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トランプへの圧迫強める金正恩

コリア国際研究所所長 朴斗鎮

2019.11.22

目次
1、焦る金正恩、国務委員会報道官談話でトランプを圧迫
2、再選に赤信号のトランプ、対北朝鮮譲歩へ踏み出す
3、トランプの譲歩に付け込み要求高める北朝鮮

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 4月の最高人民会議演説で、米国からの回答期限を年末までとした金正恩委員長は、このところ対トランプ攻勢を強めている。ハノイ会談決裂以降6月に板門店で「トランプ・金正恩会合」のショーを行い、10月5日にやっと米朝実務者協議を行ったものの、内容がないとして決裂させたが、その後何ら進展が見られなかった。

1、焦る金正恩、国務委員会報道官談話でトランプを圧迫

 北朝鮮の金正恩委員長は、10月5日のストックホルム米朝実務者協議決裂以降、金桂寛外務省顧問(10月24日)、金英哲党副委員長(10月27日)、そして崔龍海最高人民会議常任委員長(アゼルバイジャンでの非同盟会議10月26日)まで動員して年末までのトランプ大統領の譲歩を迫ったが、米国からの反応はなかった。11月に入っても11月6日には巡回大使のクォン・ジョングンを使って「米韓連合空軍訓練」を批判し「われわれの忍耐力は限界点に近づいており、われわれは決して米国の無謀な軍事的動きを腕をこまぬいて傍観しないであろう」と警告させたが、米国から「我々は北朝鮮の怒りによって訓練の規模を調整しない」と一蹴され、いたたまれなくなった金正恩は、11月13日に最後通牒とも思える国務委員会報道官談話まで出した。
 この「国務委員会報道官談話」によって米国側の「無視対応」は変化を見せた。
 国務委員会は、金正恩政権発足後の2016年に設立した国家の最高指導機関である。その国務委員会が報道官名義で談話を発表するというのは、金正恩の意思を代弁したと言える。外務省報道官や当局者談話に比べて格が違うということだ。
 この報道官談話には事実上、金正恩委員長の情勢認識が盛り込まれており、表面上は韓米合同軍事演習に対する批判であるが、実質的内容は、今年末までと期限を切ったトランプ政権に対する譲歩の督促と言える。
 同談話は「われわれの努力によって米大統領が機会あるたびに自分の治績としての成果が収められるようになったのである。われわれは、何の代償もなく米大統領が自慢できる種を与えたが、米国側はそれに何の相応措置も取らなかったし、われわれが米国側から受けたのは背信感だけである」とトランプ政権を批判した上で「対話には対話で、力には力で対応するのが、われわれの志、意志である。強い忍耐心で我慢して送ってきた今までの時間を振り返れば、われわれがこれ以上の忍耐を発揮する必要性を感じない。米国は、いくばくも残っていない時間に何をすることができるかについて熟考すべきであろう」と米国の譲歩を督促し「私たちがやむを得ず選択するかもしれない“新しい道”が “米国の将来”にいかなる影響を及ぼすかについて深く考えなればならない」と脅迫した。そして、「今のような情勢の流れを変えない場合は、米国は遠からずより大きな脅威に直面し、苦しみながらも自らの失策を認めざるを得なくなるだろう」と警告した。
 しかしここで興味深いのは「私たちがやむを得ず選択するかもしれない“新しい道”」と断定形ではなく「かも知れない」と表現していることだ。これは「前言を翻すこともできる逃げ道の準備」であり、北朝鮮がいつも使うレトリックだ。
 金正恩が自らを代弁する国務委員会報道官談話まで発表させたのは、彼が今いかに追い詰められているかを示すものだ。多分脳裏に浮かぶのは、ハノイ米朝首脳会談決裂による凄まじい衝撃とその後遺症だったに違いない。期限を切った年末までに米国から譲歩を得られなければ、金正恩の権威は再び地に落ち、その統治体制は想像以上のゆらぎをもたらすだろう。

