたと印象付ける謀略情報の拡散だ。情報を流すだけでなく、そのシンパなどを通じて朴槿恵政権の対北朝鮮政策転換を迫る動きを活発化させようとしている。日本の一部テレビメディアもこうした情報操作に乗せられ、無批判的に謀略情報を垂れ流している。
一方米国在住の北朝鮮工作員が最近日本に入国し、日本における情報要員と接触したとの情報ももたらされている。その任務の一つが「金正恩が軍の非公式会議で、“米軍が撤退すれば核を放棄してもよい”と語った」とする欺瞞情報を流布させることだ。これはトランプ次期米大統領の「在韓米軍の費用を韓国が負担しないなら米軍を撤退させる」との発言を利用した謀略工作である。
3、韓国統一部、北朝鮮の「反政府扇動」に警告
韓国の統一部は11月22日、「最近の北朝鮮の対南宣伝・扇動攻勢」との資料を出し、北朝鮮が韓国政府の北朝鮮政策の信頼性を傷つけようとしていると指摘した。また、「韓国内部の情勢が自分たちに有利に展開していると判断し、今後の大統領選まで意識して韓国内部に反政府世論を拡散させている」と批判した(聯合ニュース2016・11・22)。
統一部が11月1~16日の北朝鮮の朝鮮労働党機関紙、労働新聞と朝鮮中央放送、平壌放送を分析した結果、この3メディアが朴大統領を名指しで非難した回数は、一日平均9月は10.2回、10月は12.1回11月は16日までに16.4回だったという。
統一部は「韓国社会内部の懸案に絡んだ『反政府闘争』扇動を強化している」との認識を示した。
統一部はまた北朝鮮が韓国などに潜伏する工作員に暗号で指令を出す「乱数放送」を今年6月24日に約16年ぶりに再開し、11月20日までに計14回実施したと指摘。「対南工作の意図を明らかにし、韓国内部に混乱、心理的動揺を与えようとしている」とした上で、「過去に派遣した工作員に活動再開を指示する内容である可能性もあり、関連動向を注視している」と説明した。
4、北朝鮮内では「統一偉業を達成しよう」と連日の宣伝扇動
北朝鮮はこうした対韓国工作強化に総力を挙げる一方で、自国民に対しては「統一の時期が来た」との宣伝扇動を大々的に行っている。
北朝鮮の労動新聞や朝鮮中央放送などの官製メディアは、朴槿恵大統領退陣要求のデモを連日伝えながら、内部住民たちには「間もなく南朝鮮(韓国) は滅亡する」「統一偉業達成の準備をせよ」などとの宣伝扇動を強化している。
平安南道消息筋は 11月14日、韓国デイリーNKとの通話で「最近工場と学校などでは‘南朝鮮での不正、国政私物化事件’と ‘腐さった現政権の終末’とする宣伝煽動活動が本格進行している」としながら 「軍人たちはもちろん住民たちにも‘近づく全国統一の革命的大事変を能動的に準備して迎えよう’とする講演が毎日行われている」と伝えた。
消息筋は引き続き 「将領、軍官(将校)を対象とする‘祖国統一偉業を主動的に迎えよう’ との講演では ‘首領様(金日成)は戦後(朝鮮戦争後)2度の祖国統一機会を逃したことをいつも惜しまれていた’との内容が強調されている」とし 「今回の機会を絶対逃さずに統一偉業を成就させようと檄をとばしている」としている。
*ここで言われている 2度の統一機会とは 1960年4月19日の人民蜂起と 1987年にあった 6月10日の民主化抗争を指す。
しかし北朝鮮当局の宣伝と連日行われる講演に対して、北朝鮮住民はむしろ韓国の民主主義に大きな関心をよせているという。「強大な権力を持つ大統領といえども一旦不正を働けば退陣を要求されるのか?あれほど多くの人たちがデモをしても弾圧を受けないのか? 南側の群衆集会は非常に不思議だ」と漏らしているとのことだ。一部住民たちはまた「私たちだったら多分戦車で踏みつぶされているところだ」と言いながら 「1990年代の‘ソンリム事件’が思い出される」と語ったという。
*ソンリム事件
北朝鮮が大飢饉に陥った時、配給が途絶えた黄海(ファンヘ)製鉄所で1998年に、幹部と一部労働者たちが、生きるために圧延鉄板を中国に売ったことが問題となり処刑された。それに対して労働者と住民が立ち上がって抗議したが軍の戦車で蹴散らされ踏み殺された。
以上