北朝鮮は11月29日午後12時30分(日本時間)、政府声明を発表して新しい大陸間弾道ミサいる(ICBM) 「火星-15型」 打ち上げに成功したと発表した。打ち上げ時間は 2時 48分で場所は平壌近くであった。北朝鮮が火星-15型ミサイルの存在を公開したのは今度が初めてだ。
試験発射は、車両で運ばれた後固定式発射台からロフテッド軌道で打ち上げられ、高度 4,475㎞まで上昇して950㎞の距離を飛行した。飛行時間は53分間だった。声明では「われわれが目標としてきたロケット武器体系開発の完結段階に到逹した一番威力のある大陸間弾道ロケットだ」とし、「大陸間弾道ロケット火星-15型武器体系は、米国本土全域を打撃することができる超大型重量級核弾頭も装着が可能な大陸間弾道ロケット」と主張し「去る 7月に試験発射した火星-14型より戦術技術的財源と技術的特性がずっと優れた武器体系」と主張した。しかしこの声明にはこれまでのように迫力がなかった。それは今回のミサイル打ち上げでの、いくつかの特徴とも関連がある
1、今回の北ミサイル発射と挑発に見られる特徴
「火星-15型」ミサイルの特徴は、何よりも1段目、2段目のエンジンが強力になったことだ。1段目には2基のエンジンが搭載された。米国全土に到達することが可能となったといえる。2段目は「火星-14型」に比べて2mほど長くまた1段目と同じ太さ(2m)となった。「火星-15型」の登場で米国にとっての脅威の水準が一段と上がったことを意味する。弾頭部分も丸みを帯び大きくなった。また車輪が9つとなった大型移動発射台が開発されたことも明らかになり注目されている(発射時には固定発射台に移した)。
しかし、一方で米国の圧力で追い込まれている側面も垣間見られた。
第一に、金正恩は9月 21日声明で「トランプが世界の舞台に出て、国家の存在自体を否定し侮辱して、我々の共和国をなくすという歴代で最も暴悪な宣戦布告をしたからには、我々もそれにふさわしい、史上最高の超強硬対応措置の断行を慎重に検討する」と超強度な脅迫をしたが、この大言壮語に比べれば、新型ミサイルを誇示したとはいえ、「史上最高の超強硬対応」と言えるものではなかった。グアムに向けた発射や太平上の核実験などは米国の先制攻撃を恐れて実施できなかった。米国の先制攻撃圧力は確実に効いている。
二番目に、北朝鮮はすでに「火星-15型」打ち上げ準備をしていたにもかかわらず、トランプの日・韓・中訪問と東南アジア訪問の前後期間を避けた。これは米国の原子力空母をはじめとした原子力潜水艦、B1-B爆撃機編隊、B-2 ステルス爆撃機編隊等の最強の戦略資産を目のあたりにして恐怖を感じたからだと思われる。軍事オプションもありうることを示唆した圧力は心理戦としても大きな効果を発揮したようだ。
三番目は、金正恩が「きょう、ついに国家核武力完成の歴史的な偉業、ミサイル強国の偉業が実現したと矜持高く宣した」と言ったというが、声明本文では「私たちが目標としたロケット武器体系開発の完成段階」と述べている。完成が実現したとは言っていない。
金正恩は言葉で米国に圧力を与えようとして、完成段階にあるものを完成と宣伝したかったようだ。今回のミサイル発射ですべてが完成したように見せることで、米国が主張する核放棄を諦めさせようとしたかもしれない。
米国全土を射程に収める北朝鮮ミサイルは依然として未完の部分は残されたままだ。今回の実験では距離は延ばせたが、固体燃料で発射するなどの質的発展は見られなかった。2段目は固体燃料だったとの見方もあるが、今のところ明確ではない。また大気圏再突入技術も確立されたどうかは分からない。多くの軍事専門家は疑問符をつけている。そして命中精度も定かではない。
以上の特徴を勘案した時、今回の挑発は一言で言って、米国と国際社会からの最強の圧迫で追いこまれた苦しい局面を跳ね返し、求心力の低下を防ぎ、巻き返しを図ろうとした挑発だと思われる。この背景には金正恩体制の「揺らぎ」がある。
