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朴槿恵大統領弾劾可決と今後の攻防

コリア国際研究所所長 朴斗鎮

2016.12.15

 12月9日午後4時過ぎ韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領の親友、崔順実(チェ・スンシル)被告の国政介入事件をめぐり、朴大統領に対する弾劾訴追案が国会本会議(国会議員総数300)で可決された。内訳は賛成234人、反対56人、 無効7人、棄権2名、不参加1名(セヌリ党、前経済副首相兼企画財政部長官崔ギョン煥議員)だった。弾劾案の可決には在籍議員の3分の2にあたる200人以上の賛成が必要だったが大幅に上回った。与党セヌリ党の議員62人が賛成に回ったためだ。現職大統領の弾劾案可決は2004年3月12日、当時の盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領に続き、史上2番目となる。
 朴大統領は国会から弾劾訴追議決書を渡された9日午後7時3分に大統領権限が停止され、黄教安(ファン・ギョアン)首相が職務を代行することになった。
 最大野党「共に民主党」の李春錫(イ・チュンソク)議員、同じく野党「国民の党」の金寬永(キム・グァンヨン)議員、セヌリ党の呉晨煥(オ・シンファン)議員は、弾劾訴追議決書の謄本を憲法裁判所(憲裁)に直接届けた。
 憲裁は、180日以内に弾劾するかどうかを決定しなければならない。裁判官9人のうち6人以上が弾劾に賛成した場合、朴大統領は罷免され、60日以内に次期大統領選挙が行われる。弾劾に賛成する憲法裁判官が6人に満たなかった場合は、朴大統領は罷免されず、再び権限を行使できるようになる。
 弾劾決議がなされた翌日の12月10日も、民主労組、左派親北朝鮮系市民団体の参与連帯、従北朝鮮勢力といわれている統合進歩党と全教組(両団体ともに非合法化)の残存勢力など1500の市民団体による朴大統領即時退陣の「第7回ろうそくデモ」が午後4時から光化門広場で行われた。デモ数は主催者発表で60万人(午後7時30分)警察発表で12万人だった。
 一方、弾劾無効を訴える保守系デモも午前11時から午後2時まで光化門駅周辺と清渓広場で行われた。「朴思慕(パク・クネを愛する集まり)」、「朴大慕(パク・クネ大統領を尊敬して愛する集まり) などの団体は「憲法守護のための国民の叫び」集会を開いた。主催者発表30万人(午後2時)警察発表6.5万人が参加した。保守系デモではこれまでで最大を記録しただけでなく10~30代の若者層も多数参加した(東亜日報)。

1、朴槿恵大統領弾劾の特徴と弾劾審査の原則

 

1)朴槿恵大統領弾劾内容の特徴

 今回の朴槿恵大統領弾劾訴追は、前回2004年の盧武鉉大統領弾劾とは異なる面がいくつかある。
 それはまず第1に、盧武鉉大統領弾劾が世論の反対が多い中で行われたのに対して、朴槿恵大統領弾劾は世論の弾劾要求が78%に達する中で行われたことである。
 次に、盧武鉉大統領弾劾が、選挙法違反と側近の不正、すなわち大統領選挙資金をめぐる不正疑惑や盧大統領の側近や親族に絡む不祥事という比較的明確な弾劾理由で行われたのに対して、朴槿恵大統領弾劾は◇崔被告の国政介入をめぐる憲法違反行為◇セウォル号事故への対応をめぐる違反行為◇贈収賄罪◇職権乱用・強要などの法律違反など憲法違反5項目法律違反8項目の計13項目の多岐にわたる弾劾理由が列記されていることである。
 第3に、盧武鉉大統領弾劾が公務員として中立が求められるところを無党籍の立場なのに実質与党を支持する発言を繰り返した公職選挙法違反が中心だったのに対して、朴槿恵大統領弾劾は親友の崔順実被告との不適切な関係で彼女を国政に介入させ、権力の私物化を行ったとの疑いをかけられたことだ。
 最後に、国家権力で財閥に圧力をかけて資金を集めることで、崔順実被告を通じて自身の利益を追求したという「共賄罪」の疑いもかけられたことだ。
 このほかセオル号事件の「空白の7時間」についても国民の生命と財産を守らなかったとの弾劾事由が付けられたが、これは野党のポプユリズムからなされたもので、道義的責任を追及できても刑事的罪の対象になるかどうかでは否定的意見が多い。