2、再選に赤信号のトランプ、対北朝鮮譲歩へ踏み出す

 しかしトランプ大統領も弾劾調査と地方選に敗北で追い込まれている。

1)弾劾と地方選敗北でトランプ苦境

 ウクライナ疑惑に絡む弾劾調査の下院公聴会では次々と不利な証言が出てきている。
 「ウクライナ疑惑」の中心にいるマリー・ヨヴァノヴィッチ元駐ウクライナ大使や駐EU大使のソンドランド氏らが公聴会に出席して重要な証言を行っている。特にソンドランド氏は忠誠心だけで大使になったトランプ大統領の側近だ。その彼がトランプ氏の主張とは反対にウクライナとの交渉で交換条件が確かにあったと証言したのだ。
 一方、CNNは17日、ウクライナ軍事支援の保留は異例だったとホワイトハウス予算担当者が証言したと報じた。米行政管理予算局の国家安全保障プログラムのマーク・サンディ副局長は16日、非公開の調査に出席し、「ウクライナ軍事支援の凍結は非常に異例であり、予算局担当者からも明確な説明を聞くことはできなかった」と証言したという。これは、支援の凍結が通常の手続きによってなされたというホワイトハウスの説明に反するもので、トランプ氏へのダメージが予想される(東亜日報2019・11・18)。
 また11月に実施さされた主要州の選挙で共和党は敗北を重ねトランプは打撃を被った。
 共和党の地盤であるケンタッキー州では投票日前日の4日夜にトランプ氏が応援に入ったが敗北し、激戦地域のバージニア州では1993年以来初めて州知事と州議会上・下院いずれも民主党が席巻した。共和党の勝利はミシシッピー州だけであった。
 11月16日のルイジアナ州知事選でお民主党の現職のエドワーズ氏が共和党候補を退けて再選に成功した。ここでもトランプ米大統領が何度も現地に出向いて共和党候補を応援したが勝利することができなかった。保守指向の米南部地域を指す「ディープ・サウス(deep south)」で民主党州知事の再任は異例だという。
 トランプ大統領はこれまでにない政治的ダメージを受けており、来年の大統領選に赤信号が灯ったという指摘も出ている。

2)トランプ、米韓合同軍事演習を調整

 金正恩を追い詰め激怒させ挑発に走らせるのは今の段階で得策ではないと見たトランプ大統領は、国務委員会報道官談話を受けすぐさま米韓合同軍事演習の「調整」に入った。
 トランプの指示に従いエスパー米国防長官は、アジア歴訪で韓国に向かう途中、立ち寄り先の米西部ワシントン州の基地で13日、記者団に対し、北朝鮮の非核化に向けた外交交渉を促進させるため、米韓合同軍事演習の実施規模を「調整」する用意があると表明した。「直ちに調整を実施するわけではない」とし規模縮小を明言しなかったが、米韓が来月に予定(当初は11月中旬の予定)する米韓合同空軍演習に対して北朝鮮が強く反発しているので一定の配慮を示した。国防総省のイーストバーン報道官が6日に、「北朝鮮が反発したからといって演習を調整することはない」と述べていたことから一歩後退した形だ。
 エスパー発言に北朝鮮は素早く反応した。13日の国務委員会報道官談話では「米国は遠からず大きな脅威に直面するだろう」などと警告していたが、14日には一転、金英哲党副委員長が、エスパー氏の「調整」発言について「トランプ大統領の意中を反映したものと信じたい」と指摘。「対話の動力を生かそうとする米側の肯定的な努力の一環」だと評価する談話を発表した。まずはホッと胸をなでおろしたと思われる。

3)北朝鮮、軍事演習の調整を一蹴し「敵視政策の撤回」を要求

 しかし北朝鮮は17日にも外務省報道官談話を発表し、「数日前までは、米国が南朝鮮(韓国)と合同軍事演習を調整する意思を示したことに対し、前向きな姿勢の一環とみるために努力した」としながら、今度は北朝鮮人権決議に絡めて米国を非難した。
 談話では「今回も反共和国『人権決議』が採択されたことをみて、米国がわが制度を突き崩そうとする夢を捨てずにいることを改めて明確に確認した。われわれはこうした相手とはこれ以上向き合う意欲がない」と人権決議を口実に圧迫を強めた。そして米朝対話が開かれるとしても米国の北朝鮮に対する「敵視政策の撤回」が議題にならないかぎり核問題の協議はできないと、敵視政策」の撤回を会談の前提条件に持ち出した。人権決議とは今月14日に国連総会第3委員会(人権)で北朝鮮の人権状況を非難する決議案を採択したことを指すとみられる。

3、トランプの譲歩に付け込み要求高める北朝鮮

 トランプ大統領は 米朝ハノイ首脳会談後、北朝鮮側が5月4日から短距離ミサイルを発射し現在まで12回にわたってミサイルの発射を繰り返しってきたが、このミサイル発射に対して「小さいミサイルを発射しただけ」「米国には脅威とならない」と問題視せず「無視」した。北朝鮮は10月2日にSLBMまで発射したが米国の反応は鈍かった。
 トランプのツイッターは北朝鮮核問題を間接的に言及した10月21日を最後に北朝鮮に対する言及は途絶えていた。トランプだけでなくポンペオ国務長官も発言もなくなった。英仏独を中心とした欧州勢が11月13日に国連安保理で非難声明を出したが、そこにも米国は名前を連ねなかった。
 しかし北朝鮮国務委員会報道官談話以降トランプの「無視対応」は11月17日に崩れた。金正恩との対話を大統領選挙に利用しようとする思惑が頭をもたげたからだ。