2、制裁と圧力で北権力中枢と住民に異変
金正恩の力の源泉は、ヒト・モノ・カネを集中し、核ミサイルの開発を進めて米国に勝利できると見せ続けることである。弱点は、恐怖政治と経済悪化による民心の離反だ。この弱点は、米国と国際社会の制栽強化と軍事圧力の強化で日増し拡大している。北朝鮮権力中枢では人民軍総政治局長黄炳誓が 「不純な態度」で降格され、同第1 副局長の金元弘は「不正」を摘発され強制収容所に送られたという情報もある。それだけではなく、張成沢粛清・処刑で一等功臣だった組織指導部第1副部長の趙延俊も検閲委員会委員長に左遷された。
韓国の国家情報院(国情院)も11月20日、北朝鮮の崔竜海党副委員長ら党指導部が、朝鮮人民軍総政治局に対する20数年ぶりの検閲を行い、黄炳誓総政治局長や金元弘第1副局長を処罰したという情報を明らかにした。黄炳誓や金元弘に繋がる幹部たちも数多く処罰・粛清されたようだ。黄炳誓は10月12日以降、公式報道に登場していない。
金元弘は、秘密警察の国家保衛省のトップを長く務め、金正恩の「恐怖政治」を支えてきた人物だ。だが、今年初めには解任が伝えられ、その後、軍総政治局幹部への転出が確認された。今回間をおかずに粛清となった。
黄炳誓は大幅降格でとどまったようだが、再復帰は難しいとの見方が強い。崔龍海と最側近の座を争い、暗闘を繰り返してきたが、ここにきて崔竜海が最側近の座を固めつつあるようだ。しかし内部での崔龍海に対する信頼度は低い。この中枢部の降格と粛清劇そして崔龍海の最側近復帰は、朝鮮労働党の今後、金正恩の行く末を暗示しているようだ。
上層部だけではない。一般の軍人や住民の中にも動揺が走っている。いま北朝鮮では夜9時以降の外出は禁止されており、飲酒が伴う3人以上の集まりなども禁じられている。 米国の軍事圧力と国際社会の制裁が相当効いているようだ。
経済的厳しさは、軍事境界線での北朝鮮兵士の脱北や、最近急増している北朝鮮木造漁船の日本海沿岸への漂着が示している。海上保安庁によると、今年に入って 11月22日現在43件、11月だけでも15件が確認された。26日には秋田県男鹿市の海岸で北朝鮮船の可能性が高い木造船がみつかり、中から8人の遺体が発見された。この他にも、青森、石川、新潟、山形などで多数の漂着船が確認され、約2週間で17人の遺体が発見されている。
北朝鮮では第2の「苦難の行軍」が始まるのではないかと囁かれている。住民の中には戦争が起きるという不安も広がっている。
3、トランプ政権の対応
トランプ米大統領は11月29日、北朝鮮による大陸間弾道ミサイル(ICBM)を受けて日本の安倍首相、韓国の文在寅大統領、中国の習近平主席と電話会談を行った。
トランプ氏は午前6時半ごろから安倍首相と電話会談を行った。この会談で中国のさらなる役割が重要だという認識で一致した。また、両首脳は、北朝鮮の脅威に対処するための能力向上をさらに進めるなど、一層の圧力強化に取り組んでいくことを確認した。トランプ氏はまた「北朝鮮や誰が相手だろうと、われわれは祖国を守る」と述べ、軍用機や軍艦を増産して軍事力を強化する方針を改めて強調した。
トランプ大統領は同日7時50分ごろ、文在寅韓国大統領とも電話会談を行い北朝鮮の脅威に一致して対応していく立場を再度確認した。30日にも午後10時から約1時間にわたり再度電話会談を行い、北朝鮮の挑発に関連する現状の深刻さについて認識を同じくすると共に、強力な対北朝鮮制裁・圧力という基本路線を維持していかなければならない点で共感した。両首脳が北朝鮮問題に関して二日連続で電話会談をしたのは初めてだ。しかし北朝鮮のミサイルをICBMだと規定した米国と、それを認めればレッドライン越えを認めたことになるために、まだ技術的な面で確認されていないとの主張を行う文大統領との間では一定部分の認識の違いを見せた。米国の先制攻撃を阻止したい文大統領の必死の思いが滲み出ていたと言える。