2)弾劾審査の原則

 朴槿恵大統領の弾劾問題は憲法裁判所へと移った。憲裁は180日以内に弾劾するかどうかを決定しなければならない。9人の裁判官の内6人の裁判官が賛成すれば弾劾は成立する。憲法裁判所はこの日、裁判長にあたる主審裁判官に姜日源(カン・イルウォン)裁判官を指名したが、通常の裁判とは異なり、9人の裁判官全員が審理の結果はもちろん、決定文の作成などにも共同で関与する。
 現在の憲法裁判所裁判官9人のうち、朴漢徹(パク・ハンチョル)所長と徐基錫(ソ・ギソク)裁判官、趙龍鎬 (チョ・ヨンホ)裁判官は朴槿恵(パク・クネ)大統領が指名した。また李貞美(イ・ジョンミ)裁判官、金二洙(キム・イス)裁判官、金昌鍾(キム・チャンジョン)裁判官、李鎮盛(イ・ジンソン)裁判官、安昌浩(アン・チャンホ)裁判官、姜日源・裁判官の6人は、李明博(イ・ミョンバク)政権当時、李前大統領によって任命された。うち李貞美・裁判官は李容勲(イ・ヨンフン)元大法院長(最高裁長官に相当)に指名された。金二洙・裁判官は野党が指名した人物で民主統合党の推薦を受けており、安昌浩・裁判官は与党だったセヌリ党の推薦を受けた。姜日源・裁判官は与野党の合意で選ばれた。朴漢徹所長と安昌浩裁判官は検事長や高等検察庁検事を歴任した検察幹部出身で、残り7人は元裁判所裁判官だ。朴漢徹所長は1月末で退任し、李貞美裁判官は3月13日に退任する。
 弾劾審査で何より重要なのは、韓国国民と大統領がそろって承服し得るよう、審理と決定に一切の欠陥がなく、非難の声もないものにしなければならないという点だ。そのためには徹底した証拠主義に基づき公平でなければならない。デモやマスコミの雑音、政党の党利党略から離れて憲法と法に基づく審査とならなければならない。
 それは容易ではないだろう。今後、弾劾に賛成・反対のデモが憲裁に押し掛ける可能性がある。弾劾するかどうかはもちろん、「早く決定せよ」「それではだめだ」といういざこざも起こりうる。しかし憲法裁判所(憲裁)はひたすら証拠だけで判断し公平な決定を下さなければならない。
 判断のポイントについては、憲裁は盧大統領弾劾審判の当時、弾劾要件を「公職者の罷免を正当化するほどに重大な法律違反の場合」と定めた。国会の弾劾訴追案は朴大統領に対し、5つの憲法違反行為と8つの法律違反行為を指摘している。これからこの中に「罷免を正当化するほどに重大な法律違反」があるのかどうかが争われる。
 今回の事件は、朴大統領関連の容疑が多い上に、大統領が訴追内容のかなりの部分を否定しており、事実関係をめぐって大統領側と訴追委員会(委員長・権ソンドン=セヌリ党)側との攻防は激しくなると予想される。
 そうしたことから今回の審査は、盧大統領弾劾審判の時よりも時間がかかるとの意見が多い。これに対して一時も早い決定を求める「共に民主党」の秋ミエ委員長は「訴追委員長は項目を削除できる」と主張している。この主張に対しては、それならなぜ直接大統領の刑事責任を問えない「セウォル号問題」を弾劾要件に入れたのか?とする意見も多い。「セウォル号問題」を挿入したのは完全にポピュリズム的対応であり、大統領選挙を睨んだ党利党略から出たものとの意見が大多数だ。

