朝鮮労働党副委員長兼統一戦線部長の金英哲(キム・ヨンチョル)は、2月27日午前11時50分頃陸路で北朝鮮側に入った。韓国保守派と 国民の糾弾・阻止デモにより、入るときは「軍用道路」でこっそりと、帰るときは反対車線を猛スピード逆走して帰って行った。
この間、金英哲は、平昌で冬季オリンピック閉幕式前に文在寅大統領と1時間に渡り会談し、閉幕式に顔を出したあとSKグループが経営するウォーカーヒルホテル17F に篭りきりだった(今回金与正をはじめとした代表団と芸術団はすべてこのウォーカーヒルホテル使った)。この間、韓国の大統領秘書室長、国家安保室長(閣僚級)、統一部長官、国家情報院長らがウォーカーヒルホテルに頻繁に通い「南北首脳会談」実現のための協議を重ねた。
そこで韓国政府は、金英哲に対して、核ミサイル凍結と軍事演習凍結の「双方凍結案」で「南北首脳会談」を進めたいので、「非核化」を匂わせたニュアンスの「米朝対話」に言及してほしいと「哀願」したという。しかし米国がすでに23日に「史上最大の制裁」に踏み切ったこともあり、金英哲はこの提案を一切受け入れなかったようだ。「米韓合同軍事演習」は受け入れられないと繰り返し主張し、合同軍事演習が実施されれば「南北首脳会談は難しい」との意向を韓国側に伝えたとのことだ。不満のあまり26日に予定していた視察スケジュールをすべてキャンセルした。
26日に鄭義溶(チョン・ウィヨン)国家安保室長(閣僚級)とのソウル市内で行った昼食会で、金英哲が、「われわれは米国と対話する用意があることをすでに数回にわたって表明した」として、「米国との対話の扉は開かれている」と述べたと言われるが、それが事実だとすれば、北朝鮮側が韓国側に対してできる目いっぱいのサービスだったのだろう。
金正恩は金英哲から報告を受けて、金与正訪韓時とはあまりにも異なる韓国の雰囲気と米国の変わらない強硬姿勢を聴き流石にがっかりしたようだ。すでに約束していた「パラリンピック」応援団の不参加表明がそのことを示している。2月28日の労働新聞も金与正らの帰国の時とは違って、写真だけでなく出迎えた人々も公開しなかった。
こうした中で、米国のナッパー駐韓大使代理は28日、平昌オリンピック閉幕式を待ち構えていたようにソウルの大使公邸で記者懇談会を開き、北朝鮮との対話について「非核化という目標のない、時間稼ぎのための(米朝)対話は望まない」と米国の立場を表明し、ダメ押しをした。そしてナッパー氏は「北朝鮮は(米国に)連絡を取る方法をよく知っている。適切な態度を見せ、正しい決定を下さねばならない」語り(聯合ニュース2018・2・28)、仲裁役を名乗り出ている文政権の出過ぎた対応にも牽制球を投げた。
1、「過去最大規模」制裁実施と海上封鎖準備
北朝鮮核ミサイル問題は外交問題ではなくすでに米国の国防問題となっている。ホワイトハウスでの対話か圧迫かの路線闘争はすでに終わった。従って米国で北朝鮮問題を主管する部署は国務省ではなく国防省であり、その中心はジェームズ・マティス国防長官(元海兵隊大将)を中心とした軍出身者たちが占めている。マティス氏を中心に大統領補佐官(国家安全保障担当)のヒューバート・レイモンド・マクマスター陸軍中将、大統領首席補佐官のジョン・ケリー氏(元国土安全保障長官)たちが政策決定を行っている。
ビクター・チャの駐韓米大使就任取りやめに続き、同じく韓国系で国務省内の代表的な対話論者だったジョセフ・ユン氏が2月26日に辞任の意向(実質解任)を発表したのもこうした状況を反映したものである。