29日の習近平主席との電話会談においては、トランプ大統領は、北朝鮮の金正恩体制がもたらす脅威は高まっており、自国と日本や韓国などの同盟国を防衛する米国の決意は揺るぎないと強調した。そのうえで北朝鮮がさらなる挑発を思いとどまり、非核化の道に戻るよう説得するため中国はあらゆる手段を駆使する必要があると強調した。会談後トランプ大統領はみずからのツイッターに「中国の習近平主席と北朝鮮の挑発行為について話をした。きょう北朝鮮に対する強力な追加制裁を科す。この状況は解決できるだろう」と書き込んだ。
またトランプ大統領は29日、中西部ミズーリ州セントルイスでの演説で、金正恩委員長について、「気味の悪い犬ころ(sick puppy)」(深刻な心の病を抱えた人物を中傷する意味合いを含んだ言葉)と呼び、聴衆の笑いを誘った。
トランプ氏の演説は、政権が実現を目指す大規模減税が主題だったが、「大規模減税は米経済のロケット燃料になる」と述べ、北朝鮮のミサイル発射を連想させた上で、金に対して自ら名付けたあだ名である「ちびのロケットマン」とつぶやき、「彼は気味の悪い犬ころだ」と切り捨てた。
米、中国の原油供給中断を要求
一方、ヘイリー米国連大使は29日(現地時間)、北朝鮮のICBM発射に対応するために召集された国連安全保障理事会の緊急会議で、「昨日、北朝鮮の独裁者が世界を戦争に近づけることを選択した」と批判した。その一方でヘイリー大使は「しかし米国は北朝鮮との戦争を絶対に追求したこともなく、今も同じ」と強調した上で、北朝鮮のミサイル挑発で戦争が起これば、北朝鮮が破壊されるだろうと強く警告した。
また、ヘイリー大使はトランプ大統領が習近平中国国家主席に北朝鮮への原油供給中断を要求したことも明らかにした。中国が2003年に原油供給を中断した直後に北朝鮮は交渉のテーブルについた。
続いて大使は「(9月の)対北朝鮮制裁を通じて北朝鮮の貿易の90%と油類供給の30%をブロックしたが、原油はまだ供給されている」とし「北朝鮮の核開発を可能にする動力は、原油」と指摘した。それとともに「私たちは、中国がより多くの役割を果たすことを望んでいる」と、中国が対北朝鮮原油供給を中断することを促した。
また、ヘイリー大使は「すべての国連加盟国は、北朝鮮との外交と交易を断絶しなければならない」と強調し、「北朝鮮に対して国連加盟国としての投票権を制限するのも一つの選択方法」と提案した。
また、北朝鮮に対する制裁を強化し、今年初め、国連安全保障理事会が通過させた決議案を全面移行することを促した。
米、石油供給中断要求と共に軍事・金融の圧力強化を推進
米国は、中国に対して原油の供給中断を強く求める一方、今月、韓米合同空軍飛行演習に参加するF35ステルス戦闘機の数を3倍に増やすことを決めた。また、核心同盟国であるファイブ・アイズ(Five Eyes=米国、英国、オーストラリア、カナダ、ニュージーランド)が共に対潜哨戒機P3とP6を活用して、北朝鮮の海上封鎖に乗り出す方針だ。
戦略資産の展開を増やし、海上移動路まで断つことで軍事的圧力を強化するほか、国連安全保障理事会で石油禁輸を含む新たな北朝鮮に対する制裁決議案を推進すると共に独自の追加経済制裁を出すなど、金正恩政権を「3重の圧力と制裁」で追い詰めるという戦略だ(東亜日報2017・12・1)。
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北朝鮮の核ミサイルをめぐる米朝対決は、いよいよ「交渉か軍事行動」かの最終局面に突入した。中国が原油を止めれば米国が軍事行動に移らなくても済むが、そうでなければ米国が軍事行動に移らざるをえなくなる可能性が高まる。
当面米国は、北朝鮮に対する中国の原油供給を止めさせることと、海上封鎖を模索すると思われるが、この両方ともハードルは相当高い。海上封鎖に日本が加わろうとすれば、憲法との絡みが出てくる。どちらにせよ来年の前半には決着の方向性がはっきりと見えてくるだろう。
以上