2、憲法裁判所審判で勝機ありと見ている朴大統領

 朴大統領は、国会に挙国一致内閣を提案し、それが拒否されると与野党合意の下での4月退陣案も提示した。しかしそうした提案はことごとく野党に退けられた。当初野党は挙国一致内閣を主張し後になってそれを覆した。それだけでなく、弾劾に反対して憲法に定めのない早期退陣だけを要求しておきながら、結局世論に合わせてこんどは一転弾劾に方向転換した。この間の野党、特には「共に民主党」のぶれ方には今後を危惧させる内容が多い。
 弾劾案可決を受けて、韓国の朴槿恵大統領は次のようなコメントを出した。
 「今日の午後、国会で弾劾訴追案が可決されました。我が国の安保と経済が困難に直面したときに、私の不徳と不覚で、このように大きな国家的混乱を招き、国民の皆さまに心より謝罪の言葉をささげます。私は国会と国民の声を重く受け止めていて、今の混乱が収拾されることを心より願います」
 朴大統領のこれまでの談話やコメントで一貫しているのは、崔順実との不適切な関係や管理不ゆき届き、それに伴う国政の混乱にたいする謝罪は行っても、不正は一切行っていないという姿勢だ。
 12月6日に行われたセヌリ党の李貞鉉(イ・ジョンヒョン)代表、鄭鎮碩(チョン・ジンソク)院内代表との会談でも「弾劾が可決されても、憲法裁判所の(審理の)過程を見守りながら、国と国民のために冷静かつ淡々と進む覚悟ができている」とした上で、「弾劾が可決されれば受け入れ、私ができるすべての努力をする」と伝えていた。平たく言えばこれだけのデモがあっても自身の潔白は譲れないということであろう。
 青瓦台(大統領府)関係者によると、朴大統領は憲法裁判所の審理と、特別検察官による捜査を通じ、自身をめぐる不当な疑惑が否定されるものと期待しているという。親友の崔順実(チェ・スンシル)被告の国政介入事件に関連し、野党や報道機関から疑惑が提起され続け、反論する機会もないまま世論の批判を浴びる一方であった局面を抜け出し、法にのっとり冷静に判断されるほうが有利であるとの判断もあるようだ。
 朴大統領は法廷闘争に備え弁護団を構成し、憲法裁判所の審理や特別検察官による捜査に備えているようだ。そうしたことと関連して、職権停止の直前に朴大統領は民情首席秘書官を崔ジェギョン氏からチョ・デファン氏に交代させた。憲法裁判所による審理を公開裁判と見なせば、朴大統領にとって疑惑に関し詳細に反論する初めての場となる。

3、朴大統領に「勝機あり」との思惑を持たせる誤報とデマの数々

 この間、「崔順実ゲート」に関する報道や検察発表がなされたが、その中には誤報やデマが数多く含まれている。この誤報とデマを一つづつ潰していけば、世論の流れは変わり状況を逆転できると朴大統領は考えているかもしれない。
 確かにこの間、誤報とデマは多かった。以下ではその主なものを拾ってみた。

崔順実ゲート主要誤報・デマ一覧

1 論硯洞(ノンヒョンドン)事務室で崔順実、チヤ・ウンテク、高ヨンテクなどの秘線実力者が集まりをもった。イ・ソンハンが主張と報道(この主張で朴大統領操り人形説拡散)

チャ・ウンテクは「参加した事がない」。高ヨンテクも「参加した事がない」と発言(国政調査聴聞会)。

2 「切に望めば全宇宙が実現を助けてくれる」 この表現を使ったとして朴大統領が呪術(シャーマニズム)的迷信にはまっているとしたデマが拡散..

この言葉はパオローコエリョの小説 「錬金術師」の中の一節。朴大統領が南米訪問時に引用したもの

3 崔順実 「大統領の振る舞い。 国務会議直接関与」報道
(東亜日報 11.07 外ネイバー検索関連記事 19件)

検察 「崔順実とジョン・ホソン秘書官の通話録音内容にそんな内容はない」と否認

4 「崔順実が朴槿恵大統領のイラン訪問の時大統領専用機に同乗した」報道

チャンネルAの報道が虚偽だったというニュース記事が 39件検索されている。大統領府も否定。

5 「崔順実は演説文直すのが趣味」報道

最初の暴露者で知られる高ヨンテクは「そんなことを言った事がない」と否定(国政調査聴聞会)

6 韓国馬事会長が崔順実と電話通話する間柄?

ヒョン・ミョンガン韓国馬事会長 「崔順実と一面識もない」。法的措置を取ると語る

7 崔順実身代わり説デマ

司法当局が指紋対照で確認する。一顧の価値もない事でこんな主張が言論に出るということはとんでもない。

8 崔順実の息子、青瓦台 5級行政官で特恵勤務報道
(ソウル経済 10.30 外ネイバー検索関連記事だけ 275件検索)

崔順実は息子がいない。

9 チョン・ユラ KEB ハナ銀行から不法貸し出し受けるとのデマ

金融監督院が不法違貸し出しがないことを確認。

10 「崔順実は妊娠した事がないのでチョン・ユラは朴大統領の娘」とのデマ

チュ・ジヌがまき散らした「チョン・ユラは朴大統領の娘」とのデマに対してチュ・ジヌはフェイスブックに謝罪文載せる。

11 チョン・ホソン録音ファイルの「崔先生様」といったとする発言、「10秒だけ公開してもろうそくデモがたいまつになること」 などのデマ

検察は「この報道はあまりにも拡散し過ぎたが、そうした事実はない」と発表。

12 朴大統領かみそりテロの襲撃にあった時、崔スンドック(崔順実の姉)の家に泊まったとの報道
(朝鮮日報 10.31 外ネイバーニュース関連12件検索)