2月23日、米国のトランプ政権は、北朝鮮による制裁逃れを取り締まるため、「史上最大」の独自制裁を発表した。制裁対象には、海運会社27社と船舶28隻、個人1人が含まれる。16社は北朝鮮が本拠地だが、5社が香港、2社が中国本土、2社が台湾、1社がパナマ、1社がシンガポールに登記されている。制裁対象となる船舶28隻のほとんどは北朝鮮船籍だが、船籍がパナマの船が2隻、コモロ諸島が1隻、タンザニアが1隻、合わせて制裁対象となった。
一方、ムニューシン財務長官は2月23日、ホワイトハウスで記者会見し、トランプ政権が発表した「過去最大規模」の対北朝鮮独自制裁の対象に指定した船舶28隻は、北朝鮮による国連安全保障理事会の制裁逃れに関与している事実上全ての船が含まれていると明らかにした。
米国財務省によると、制裁対象28隻のうち19隻が北朝鮮船籍。その多くは油槽船で、うち1隻は昨年11月、洋上でロシア船から石油燃料約1200トンを受け渡された。また、北朝鮮船籍でない9隻は、北朝鮮で産出された石炭の輸出に使われたり、洋上で物資を積み替える「瀬取り」で石油製品の北朝鮮船舶への移転に使用されたりした。
財務省は北朝鮮による石炭輸出の狙いについて「大量破壊兵器やミサイル開発計画の資金獲得のため」と分析。石炭運搬で制裁対象となった船舶は、一度に約550万ドル(約5億8千万円)相当を上回る石炭を運ぶことができると指摘した。
ムニューシン氏は記者会見で、これまでに実施された北朝鮮制裁は北朝鮮の核・ミサイル開発に「重大な打撃を与え始めている」と述べ、今後も経済制裁に全力を挙げていく方針を表明した(産経新聞2018年2月24日 9時4分)。
この制裁発表後ホワイトハウスでオーストラリアのターンブル首相との会談後共同記者会見したトランプ大統領は、核・弾道ミサイル開発を進める北朝鮮への対応について、「制裁に効果がなければ第2段階に移行せざるを得ない」と述べ、「第2段階は手荒な内容になる」「世界にとって、とてもとても不幸なものになるかもしれない」と警告した。この発言をターンブル首相は眉毛一つ動かさずに聞いていた。事前に協議を終えていたのだろう。
トランプ氏は「第2段階」の詳細について明言しなかったが、軍事行動の初期段階である海上閉鎖から始まる様々な軍事オプションを想定してのことだと思われる。
米沿岸警備隊のアジア派遣も、北朝鮮の密輸監視を強化へ
米トランプ政権とアジアの主要同盟国が対北朝鮮制裁に違反している疑いがある船舶に対する臨検の強化を準備している。米沿岸警備隊をアジア太平洋地域に派遣する可能性もあるという。米高官が明らかにした。
複数の当局者によると、米国は日本や韓国、オーストラリア、シンガポールなどと取り締まりの強化策について協議中だという。
これまでも密輸の疑いがある船舶への停船措置は取られていたが、新たな戦略では北朝鮮への海上封鎖に当たらない程度まで、こうした活動の範囲を広げる方針。北朝鮮は海上封鎖は戦争行為に当たると警告している。
計画では、北朝鮮との輸出入が禁止されている武器用の部品などを積載していると疑われる船舶の監視を強化したり、必要な場合は拿捕(だほ)するよう求めている(ロイター2018年02月26日 10時47分)。
最近日本の自衛隊が4回にわたり「瀬取り」の現場を補足(直近は2月28日)して国連に報告しているのもこのような動きの一環と思われる。
2、「北朝鮮非核化」固守の根底にあるトランプ政権の認識
トランプ政権の揺るぎないこの「北朝鮮非核化」方針は「北朝鮮核武装の目的は統一」との認識で意思統一ができたことによるものだ。