1)米韓国防長官「合同空軍訓練」延期を表明、北は一蹴

 北朝鮮が、17日の外務省報道官談話で「体制に対する脅威」が続いているとトランプ政権を強く非難すると、米国側はさらなる譲歩を行った。
 11月17日、タイ・バンコクで開かれた韓米国防相会談後、エスパー米国防長官は「両国の国防当局が緊密に協議し、慎重に検討した結果、今月の訓練を延期することで合意した」と発表した。また、「両国のこうした決定は外交的努力と平和を促進する環境をつくるための善意の措置」と強調。延期について、米朝による非核化に向けた外交交渉を後押しするための「譲歩ではなく政治的努力だ」と説明した。また「北朝鮮もまた演習と訓練、(ミサイル)試射を実施する決定をする際、これに相応する誠意を示してほしい」と呼びかけた。その一方でエスパー長官は、韓米両国が合同訓練の延期を決めたが、朝鮮半島の合同戦力は高いレベルの準備態勢を維持できるようにする」とも強調し、軍事的圧力の余地は残した。今回延期が決まった韓米合同訓練については、年内は実施しない見通しだという。
 エスパー長官が延期を「譲歩ではなく政治的努力だ」と説明したが、今回の措置は「譲歩」以外の何物でもない。トランプ政権関係者によると、合同空軍演習の突然の延期は、実務陣の反対を押し切ったトランプ米大統領の決定によるという。トランプ大統領は「金正恩は核を放棄しない」と知りつつも、なぜかしら「対話カード」に未練を持ち続けている。
 だが北朝鮮はこの譲歩も一蹴した。金英哲朝鮮労働党副委員長は18日、談話を発表し、米韓合同空軍演習中止発表に対して、「われわれが要求しているのは完全な中止だ」と主張した。その上で、「敵視政策を撤回するまでは非核化交渉について夢を見てはならない」とここでも敵視政策の撤回を強調し、米朝対話の再開に向け米国がより踏み込んだ措置を取るべきだと主張した。

2)トランプの譲歩で北朝鮮は「先制裁緩和・体制保証」を持ち出す

 トランプ氏は11月17日(現地時間)、ツイッターで、金正恩委員長に対して、「私はあなたをあるべきところに導くことができる唯一の人物だ」と自慢し、「迅速に行動し、交渉をまとめるべきだ」と強調した。また「近いうちに会おう」とし、3回目の米朝首脳会談への意向を明らかにした。トランプ氏がこのツイッターを投稿したのは、演習延期発表の10時間後だった。先月、ストックホルムの実務協議が決裂して以降、米朝協議関連の初の反応でもある(東亜日報2019・11・19)。
 金桂寛外務省顧問も18日、金正恩党委員長に再会談をツイッターで呼び掛けたトランプ米大統領に対し、「無益な会談には興味を持っていない」と突き放し、米側に敵視政策の撤回を要求した。これまで北朝鮮は、「同時並行的、段階的」取引を要求してきたが、トランプ大統領が交渉再開を促し、3回目の米朝首脳会談に意欲を見せると、要求を高めて「先制裁緩和・体制保証、後に非核化」を公言し始めている。
 北朝鮮はこれに関してロシアを訪問中の崔善姫北朝鮮外務省第1次官が20日(現地時間)、モスクワでセルゲイ・ラブロフ外相などロシア外務省関係者と会談した後、記者たちに会った席で、「米国の対北朝鮮敵視政策が続く限り、核問題と関連した議論は、交渉のテーブルから外されると考える」と明らかにした(朝鮮日報韓国語版2019.11.20 23:25) 。
 この発言が米朝非核化交渉の中断を意味するのか、それともトランプ大統領に対する圧力を強めるためのものかは今の所明らかではない。しかし「先に制裁緩和と体制保証がない限り会談に応じない」とする方針を再度強調したことは確かだ。
 北朝鮮はすでに終戦宣言と連絡事務所の設置、そして時限的制裁緩和までは手に入れている。米国が一歩引き下がったことで、「体制の保証」と「制裁の解除」を同時に手に入れようとしているのだ。
 北朝鮮が米朝交渉の期限とした年末に向けて、米朝双方の駆け引きは激しさを増している。

以上

 
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