崔スンドックの娘チャン・シホ、大統領が家へ来た事がないと証言(国政調査聴聞会)

13 検察が「‘統一大当り’は崔順実アイディア」と言った報道
(SBS ニュース 11.13 外ネイバーニュース関連80件検索)

この言葉は2013年 6月 20日第 16期民主平和統一幹部委員懇談会で初めて出た言葉。 当時ある参席者が「シン・チャンミン教授が ‘統一は大当り’という題名で本を出した」という言葉を聞いてその後基調演説で大統領がその言葉を活用。

14 チョ・イングン演説記録秘書官が「演説文が変に変わって帰って来る」といった報道 (マネートゥデー 10.26)

そんなことを言った覚えはない。実務陣が下書き作成して附属室が仕上げた(国政調査聴聞会)

15 「開設テポホン(仮名携帯) 6個中 1個を大統領が使った」報道

チャン・シホはテポホン開設した事がない(国政調査聴聞会)

16 崔スンドクは朴大統領と同期同窓報道

崔スンドクはは誠心女子高を卒業していない

17 「チヤ・ウンテック、保安ゲストとして青瓦台に出入りし、大統領単独面談」報道

単独面談した事がない。青瓦台訪問時、通常の検問手続き経て訪問(国政調査聴聞会)

19 アメリカ外交文書に崔太敏を韓国のラスプーチンで評価した?

韓国政界でそんなうわさがあると紹介しただけの話だった。

20 「トランプが朴槿恵‐崔順実を嘲弄した演説を行った」とのデマ

当日トランプ演説にそんな内容がなし。あるネチズンがフエイスブックに載せたいたずら文だった。

21 安鐘範が現代自動車に圧力をかけて、チヤ・ウンテクの広告会社に 63億ウォン規模の広告を出すようにさせた

現代自動車は広告規模を 13億ウォンだと解明。事業分類次元で業社選定

22 朴大統領がチヤウム病院で「ギル・ライム」と言う仮名を使って診療受けた

「ギル・ライム」という名前は職員が勝手につけた名前。

*          *          *

 朴大統領の問題が憲法裁判所に送致された以上、韓国政界は、外交・安保や経済などの緊急課題の解決に注力し、法による裁定が下るまで推移を見守るべきだ。朴大統領の早期退陣要求はデモ隊に任せておけばよい。
 にもかかわらず、共に民主党の文在寅(ムン・ジェイン)前代表は「朴槿恵大統領の弾劾と同時に即刻下野闘争を行う」とし、秋美愛(チュ・ミエ)代表は「黄教安(ファン・ギョアン)権限代行体制は受け入れることができない。国民が推薦する首相を議論する」と述べたが、ともに責任ある政治家の発言としては適切でない。そればかりか国政の安定を害する危険な発想だ。
 またこの間の朴大統領退陣騒動でデマと誤報を流し、民衆を扇動し、今回のデモを「市民名誉革命」などと持ち上げ、自己陶酔に陥っている韓国メディアも国政の早期安定の阻害要因となっている。デモが平和的に行われたことだけで「民主主義の成熟」などとする報道姿勢には、法による秩序と根拠ある事実の報道を重視する世界の先進国からどのように見られているかの意識すら感じられない。
 朴大統領の弾劾が可決し、すでに大統領選挙に向けて走り始めたとはいえ、国家の状況が不安定な時に党利党略を前面に押し出したり、視聴率や発行部数のことばかり考え、口先だけで国民の利益を叫び、法治主義を軽視して衆愚政治を煽るならば、そのしっぺ返しは必ずやってくることになるだろう。
 今韓国が早急に手をつけなければならないのは、政府と国会それに与野党を含めた挙国一致体制だ。憲法の規定通り黄教安総理を大統領代行として助け、当面の外交・安保や特に経済問題をはじめとした緊急課題に当たらなければならない。
 野党は朴大統領の早期退陣ばかり叫んでいるが、朴大統領が退陣すればすべての問題が解決するわけではない。朴大統領への不満爆発の根底に何があったのかを探り、その解決に全力を傾けなければ、今後誰が大統領になっても同じことが繰り返されるだろう。

以上

 
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