この点については、米中央情報局(CIA)のポンペオ長官は1月23日、ワシントン市内の政策研究機関で講演で「北朝鮮の金正恩体制による核・弾道ミサイル開発の目的は、米国からの抑止力確保や体制維持にとどまらず、『自らの主導による朝鮮半島の再統一という究極の目標に向けて核兵器を活用しようとしている』との認識を明らかにしている。
米国首脳部もポンペオ長官と一致した認識を示している。「彼の祖父、父が失敗した共産体制下の再統一を追求している」(ハリス太平洋軍司令官)、「韓米同盟を終わらせて韓半島を支配しようとする長期戦略的な手段」(コーツ国家情報局長)などだ。
ここに来て日本政府もこの認識に到達した。
河野太郎外相も2月20日の閣議後の記者会見で、「北朝鮮が核兵器の開発を進めるのは朝鮮半島統一の重要な手段と考えているから」との見方を示した。この見解に到達することで、トランプ政権と同じく、北朝鮮の核ミサイル問題を対話で解決するのは難しいとの結論に達したと思われる。安倍政権がブレないのはそのためだ。
これまで「対話」での解決を主張してきた北朝鮮専門家や米日政府内の対話派は、「核ミサイル開発が北朝鮮政権の維持と経済的対価を求めたもの」と考え、交渉による解決に重点を置き一切軍事オプションについては語ってこなかった。しかしトランプ政権は、交渉で25年間騙され続けたとの結論に至った。日本政府も長い間、北朝鮮に何らかの対価を与えれば核問題を解決できると考え対話路線を取ってきた。
北朝鮮の核が統一のための手段だとの結論に至ったことで、北朝鮮の核ミサイル問題解決方法での根本的転換がもたらされた。圧力政策の中に軍事オプションを加え「力による平和」を主張するトランプ路線がそれである。日本がトランプ政権の強硬路線に一貫して同調するのは、単なる「追随」ではない。これまでの甘い認識を変えたことが根底にある。
最近、映画『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』が話題になっている。この映画は第2次世界大戦初期に戦時内閣の首相として英国を対ナチス抗戦に導いたウィンストン・チャーチルの話を扱っている。
チャーチルは一貫して対ヒットラー強硬派であり主戦派だった。そして少数派でもあった。ネヴィル・チェンバレンが「ミュヘン協定」でヒトラーとの「対話による平和」で一杯食わされ、戦争に突入した後、危機に瀕した英国を救うためにチャーチルは内閣を担った。ドイツの電撃攻撃でダンケルクに追い詰められた英仏軍40万を救ったのもチャーチルだった。この戦闘でドイツ軍の攻勢を防ぎながら、輸送船の他に小型艇、駆逐艦、民間船などすべてを動員して、イギリス本国(グレートブリテン島)に向けて40万人の将兵を脱出させる作戦(ダイナモ作戦)を成功させた。
チャーチルは、敗北しても戦っての敗北は立ち直れるが、奴隷の敗北は国民を再起できなくするとして徹底抗戦し、米国を引き入れ最後の勝利を収めた。この時イギリスが敗北していれば、世界はヒトラー独裁の手に落ちていたかもしれない。
チャーチルが内閣を担った後にも、ヒトラーと「ミュンヘン協定」を締結すれば平和が訪れると主張した人たちからの攻撃を受けた。しかしその政敵たちも結局チャーチルを認めざるを得なくなるが、その一つは、ヒトラーが1936年のベルリン五輪で世界の平和を語り、ドイツの再建指導者に偽装した時、その本質を看破したという点だ。今日の自由民主主義世界はチャーチルがヒトラーの実体を直視したおかげだといっても過言でない。
ヒトラーのベルリン五輪と平昌オリンピックを利用した金正恩の行動には共通点がある。それは一言で言って「偽装平和攻勢」である。平昌オリンピックを政治に利用して金正恩の「偽装平和攻勢」を主導した韓国大統領文在寅とそれに加担したIOC会長のバッハは必ず歴史の審判を受けるだろう。
3、「南北首脳会談」を強行する時、米国の武力行動が始まる
文在寅大統領は昨年9月の北朝鮮の6回目の核実験後、CNNのインタビューで「北の核開発は米国から体制の保証を受けるためのものであり、核保有国の地位を認められて対米関係を正常化しようというものかもしれない」と述べた。これは
文正仁(ムン・ジョンイン)統一外交安保特補、任ジョンソク(イム・ジョンソク)大統領秘書室長、
李鍾ソク(イ・ジョンソク)元統一部長官など大統領の周辺の人たちの認識でもある。
青瓦台の対北朝鮮政策は「北の核とミサイルは韓国を狙ったものではなく、我々がうまくすれば北も変わる」という幻想(もしくは北朝鮮との内通)
を前提にしている。こうした認識に立つ北朝鮮専門家は日本にも多数存在する。その影響を受けて日本政府の対北朝鮮政策もこれまで間違いの連続であった。
この認識に基づき、文在寅政権は先日まで無数の挑発で韓国国民の命を奪った主犯金英哲の訪韓を南北関係改善の意志として歓迎し国民の目を避けて会談を重ねた。
文大統領は「南北関係の改善と朝鮮半島の非核化に向けた米朝対話は一緒に進むべきというのが基本路線だ」としながら「米朝は一つずつハードルを下げて対話すべき」とか 「米国を説得する」などといった同盟国に背信的言動まで発するようになっている。2月23日に訪韓していた米国の「上下院軍事委員会メンバー」に韓米合同軍事演習の再延期を説得したが受け入れられず、今度は康京和(カン・ギョンファ)外交部長官を米国に派遣して執拗に韓米合同軍事演習の再延期を説得しようとしている。しかし米国の方針はすでに決まっている。
小野寺五典防衛相は26日、来日中の米国のシュライバー国防次官補と防衛省で会談した。会談冒頭、シュライバー氏は「(平昌)パラリンピックの後には(米韓軍事)演習を再開させる」と強調。小野寺氏も「北朝鮮の『ほほえみ外交』に惑わされることなく日米が連携を取っていきたい」と述べた。
シュライバー氏は今年からアジア・太平洋を担当する国防次官補に就任した。シュライバー氏は「常に北朝鮮に圧力をかけ続ける。我々としては北朝鮮が核を放棄するような示唆はないとの立場」と説明。平昌冬季五輪を機に、南北融和ムードに傾く韓国政府内で米韓軍事演習の縮小論が浮上していることに否定的な見方を示した。
会談では、小野寺氏から海上自衛隊の哨戒機P3Cなどが北朝鮮籍のタンカーによる違法に積み荷を移し替える「瀬取り」とみられる行動を確認していることを説明。また、両氏は中国が海洋進出を強める南シナ海や東シナ海情勢をめぐっても意見交換した(朝日デジタル2018年2月26日)。
現在の文在寅政権の行動を見ていると、1972年に公開され大ヒットした映画「ゴッドファザー」で、マーロン・ブランド扮するマフィアのドンが、後継者となる3男に「抗争の最中に味方陣営から敵との仲裁を申し出てきたやつは裏切り者と思え」と諭した場面が思い出される。すなわち同盟関係にある者が敵方との仲裁を申し出るのは裏切り以外の何物でもないと言うことだ。
今トランプ大統領は文在寅政権の裏切り行為を見守っているが、文政権が同盟関係のレッドラインを超え①米韓合同軍事演習を阻止しようとした時、②米国の承認なしに文在寅が「南北首脳会談」を進めた時、③米韓合同軍事演習が実行され、それに対して北朝鮮が米韓の亀裂を狙って再び核ミサイルの挑発を行った時、軍事オプションを発動するだろう。その第一歩としての「海上封鎖」行動はすでに始まっている。自衛隊による4回に渡る「瀬取り」報告は、その出発点である。
以上